第63話 手品師見習いの交渉
「……あんたは、人族だね。こんなとこに何をしに来たの?」
姿を見せた女性が口を開く。
細い目、縦に開く瞳孔、しなやかな動き。
動きを妨げない程度の服と、そこから覗く全身を薄く覆う毛。頭の上に大きな耳。
紛れもなく、猫獣人族だ。
静かな声色とは逆に、尖った爪と、隠さない警戒の色。
……対応間違えると、襲われるわね
「私は、手品師見習いのミリア。川に流されて、ここに流れ着いたの。そこの洞で眠ってたらこの子達が私を暖めてくれたみたいね」
ゆっくりと警戒されないように、崖際まで歩いていく。
「この子達の親が心配してるんじゃないかと思って、外に出てきたところよ。あなたがこの子達のお母さん?」
「ぅな!」
「うなーー」
腕の中の二人が楽しそうに声をあげる。緊張感が飛びそう。
「悪い人じゃなさそうだけど……二人を返してもらえる?……レット」
レットと呼ばれた少年が、しゃがんで棒を突きだしてくる。女性はまだ警戒を解かない。下手な真似をすると、飛びかかってきそうだ。
ミリアは二人を抱えて、棒の方に持ち上げる。干し肉を食べた方が器用に棒を伝って、登っていった。
「ほら、あなたも行きなさい」
もう一人は登ろうとしない。棒とミリアを交互に見てそして、跳んだ。
「ミナ!」
少年が声をあげる。
ミナと呼ばれた子は、再びミリアの胸に飛び込み、しがみついてきた。うなうな言ってる。
……ええ?!これどうしたらいいの?
女性が驚きに目を見開く。耳がひょこひょこと動き、尻尾がゆらゆらと揺れる。
大人の猫獣人族もとても愛らしい。人族は猫獣人族に全面降伏するしかない。
「私は何もしてないわよ?どうしたらいいかしら?」
努めて平静を保ち、問いかけた。
片手はミナを抱え、もう片方の手は敵意がないことを示す為に肩の高さに上げる。
一時の沈黙。女性の爪が少しずつ収まっていく。警戒心は解けないが、今すぐどうこうなるという事態は避けられたようだ。
「この先から登れる。そしたらこっちにミナを連れてきて。レット、案内して」
ミリアは大きく息を吐く。
緊張が抜けて、今さらじんわりと汗が滲んだ。
「なー?」
腕の中のミナが何か空気が変わったのを感じたのか、ミリアを見上げてきた。
「もぅ、あなたがちゃんとお母さんのとこに戻らないからよ?」
……そのおかげで敵意がないと、わかってくれたってこともあるんだろうけど
目の前にレットが降りてきた。よく見ると顔立ちや身体特徴がミナやミト、上にいる女性よりも人族に近いような気がする。個体差だろうか。
「こっち、こい」
レットは下流に向かって歩き出した。
ミリアはミナを抱えてついて行く。このぶっきらぼうな感じ、少しだけ、出会った頃のジルを思い出す。
ミリアは心の中で微笑んだ。
十数分程歩いたところで、崖に切れ目があった。緩やかな坂になっており、ミリアでも楽に登っていける。
「ここから、登れる。下手な真似するな、こっちの言うことには従え」
そう言ってミリアを先に行かせようとする。
……わぁ、怖い。……でも、ふふ、強がってる感じかな?
話し方もジルみたいだ。
「今さら何もしないわよ。この子返して、聞きたいこと聞けたら、どこかに行くわよ。できれば食料買えたら助かるけど」
アルネラまでの道筋、せめて今の位置を把握したい。それから、最後の干し肉はミトに食べられた。何とかしなくては。
坂を登りきったところで、先ほどの女性が待っていた。それから、5人程の猫獣人族の男に囲まれた。後からはレット。逃げ場はない。
さて、どうしたものか。まだ危機は去っていないのか。
腕に抱いていたミナを下ろす。
温もりが失われた胸元に孤独感が蘇ってくる。
「で、どこに連れて行かれるのかしら。あなた達の集落?教会?それともここで始末されちゃうのかしら?」




