何かを思い出すように。
広場の空気が、完全に変わった。
さっきまでの戦闘とは違う。
もっと深い。
もっと恐ろしい“何か”。
空に浮かぶ巨大な赤黒い瞳。
それだけで、人々は立っていられなくなる。
リリィが涙目で春へしがみつく。
「怖いですぅぅ……」
春も全身へ嫌な汗が流れていた。
本能が警告している。
“勝てない”と。
ヴェルナの声が響く。
『世界樹』
『星花』
『ようやく揃った』
結衣の魔導書が激しく震える。
結衣は苦しそうに胸を押さえた。
「うぅ……っ!」
春が慌てる。
「結衣!!」
その瞬間。
ヴェルナの瞳が細くなる。
『こちらへ来い』
黒い霧が、結衣へ伸びた。
だが。
──パァァァ!!
紫花結界。
エリシアが前へ出る。
「触らせません」
ヴェルナが静かに笑う。
『花霧の魔女』
『まだ抗うか』
エリシアの表情は真剣だった。
でも。
その横顔には、少し震えがあった。
春は気づく。
強がってる。
エリシアも怖いんだ。
ゼルヴァが低く呟く。
「ヴェルナは六王の中でも危険だ」
ミアも青ざめている。
「深淵王より格上って噂もある……」
レオナが笑おうとする。
「冗談キツ──」
でも。
途中で止まった。
笑えない。
本当にヤバい存在だと、全員わかっていた。
その時。
ヴェルナの視線が春へ向いた。
『継承者』
『お前は何故抗う』
春は剣を握る。
怖い。
でも。
逃げたくなかった。
春はヴェルナを睨む。
「守りたいからだ」
ヴェルナが静かに聞く。
『世界は、いずれ滅びる』
『それでも?』
春は少し黙る。
滅びない世界なんてない。
人も。
街も。
いつか終わる。
でも。
春は空を見上げた。
笑ってる仲間たち。
泣いてた結衣。
助けを求めたオメガ。
全部思い出す。
春は静かに言った。
「終わるから、大切なんだ」
その瞬間。
空気が止まった。
ヴェルナの巨大な瞳が、わずかに揺れる。
エリシアも驚いたように春を見る。
結衣の胸が熱くなる。
春は続けた。
「だから守りたい」
「笑ってほしい」
「生きててよかったって思える世界を、消させない」
静寂。
そして。
ヴェルナは、初めて少しだけ笑った。
『……面白い』
だが次の瞬間。
巨大な黒い花が空へ咲いた。
──ゴォォォ!!
空間崩壊。
街が軋む。
ヴェルナの声が響く。
『ならば証明してみせろ』
『その想いが、深淵を超えると』
無数の黒花が降り始める。
触れた建物が崩壊していく。
ミアが叫ぶ。
「全員、防御!!」
春は剣を構える。
だが。
その時。
結衣が春の袖を掴んだ。
震えている。
でも。
その瞳は逃げてなかった。
「……私も戦う」
春が見る。
結衣は怖いはずなのに。
ちゃんと前を向いていた。
春は少し笑う。
「ああ」
結衣も小さく笑う。
そして。
二人の紋章が、再び共鳴した。
虹色と金色の光。
夜空へ、大きな花が咲き始める。
ヴェルナは静かにそれを見つめていた。
まるで。
何かを思い出すように。




