……なぜ私はこれを見ているんだ
その夜。
ヴェルナとの激突のあと。
クロノアの街は、ようやく静けさを取り戻していた。
壊れた広場では、復旧作業が続いている。
でも。
今は少しだけ、平和だった。
春は街外れの小さな丘へ来ていた。
夜風が気持ちいい。
遠くでは、街の灯りが優しく揺れている。
春は一人、焚き火を見つめていた。
パチパチと薪が鳴る。
肩にはまだ包帯。
ヴェルナの黒花で負った傷だ。
「……いてぇ」
小さく呟く。
その時。
後ろから足音がした。
振り向くと、結衣が立っていた。
両手に、湯気の立つマグカップを持っている。
「はい」
春が受け取る。
「あったかい……」
甘い香り。
結衣が少し照れながら言う。
「ミルク入れすぎたかも」
春は飲む。
少し甘い。
でも。
なんだか安心する味だった。
「うまい」
結衣がほっと笑う。
その笑顔を見て、春の胸が少し温かくなる。
しばらく、二人で焚き火を見ていた。
静かな時間。
戦いの音も。
悲鳴もない。
ただ火の音だけ。
結衣がぽつりと呟く。
「……怖かった」
春は黙って聞く。
結衣は焚き火を見つめたまま続けた。
「春くんが傷つくたび、心臓止まりそうになる」
春は少し困ったように笑う。
「ごめん」
「謝らないで」
結衣は小さく首を振る。
「だって春くん、いつも無茶するから」
「うっ」
否定できない。
結衣は少し頬を膨らませる。
「一人で抱え込みすぎ」
その言葉に。
春は少し黙った。
焚き火が揺れる。
春は小さく笑った。
「……昔から、そうだったかも」
学校でも。
ずっと一人だった。
夢ばっかり話して。
笑われて。
でも。
諦めたくなかった。
春は火を見つめながら呟く。
「誰にも期待されないの、慣れてた」
結衣の表情が揺れる。
春は続ける。
「だからかな」
「自分で頑張るしかないって思ってた」
静かな声だった。
でも。
少しだけ寂しそうだった。
結衣は胸が苦しくなる。
学校で見てた春。
明るく話してたけど。
本当はずっと、一人で戦ってたんだ。
結衣はそっと春の隣へ座った。
距離が近くなる。
春が少し驚く。
結衣は小さく言った。
「……私は、期待してるよ」
春が目を見開く。
結衣は恥ずかしそうに笑う。
「春くんなら出来るって、ちゃんと思ってる」
その瞬間。
春の胸が、ぎゅっと締め付けられた。
嬉しかった。
こんなふうに言われたの、初めてだった。
春は少し照れながら笑う。
「ありがとな」
結衣も笑う。
そして。
ふと春の包帯を見る。
「……傷、痛む?」
「ちょっとだけ」
「見せて」
「えっ」
結衣は鞄から薬草と包帯を取り出した。
どうやら、さっきミアに教わってきたらしい。
春は慌てる。
「いや、自分でできるって」
結衣がじーっと見る。
「また無理する」
「う」
完全に見抜かれていた。
結衣は小さく笑う。
「じっとしてて」
春は観念した。
結衣の指が、そっと肩へ触れる。
ひんやりして気持ちいい。
でも。
近い。
めちゃくちゃ近い。
春の心臓がうるさくなる。
結衣も実はかなり緊張していた。
でも。
包帯を巻きながら思う。
この人を支えたい。
隣にいたい。
守られるだけじゃなくて。
ちゃんと力になりたい。
結衣が包帯を結ぶ。
「……できた」
春が肩を回す。
「すげぇ、痛くない」
結衣が少し得意そうに笑う。
「えへへ」
その笑顔が、焚き火に照らされる。
春は少しだけ見惚れた。
結衣が気づく。
「……な、なに?」
春は慌てて目を逸らした。
「いや、なんでもない!」
結衣の顔も赤くなる。
沈黙。
焚き火の音だけが響く。
でも。
不思議と気まずくなかった。
むしろ。
この時間が、ずっと続けばいいって思えた。
その時。
少し離れた木の上で。
レオナたちが覗いていた。
「青春だなぁ〜」
「見守りましょう」
「ニヤニヤ止まらないですぅぅ」
ゼルヴァだけが深いため息をつく。
「……なぜ私はこれを見ているんだ」




