今度は、ちゃんと隣に立ててる気がした。
翌朝。
花霧の森には、柔らかな朝日が差し込んでいた。
昨日までの不気味な空気が嘘みたいに、穏やかだった。
木々の葉には朝露。
小鳥の声。
風に揺れる花々。
結衣はゆっくり目を覚ました。
「……朝?」
隣を見る。
すると。
春が木にもたれたまま寝ていた。
剣を抱えたまま。
たぶん。
夜中まで見張りをしていたんだ。
結衣は少しだけ笑う。
「また無理してる……」
春の寝顔を見る。
戦ってる時と違って、すごく穏やかだった。
学校にいた頃。
教室で居眠りしてた春を思い出す。
窓際。
夕焼け。
誰にも気づかれないように、小説を書いていた春。
結衣はその時から、少し気になっていた。
でも。
こんなに大切になるなんて、思ってなかった。
結衣はそっと立ち上がる。
毛布を持ってきて、春へかけた。
その時。
春が少しだけ目を開けた。
「……結衣?」
寝ぼけた声。
結衣の心臓が跳ねる。
「お、おはよ」
春はぼんやり笑う。
「おはよ……」
そのまままた寝そうになる。
結衣は思わず笑った。
「ふふ」
春が目を細める。
「……笑った」
「え?」
「最近、よく笑うようになったな」
結衣は少し驚く。
そんなふうに見てたんだ。
春は眠そうなまま続けた。
「最初、ずっと不安そうだったから」
結衣の胸が温かくなる。
ちゃんと見てくれてた。
自分のこと。
結衣は小さく笑う。
「春くんがいるからだよ」
春が少し固まる。
「……え?」
結衣も言ってから真っ赤になる。
「ち、違っ、変な意味じゃなくて!」
春も顔が赤い。
「いや、うん……」
気まずい沈黙。
でも。
嫌じゃない。
むしろ、心地いい。
その時。
遠くからレオナの声が響いた。
「朝飯できたぞぉぉ!!」
一瞬で空気が壊れた。
春が吹き出す。
結衣も笑ってしまう。
二人で焚き火の方へ向かう。
朝食は簡単なスープだった。
でも。
みんなで食べると、不思議と美味しい。
リリィがパンを頬張る。
「しあわせですぅぅ……」
ミアは地図を広げていた。
「第一の鍵は回収完了」
「次は、“水鏡の街アクエリア”だね」
エリシアが静かに頷く。
「第二の鍵が眠る場所です」
レオナが笑う。
「水の街か! 温泉あるかな!」
「遊びに行くんじゃないんだけど」
その時。
青年がゆっくり立ち上がった。
昨日助けた、深淵の青年。
彼は少し迷ったあと、春たちへ頭を下げた。
「……ありがとう」
春は笑う。
「もう大丈夫か?」
青年は頷く。
でも。
どこか申し訳なさそうだった。
「俺は、“深淵兵”だった」
空気が静かになる。
青年は拳を握る。
「いっぱい壊した」
「傷つけた」
「許されることじゃない」
結衣は黙って聞いていた。
青年の声は震えていた。
本当に後悔してるんだって、伝わってくる。
春は少し考えてから言った。
「じゃあ、これから誰か助ければいい」
青年が顔を上げる。
春は笑った。
「やり直せるだろ」
その言葉に。
青年の瞳が揺れた。
泣きそうな顔になる。
結衣はやっぱり思う。
春はすごい。
傷ついても。
怖くても。
ちゃんと誰かに手を伸ばせる。
だから。
好きになる。
その気持ちは、もうごまかせなかった。
結衣はそっと胸元の花飾りへ触れる。
すると。
春が気づいて笑った。
「ちゃんと持っててくれたんだ」
結衣の顔が赤くなる。
「だ、だって大事だし……!」
春は少し照れながら笑った。
その笑顔を見て。
結衣の胸がまた苦しくなる。
でも。
今はこの気持ちが、少し嬉しかった。
その時。
第一の鍵が突然光り始めた。
──パァァァ……
ミアが顔を上げる。
「……反応?」
鍵の光が、北東を指す。
水色の輝き。
エリシアが静かに呟いた。
「第二の鍵が、呼んでます」
風が吹く。
新しい旅の匂い。
春は立ち上がった。
結衣も、その隣へ並ぶ。
今度は、ちゃんと隣に立ててる気がした。




