ドリームチーム
ヒモの王回の別視点となります。この世界でカンストしてない人たち。みんな歯を食いしばって、もがきながら一生懸命に生きています。
小高い丘の上にある『望みの大霊樹』。
そこに対峙していた地場最強クラン『白峰』と『トコヨ守備団』の混成チームは、目の前の光景にあふれる圧倒的な存在感に、完全に硬直していた。
大霊樹のふもとにいたのは、立ち上がれば10メートルを超える巨躯を誇る、単眼の巨人『サイクロプス』。
それが実に30匹、静かに目を閉じて座り込んでいた。
「おいおい……嘘だろ……。なんで辺境の予兆から、魔王軍の最前線にいたような化け物が、こんな数で出てくるんだよ……。」
リーダーのアルベルトは、滝のような冷や汗を流しながら絶句していた。
予兆から漏れ出る『先兵』の種類は、スタンピード本番で出現する魔物の傾向を示す。
ここに30匹いるということは、本番ではその数倍の巨人の軍勢が押し寄せることを意味していた。
サイクロプスは極めて執着心が強く、一度敵を認識すれば、それを殲滅するまで決して視線を外さない習性がある。
彼らがここで命ある限り、巨人が街へ向かうことはない。
だが、もしここで全滅すれば、トコヨの街は一瞬で踏みつぶされるだろう。
そこへ、霧座の処理を終えたグレン率いる本隊が合流した。
別れてからまだ3時間も経っていない。
「グレン、ドルン、ギルバート……!無事だったか。」
アルベルトは仲間たちの姿に一瞬だけ表情を和らげた。
「『霧渡り』のおかげだ。霧中の極致を見たぜ……。」
「霧渡りの連中が?あいつらは本当に大した奴らだな!幼馴染として俺も鼻が高いぜ!!……だが、こっちの状況は最悪だ。ストーンガードとヴァルホルンが合流してくれれば対処は不可能じゃないが、確実に致命的な消耗になる。」
アルベルトが厳しい表情で戦況を共有しようとした、まさにその時だった。
『迎え樹の大霊樹』の監視に回っていたトコヨ守備団のメンバーが、肩を激しく上下させ、大慌てで丘を駆け込んできた。
「ハァ、ハァ……!アルベルトさん!グレンさん!大変だあぁぁぁ!!」
「落ち着け、何があった!」
「ぐぇっ!」
悲痛な叫び声を上げる守備団の胸ぐらをつかまんばかりの勢いで、アルベルトが詰め寄る。
「『迎え樹』の予兆が……もう沼だ!!レベル4なのに……先兵が、魔物が一匹も出てきてねぇんだよ!」
「なんだと……っ!?」
グレンの鋭い眼光がさらに険しさを増し、アルベルトの顔から完全に血の気が引いた。
通常、予兆がある段階まで進めば必ず先兵が現れ、先兵を倒せず、黒線虫を処分できなければ、その後にスタンピードが発生する。
それが世界のルールのはずだった。
『迎え樹の大霊樹』に発生した予兆はすでに「レベル4の沼化」を迎えているにもかかわらず、不気味なほどに先兵が「何も出てこない」という異常事態。
二箇所の予兆を潰したという淡い希望は一瞬にして崩れ去り、さらに底の知れない漆黒の恐怖へと塗り替えられた。
「だが、やるしかねぇ。」
硬直する一同を貫くように、山犬のリーダー、グレンが鋭い眼光を放った。
「『迎え樹』の予兆がいつ爆発するかは分からねえ。だが、まとまった主戦力が今ここにいるんだ。なら話は単純だ、まずは目の前の『望み』の予兆の先兵、サイクロプス30匹を、いち早く攻略する!絶望してる暇はねえぞ、お前ら!」
グレンは覚悟を決め、即座に副リーダーのガルドへ視線で合図を送った。
「ガルド、待機組含め、街の冒険者をすべて呼べ。全戦力をここに投入する。狼煙を上げろ!」
「応よッ!」
ガルドが手際よく、緊急事態を告げる独自の狼煙に火を放った。
特殊な配合を施された燃焼物が、ねっとりとした濃い黒煙となって、天高くへと一気に立ち上っていく。
それは、街や待機所で息を潜めていたすべての冒険者へ向けた、「全戦力投入」の合図だった。
その黒煙が意味する深刻さを、トコヨの冒険者たちが理解できないはずがなかった。狼煙が上がってから、わずか数分。
