第70話 猫獣人族の苦渋
猫獣人族の男達は、息を呑む。
この人族の女は、何を言っているのかと。
先程、圧倒的な力を見せつけておきながら。
「もう、何十人もの人狩りが探し回ってるんなら、そんなに猶予もないでしょ?早く他の集落を集めて」
ミリアのその声に、フレッドは側にいた者を走らせる。残った3つの集落に、ここへ来いと。ミリアが言った言葉を携えて。
ミリアは、渋るミナを降ろしマントを脱ぐ。
レットに預けながら言う。
「シイラ、ミナとミトを連れて家に入ってて。レットは見ておいたほうがいいわ」
察したシイラが、ミナとミトを抱えて家に駆けていく。猫獣人族から身を守ってくれる存在がいなくなった。
ミリアは不安を抑えて、声を発する。
「フレッド…でよかったわよね。私を適当に痛めつけて。他の集落が来た時に無傷じゃ信用しないでしょ?見えるところがいいわね」
フレッドに向けて両手を拡げ、目を閉じ、身体に力を込める。
手が震える。
肌がチリチリと疼く。
襲ってくる痛みが怖い。
……でも必要なこと
なかなか痛みがこない。目を開けると、フレッドが震えている。目を閉じる前から一歩も動いていない。
無防備な者に暴力を振るうことに抵抗があるのか、イタンシャへの畏怖か。生来の良心かもしれない。それはとても好ましいことでもある。
でも今は時間がない。
まだ並んでいる一人、一番険しい目をしているものに声をかける。
「あなたでいいわ。人族に対する憎しみがあるなら、少し、晴らしてしまいなさい。動ける程度にしてくれると助かるけど」
声をかけられた男は一瞬躊躇するが、手を握りしめてミリアの前に立った。
「優しくはしねぇぜ」
ミリアは目を閉じて歯を食いしばる。
静寂、そして風切り音。
ミリアの左頬に衝撃が走った。
かろうじて踏ん張る。
続いて右頬。
堪えきれず地面に倒れる。
すぐに引き起こされ、鳩尾に。
身体が浮く。
首を掴まれ、左腕に裂くような痛み
「……イッ!」
掴まれた喉を押し通して、思わず声が漏れてしまった。
目を薄く開くと、爪を剥き出しにした手が今にも顔に振り下ろされようとしている。
そしてその目には涙が流れ落ちている。
それは、悔しさか、罪悪感か。
手は振り下ろされない。
首を掴んだ手がゆっくりと下ろされていく。
ミリアは、崩れ落ちるように地面に座り込んだ。
世界が回る。
口の中に鉄の味。
左腕は服から切り裂かれて、血が流れている。
強烈な吐気。
全てを堪え、少しだけマナで身体の動きを補助する。
少しだけ、楽になった。
話ができる程度には。
目の前の男は、ボソリと呟いた。
「すまねぇ、あんたは悪くねぇのに」
「いいのよ、必要なこと。でも外から見えない鳩尾は必要なかったんじゃないかしら?キツかったわ」
ミリアは無理やり微笑む。
目の前の男も、涙を流した顔のまま、表情を緩めた。




