第49話 束の間の平穏
「え?師匠、あのボルスとかいうやつを手伝うの?」
今朝も師匠は動き出すのが早いな、と思っていると、そんな事を切り出された。
「お前はまだ、孤児らの面倒をみるんじゃろ?ならちょっとばかり手伝ってもいいかと思っての。小銭稼ぎにもなるし、いい酒もくれるというしな、ふぁっふぁっ!」
それが目的か。
「まぁ、変なやつだけど悪いやつってわけじゃないならいいけど……。師匠、魔術使っちゃうの?」
師匠の魔術こそ異端の極みであろう。ボルスに見せていいのだろうか。
斜に構えた師匠が、ナイフを回しながら、流し目でこちらを見てくる。ほんとにやめてほしい、心臓に悪いよ。
「ここいらなら、これで十分じゃ」
ミリアはアサルカを見ないようにしながら言う。
「師匠なら大丈夫なんだろうけど……気をつけてよね」
アサルカは仮面を着けながら応える
「おぬしもな、ミリア。無理はいかんぞ」
二人は宿をでて、アサルカはギルドへ、ミリアは門へと、それぞれの方向へ歩き出した。
日が昇った頃、ジルは既に門にいた。
朝が待ちきれず、暗いうちから冷たい水を浴び、できる限り体を綺麗にした。それでも早かったため、素振りまでしていた。
日が差し始めたと思ったらすぐに門まで走ってきたのだ。
ソワソワしているジルを門番は苦笑いしながら見ていたが、それは無視した。
遠くの方に、群青の衣服を纏い、目元を白いマスクで覆ったミリアの姿が見えた。
ジルは大きく手を振る。早く気づいて欲しくて。
ミリアの姿は少しゆれ、小さく手を振ってくれた。それだけで、ジルの頬は緩み、朱がさす。
ジルは目の前のミリアがかけた言葉で、力が湧いてくるとともに、気を引き締めた。
「今日は、索敵から討伐まで、1人でやってみなさい。私は後ろで見守ってる。注意深く、勇敢に、でも、無理しないように。ね」
ジルとミリアは昨日と同じ場所まできた。
……きっと、同じ魔獣は同じような場所にいる……
耳を澄まし、目を見張る。
何も見つからない。
付近にいないように思う。振り返ってミリアの様子を見たい気分に襲われた。
……頼るんじゃだめだ!
集中して、気配を探る。
ふと、足元をみると、なにか踏み分けたような足跡を見つけた。右斜め前の方に向っている。
足音を立てないように、ゆっくりと足を運ぶ。
後ろからのミリアの視線
心臓の鼓動が早くなる
落ち着け、と心の声
微かに獣臭
長く細く息をする
……いた。
草に見え隠れする、10歩程先。
まだ遠い。
剣を腰高に構え、近づきながら機会を伺う。
5歩、グラスラットが背中を見せた、今!
ジルは、素早く駆け出し、雄叫びを上げ、剣を突き出す。
気づいたグラスラットがこちらを見て、飛び退くように跳ねる。
…あ!気づかれた!逃げるな!
狙いがズレた!届くか微妙な距離になる
……!大丈夫、届く!
最後の一歩をできる限り強く踏み込む。
飛び退くグラスラットを越える速さで近づく。
そして……
ジルの剣は、グラスラットの首を引き裂いた。
血が噴き出し、グラスラットは倒れ伏す。
いつの間にか息を止めていた。
肺が喘ぐように空気を求める。
……やった!全部1人でできた!
勢いよく、ミリアの方に振り返った。
そんなジルの反応に、ミリアは、少し苦笑いをしている。
「60点。雄叫びで気づかれた。あと、倒しても気を抜かない。一匹とは限らないから」
ジルは、我に返って、慌てて周囲を警戒する。
少し気を落としてしまう。
倒したとはいえ、危なかったのだ。剣が届かなかったら、無防備な体勢でグラスラットが飛びかかってくるのだから。
「でも、索敵から発見、飛びかかるまでは凄く良かったと思う。私より上手いかも」
ミリアの讃辞に、周囲を警戒するジルの顔に笑みが浮かんだ。




