エリシアの表情から、初めて笑顔が消えた。
エリシアが静かに手を上げる。
紫色の花びらが、空いっぱいへ舞い上がった。
──パァァァ……
その景色は綺麗だった。
でも。
同時に、とてつもない圧力。
春ですら息を呑む。
深淵騎士が剣を構えた。
『排除』
次の瞬間。
黒い斬撃が放たれる。
空間を裂きながら、エリシアへ一直線。
だが。
エリシアは微笑んだまま。
「遅いです♡」
パチン、と指を鳴らす。
すると。
空間そのものへ、巨大な紫花が咲いた。
──ズバァァァ!!
黒い斬撃が、花びらに触れた瞬間、消滅した。
ミアが目を見開く。
「消した!?」
レオナが笑う。
「強ぇぇ!!」
深淵騎士も動揺していた。
『解析不能』
エリシアはくるりと回る。
ドレスがふわりと揺れた。
「花霧魔法は、“境界”を操る魔法なんです」
春が首を傾げる。
「境界?」
エリシアは笑顔で答える。
「つまり、“届かなくする”んです♡」
その瞬間。
無数の紫花弁が、深淵騎士を包み込む。
騎士は剣を振るう。
だが。
届かない。
花びらに触れる前に、攻撃が消えていく。
リリィがぽかんとする。
「反則ですぅぅ……」
ゼルヴァが静かに呟く。
「空間干渉系か」
深淵騎士が怒号を上げた。
『障害排除!!』
黒翼が展開される。
空へ飛び上がった。
そして。
巨大な黒槍を生み出す。
空気が震える。
ミアが青ざめた。
「まずい、あれは街ごと消し飛ぶ!!」
春は剣を握る。
だが。
エリシアが先に前へ出た。
彼女は静かに目を閉じる。
紫色の花冠が光る。
そして。
優しく呟いた。
「──咲いて」
その瞬間。
空に、“巨大な花”が咲いた。
街全体を覆うほどの紫花。
幻想的。
でも。
圧倒的だった。
黒槍が花へ触れた瞬間。
──サァァ……
音もなく、消えた。
深淵騎士の瞳が揺れる。
『……何故』
エリシアは少しだけ寂しそうに笑った。
「あなたも、苦しいんですね」
春がハッとする。
その声。
オメガへ向けた時と同じだった。
深淵騎士の身体には、黒いコードが絡みついていた。
騎士が苦しそうに頭を押さえる。
『……ァ……』
結衣が小さく呟く。
「また、操られてる……」
春は剣を握る。
助けたい。
でも。
その瞬間。
深淵騎士の身体から、黒い霧が爆発した。
──ゴォォォォ!!
空気が変わる。
冷たい。
重い。
空の亀裂がさらに広がっていく。
ゼルヴァが険しい顔になる。
「まずい」
黒霧の中から、“目”が現れた。
巨大。
赤黒い瞳。
空そのものに浮かんでいる。
リリィが震える。
「またヤバいの来ましたぁぁ!!」
その目が、ゆっくり春を見る。
そして。
次に。
結衣を見る。
『星花の巫女』
低い声。
世界が震えた。
『ようやく見つけた』
結衣が息を呑む。
その瞬間。
結衣の魔導書が勝手に開く。
ページが暴走する。
《深淵王直属存在、確認》
《序列第二位》
《深淵六王──》
空気が凍った。
そして。
文字が完成する。
《“冥花王ヴェルナ”》
エリシアの表情から、初めて笑顔が消えた。




