空気が震えた。
──パリン。
最後の黒いコードが砕け散った瞬間。
巨大な水竜の身体を包んでいた闇が、一気に消えていく。
黒く濁っていた水が、透き通る青へ戻った。
空気が変わる。
重かった圧力が、嘘みたいに消えていった。
水竜は静かに空を見上げる。
その瞳は、もう黒くなかった。
澄んだ蒼色。
まるで涙を浮かべているみたいだった。
『……アリ……ガトウ……』
優しい声が、水辺へ響く。
結衣はほっと息を吐いた。
「助かった……」
春も剣を下ろす。
肩で息をしながら、少し笑った。
「なんとか、な」
その瞬間。
水竜の身体が、淡い光へ変わり始めた。
リリィが目を丸くする。
「消えちゃうですぅ!?」
エリシアが静かに答える。
「役目を終えたんです」
水竜は最後に、春と結衣を見た。
その視線は、とても穏やかだった。
『鍵ヲ……託ス……』
光が舞う。
そして。
水面の中央へ、“水色の鍵”が現れた。
第二の鍵。
ミアが息を呑む。
「本当に……」
結衣の魔導書が開く。
《第二の鍵、適合完了》
《感情同期率──上昇》
《新領域解放》
風が吹く。
水面へ、無数の光が反射した。
まるで星空みたいだった。
その景色に、結衣は少し見惚れる。
すると。
隣で、春がふらっとよろけた。
「っ……」
結衣の顔色が変わる。
「春くん!?」
春は無理やり笑う。
「だ、大丈夫……」
全然大丈夫じゃない。
背中から血が滲んでいる。
さっきの黒槍。
思ったより深かった。
結衣は慌てて春を支えた。
「座って!!」
春は観念して、水辺へ腰を下ろす。
レオナが笑う。
「毎回ボロボロだなお前」
「好きでこうなってねぇよ……」
ミアは回復薬を投げた。
「ほら」
「サンキュ」
だが。
結衣はじっと春を見ていた。
心配そうに。
泣きそうに。
春が気づく。
「……結衣?」
結衣は少し俯く。
「怖かった」
小さな声。
「また、いなくなるかと思った」
春の胸がぎゅっとなる。
結衣は春の隣へ座った。
そして。
震える指で、そっと春の手を握る。
「無理しないでよ……」
春は少し驚く。
でも。
手を振り払わなかった。
むしろ。
その温かさが、心地よかった。
春は静かに笑う。
「結衣がいるから、無茶できるんだけどな」
結衣の顔が一瞬で真っ赤になる。
「そ、そういうこと普通に言わないで!!」
リリィが飛び跳ねる。
「きゃぁぁぁぁ!!」
レオナは腹を抱えて笑っていた。
「もう付き合えよお前ら!!」
「違うからぁぁ!!」
でも。
否定しながらも。
二人とも、少しだけ照れくさそうに笑っていた。
その時だった。
第二の鍵が突然、強く光り始める。
──パァァァァ!!
空へ、水色の紋章が広がった。
ゼルヴァの顔が険しくなる。
「……来るぞ」
ミアも立ち上がる。
「この反応、まさか……」
次の瞬間。
空間が裂けた。
黒い亀裂。
そこから、ゆっくり“誰か”が降りてくる。
長い黒髪。
白い肌。
紅い瞳。
少女だった。
だが。
その背中には、巨大な黒翼。
空気が凍る。
エリシアの顔色が変わった。
「……深淵六王」
少女は静かに春たちを見る。
そして。
最後に、春へ視線を向けた。
『やっと見つけた』
その声だけで。
空気が震えた。