街の防衛や休息に回っていたすべてのクラン、冒険者たちが、ただ事ではない気配を察して次々とこの『望みの大霊樹』の丘へと駆け込み、合流を果たしていく。
あっという間に、トコヨが誇る現存戦闘力のすべてがこの丘の上へと集結した。
10mを超える30匹の巨人を前に、息を呑む者、武器を握り直す者、誰もが恐怖と闘っている。
集まった全メンバーの視線が、中央に立つグレンへと注がれた。
「全員、よく聞け!俺たちはトコヨで最高にして最強の、これ以上ないドリームチームだ!負けるわけがねえ!あの一つ目野郎どもを見ろ!こっちには目が二つあるんだ、俺たちのほうが圧倒的に強いに決まってるだろ!!」
「「「おうよ!!」」」
グレンの無茶苦茶だが力強い鼓舞に、冒険者たちの眼に一気に闘志が舞い戻る。
座り込んでいるサイクロプスに向け、全戦力による一斉先制攻撃が放たれた。初手で確実に2匹の首を撥ねる。
グオオオオオオオオオ
目を覚ました巨人の群れが激昂する。
ストーンガードが即座に突撃を受け止め、敵の攻撃の終わりに生じるわずかな隙を狙い、ヴァルホルンの戦士たちが怒涛の一撃を叩き込んでいく。
両脚をふたりが斬りつけ、両腕をふたりが削ぎ、胴へ強烈な一撃を見舞い、最後に残ったひとりが大鎌のように巨大な武器で、その巨大な単眼を貫いて確殺する。流れるような、完璧な前線組の連携。
だが、すべての巨人を前線の力押しだけで抑え込めるわけではなかった。
この地獄のような戦場の中、異様なまでの存在感を放ち、別の意味で前線を支えている青年がいた。
「ひ、ひえええええええええええっ!!!こ、攻撃やめちくり~~~~~っ!!!!」
地鳴りのような足音が迫る中、ヒデのガチ号泣と悲鳴が戦場に木霊した。
実質C級の寄せ集めである『トコヨ守備団』の団員、ヒデは文字通り、涙と鼻水を撒き散らして泣き叫びながら、サイクロプスたちのヘイトをネジが外れた勢いで稼ぎまくっていた。
サイクロプスには「一度認識した標的を殲滅するまで、視線を外さない限り追う」という強烈な習性がある。
有効な攻撃手段を持たない守備団の役割は、自らが囮となってその視線を釘付けにし、攻撃部隊の負担を散らすことだった。
それにしても、ヒデの執着されっぷりは一線を画していた。
当初の作戦では、安全を考慮して「1匹だけ」を引きつける予定だったのだ。
しかし、1匹を引きつける予定が、あまりのパニックに4匹の巨人を同時に釣ってしまっていた。
完全に腰が砕け、地面を這いつくばりながらも、振り下ろされる巨木のこん棒を必死に転がって回避する。
極限の恐怖で脳の回路が完全にショートしたヒデは、もはや意味不明な言葉を口走っていた。
「ぼ、僕ヒデ……。誰か助けて!誰かァ!」
あまりのパニックっぷりに、なぜかこの死地で自己紹介を呟き始める始末。
だが、その限界を超えた狂乱のオーラが、かえって巨人の本能的な嗜虐心を激しく刺激していた。
しかし、この命を削った文字通りの狂演が極上のデコイとなり、本陣の攻撃部隊が受ける負担を格段に引き下げていたのは紛れもない事実だった。
前線で巨人を激しく斬り捨てていた主力から、感謝の怒号が飛ぶ。
「ヒデよくやった!!お前のおかげでこっちは狩れてるぞ!」
「ホントォ?」
涙目で一瞬だけ期待の声を漏らしたヒデだったが、戦場の現実はどこまでも無慈悲だった。頭上から容赦なく次なる巨木が振り下ろされる。
「やーだ!やめてタタカないで!タタカないでよおおおっ!!」
なりふり構わず地面を転がり、風圧だけで消し飛びそうな猛攻を必死に避けるヒデ。
だが、そのファインプレー(?)に、さらなる重責がのしかかる。他クランからの悲鳴のような連絡が響き渡った。
「悪い!!!そっちにあと12匹行った!頼んだぞ!」
