それだけで、前へ進める気がした。
その夜。
花霧の森は、久しぶりに静かな風が吹いていた。
暴走していた花々も落ち着き。
黒く染まっていた森が、少しずつ元の色を取り戻していく。
一行は森の中で休むことになった。
大きな木の根元。
小さな焚き火。
パチパチと火が鳴っている。
レオナは大の字で寝転がっていた。
「つっっっかれたぁぁ……」
ミアは呆れながらお茶を淹れている。
「毎回全力すぎるんだよ、君たち」
リリィは青年へ毛布をかけていた。
「もう大丈夫ですぅ?」
青年は少し困った顔をする。
「……優しくされるの、慣れてない」
エリシアは静かに森を見上げていた。
紫花が風に揺れている。
どこか安心したような顔だった。
その少し離れた場所。
春は木にもたれて座っていた。
魔力切れで、まだ少しふらつく。
肩の包帯も増えていた。
「……いってぇ」
小さく呟く。
すると。
隣へ、結衣が座った。
春が少し笑う。
「また手当?」
結衣はむっとする。
「“また”じゃない」
鞄から薬草を取り出す。
「春くん、ほんと無茶しすぎ」
春は苦笑した。
否定できない。
結衣は静かに包帯を巻き直していく。
前より手つきが上手い。
春が気づく。
「慣れた?」
結衣は少し照れながら答えた。
「……練習したから」
「え?」
結衣は視線を逸らす。
焚き火の光で、少し赤くなった横顔が揺れる。
「春くん、よくケガするし」
春は思わず吹き出した。
「否定できねぇ……」
結衣も少し笑った。
静かな時間。
火の音だけが響く。
しばらくして。
結衣がぽつりと呟く。
「今日、怖かった」
春は黙って聞く。
「春くん、倒れそうになるし」
結衣は包帯を結びながら続けた。
「……いなくなるかと思った」
その声が、少し震えていた。
春はハッとする。
結衣は笑ってる。
でも。
泣きそうだった。
春は少し困ったように笑う。
「ごめん」
「だから謝らないで」
結衣は小さく首を振る。
「ただ……」
言葉が止まる。
恥ずかしい。
でも。
伝えたかった。
結衣は勇気を出して、小さく言った。
「無事でいてほしいだけ」
春の胸がぎゅっとなる。
そんなふうに言われるなんて、思ってなかった。
春は静かに結衣を見る。
結衣は俯いていた。
耳まで赤い。
春は少し笑った。
「じゃあ、ちゃんと帰ってくる」
結衣が顔を上げる。
春は続けた。
「約束する」
結衣の胸が熱くなる。
嬉しい。
その言葉だけで、涙が出そうだった。
結衣は小さく笑う。
「……うん」
その時。
春の肩へ、こてん、と何かが乗った。
ルナだった。
黒猫姿のまま、大あくびしている。
「にゃぁ……」
春が笑う。
「お前自由だな」
ルナは半分眠そうな目で言った。
「……恋の匂いがする」
──ブッ。
春がむせる。
結衣も真っ赤になる。
「な、ななな何言ってるの!?」
ルナはしれっとしていた。
「間違ってない」
レオナが即座に反応した。
「おぉ!? 詳しく!!」
「来るなぁぁ!!」
リリィも大興奮。
「青春ですぅぅぅ!!」
ミアはニヤニヤしている。
エリシアまで微笑んでいた。
「お似合いですよ♡」
結衣は顔を隠した。
「もぉぉぉぉ……!」
春もかなり赤い。
でも。
嫌じゃなかった。
むしろ。
少しだけ、嬉しかった。
その時。
森の奥から、ふわりと光が舞った。
全員が顔を上げる。
花びらみたいな光。
そして。
空中へ、小さな鍵が現れた。
金色に輝く、“第一の鍵”。
結衣の魔導書が静かに開く。
《第一の鍵、適合完了》
《新たな道が開放されます》
風が吹く。
遠く。
まだ見ぬ世界へ続くように。
春はその光を見る。
そして。
隣の結衣を見た。
結衣も、春を見ていた。
二人は少しだけ照れながら笑う。
戦いはまだ終わらない。
でも。
一人じゃない。
それだけで、前へ進める気がした。