「ねぇ小生やだ!小生やだ!!あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛も゛う゛や゛だ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!!!!!!!!!」
合計16匹の巨人に追い回され、地面を這いずりながら必死にこん棒を避けるヒデ。
実に全体の半分以上のサイクロプスを引き連れて泥まみれでのたうち回る、トコヨの歴史に残るであろう大立ち回りであった。
しかし、どれほどヒデが命がけの超ファインプレーで負担を減らそうとも、相手は10メートル級の怪物の群れ。
一歩間違えれば即死という極限の緊張感と、一撃ごとに全力を絞り出す消耗戦は、確実に冒険者たちの限界を削っていく。
次第に深い疲労が、冒険者たちの肉体をじわじわと蝕んでいく。
初手で2匹を瞬く間に潰し、その後も前線組の完璧な確殺連携によって、着実に巨人の数は減っていった。
しかし、いくら倒せる技を持つとはいえ、彼らもまた人間。
絶え間ない重労働と精神的プレッシャーにより、確実に疲労が肉体を蝕んでいく。
そんな中、『白峰』の魔法使いが決死の援護に動いた。
ヒデを追いかける群れに向けて魔法の矢を放ち、2匹の注意を不引に逸らしておびき寄せたのだ。
距離があるため死傷させるような威力にはならず、文字通り「嫌がらせ」の域を出ない。
そもそもサイクロプスは尋常ではない耐久力があり、適正な距離で一般的な魔法使いの一撃を受けても平然と耐えて突っ込んでくる。
肉薄されれば一撃をもらって死んでしまうのは魔法使いの方だ。
その命がけの嫌がらせによって引き剥がされた2匹を、前線が泥を吐きながら仕留める。
だが、死に物狂いの死闘の末、合計16匹を仕留めたところで、ついに冒険者たちのスタミナが限界に達した。
30匹中、残るは14匹。
「くそっ、足が……。」
『白峰』のリーダー、アルベルトの足から不意に力が抜け、地面に膝をついてしまった。
眼前に迫るサイクロプスが、嘲笑うかのように巨大なこん棒を振り上げる。
これまでか、と彼が目を瞑ったその瞬間。
「うおおおおおおおおおっ!!」
『霧座の大霊樹』で残り芽潰しをしていた『霧渡り』たちと、ストーンガード、ヴァルホルンの残ったメンバーが、猛然と戦線に突入した。
一歩先へ飛び出したストーンガードの一名が、アルベルトを庇うようにしてサイクロプスの重撃を大盾で真っ向から受け止める。
凄まじい衝撃を力ずくで弾き飛ばすと、予想外の反動にサイクロプスが体勢を崩し、ドスンと無様に尻もちをついた。
「舞え!」
「応っ!!」
好機を逃す『霧渡り』ではない。
駆け寄りすぐさま手のひらを組んでバレーのレシーブのように構え、飛び手を上方へ放り投げる。
見事な「カタパルト飛翔」で高く高く跳躍した戦士たちが、高低差を最大限に活かした落下攻撃を次々と敢行。
巨人の巨大な単眼、首筋、鎖骨、肩へと、容赦なく攻撃を叩きこむ。
ギャアアアアアアアッ!?
目玉を潰され、狂ったようにもがく巨人。
その無防備な隙を見逃さず、背後から肉薄したヴァルホルンの一名が、大振りの一撃でその首を一刀両断にねじ切った。
これで残り13匹。
しかし、助かったアルベルトが礼を言う暇さえ戦場は与えなかった。
ドサリ、と力なく地面に頽れる音が響く。
「ああ逃げられない!!」
視線の先では、大量巨人をひとりで引き回し続けていたヒデが、ついに完全に体力を切らして倒れ込んでいた。
残る13匹のサイクロプスが、動けなくなった哀れな獲物を見下ろしている。
アルベルトも、合流したばかりの面々も、連戦の疲弊で一歩も足が動かない。
「ヒデ、逃げろーーーっ!!」
誰かの悲痛な叫びが戦場に響き渡るが、限界を迎えた青年の耳には、それはただ虚しく鼓膜を震わせるだけの音に過ぎなかった。
残るは13匹。
身動きの取れないヒデを目掛け、狂暴な質量を持った巨大な影が次々と迫り来る。
助けに向かおうにも、他の冒険者たちもまた指一本動かせないほどに消耗しきっていた。




