先兵
ヒモの王回の別視点となります。この世界でカンストしてない人たち。みんな歯を食いしばって、もがきながら一生懸命に生きています。
翌日。
冒険者たちは泥をすすり、不眠不休で戦い続けていた。
戦力を厚く配分した、街に最も近い『境界の大霊樹』。
完全浄化の目前、予兆から突発的に溢れ出た先兵は、人間の男性ほどの体格に肥大化した石の拳を持つ魔物、ブロウインプ37体。
「俺たちはストーンガードだ!!!陣形を維持しろ! 一歩も引くな!」
「おうよ!戦技『アイアン・ウォール』!!」
叫んだのは、元最前線組のクラン『ストーンガード』の重戦士、ドルン・バルクマンだ。
15枚の大盾が一斉に噛み合い、強固な鋼鉄の壁を形成する。
そこへ押し寄せるブロウインプの岩拳が叩きつけられるが、盾の壁は微動だにしない。
「隙だらけだぜ、クソども!戦技『サイクロン・ドライブ』!!」
『ヴァルホルン』のリーダー、剛腕のギルバートが巨大な両手斧を振り上げ、容赦なくブロウインプらを叩き割っていく。
リーダーに続くように次々と大盾を飛び越え躍り出ていく、ヴァルホルンの戦士たち。
身の丈を超える大剣や戦斧が、凄まじい風切り音とともに振り下ろされ、ブロウインプの強固な岩肌を容赦なく叩き割っていく。
流れるような連携で37体の先兵を瞬く間に処理、芽潰しも完了し、まずは最も街に近かった『境界の大霊樹』を穢したの予兆を浄化することに成功した。
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3日目。
『境界の大霊樹』で「先兵」の出現が確認されたことは、作戦全体の危険度を跳ね上げる最悪の報せとなった。
ただ黒線虫を潰すだけの作業ではない。
まだ浄化に至っていない残り三つの大霊樹でも、すでに凶悪な先兵がこちらの世界へ這い出している可能性が極めて高いのだ。
作戦の主導は『山犬』のグレンらが執る形となったが、具体的な戦術においては、トコヨの土地を熟知する地場クランたちの意見が飛び交った。
地図に身を乗り出したのは、『白峰』のリーダーであるアルベルトだ。
「グレン、俺は小高い丘にある『望みの大霊樹』の予兆を重点的に潰すべきだと考えている。あの丘の地形は俺たちが一番詳しい。もし先兵どもにあの上を取られ、見下ろされる形になれば、こちらの処理が圧倒的に不利になるからな。」
理にかなった進言だった。だがその言葉が終わるや否や、同じく地場の有力クランである『霧渡り』のリーダー、ダンが、すっと手をあげ意見を放った。
「待て、アルベルト。先に『霧座』をやるべきだ。あそこは常に濃霧が立ち込めている。もしあの霧の中で先兵が増え続けてみろ。ただでさえ厄介な魔物が強化され、こちらの視界は完全にゼロになる。浄化の厄介度が跳ね上がるぞ。今なら、まだ先兵の数も少ない……マシなはずだ。霧の中で魔物どもが宴会を始める前に、真っ先に芽を摘もう。」
「……なるほど。確かに、あの霧を敵に回すのは最悪だな。」
長年この土地で共に生き、森の恐ろしさを知る仲間としての絶対的な信頼から、アルベルトは即座にその進言に納得し、頷いた。
「ああ、『霧渡り』の言う通りだ。霧座を最優先で叩く。」
グレンもまた深く首肯し、地図の『霧座』の地点を指で叩いた。
「だが、あそこはただでさえ濃霧が立ち込める難所だ。焦って戦力をつぎ込みすぎれば、霧の中で同士討ちを引き起こしかねん。霧座への突入は人員を絞る。……アルベルト、お前たちの『白峰』とトコヨ守備団は霧座には入るな。手薄になる『望みの大霊樹』と『迎え樹の大霊樹』の監視・封鎖へ回れ。芽潰しが可能であれば、先兵に十分気を付けながらやってほしい。」
「了解だ。任された。」
信頼する仲間たちとの迅速な連携により、一筋の線へと収束していく。
それぞれのクランが己の命を賭けるべき戦場を定め、身を投じる。
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『霧座の大霊樹』に到着した彼らを迎えたのは、深い霧の奥に広がる、不気味なほどの静寂だった。
先兵には人間を発見するまでその場から動かない習性がある。
やみくもに刺激して、正確な出現数を把握できなくなるのを防ぐため、今回の作戦自体に個人等級C級以下の冒険者を連れてこなかったのは、まさにこの静寂を維持するためでもあった。
この視界ゼロの濃霧の中、先頭を切って進むのは、やはりこの環境に最も慣れている『霧渡り』の精鋭たちだ。
彼らが慎重に、さらに一歩、霧の奥へと足を踏み出した、その瞬間だった。
ぬっと視界に現れたのは、大霊樹の枝や岩陰に、微動だにせず佇むおぞましい影。
上半身は人間の女性。
しかし、その腕は不気味な翼であり、脚は獰猛な猛禽類の鉤爪。
先兵『ハーピー』。
息を呑む『霧渡り』たちの目の前に、それは、およそ25体もの大群でひっそりと待機していた。
お互いの視線が交錯し、ハーピーどもの血走った目が一斉に人間を捉える。
「|コンタクト!!敵数25!!ハーピー!」
霧渡りのリーダー、ダンが放った絶叫。
それを合図に、世界は「静」から「動」へと一気に爆発した。
――バサバサバサバサッ!!!
静寂を切り裂き、狂暴な羽音が爆風となって押し寄せる。
人間を認識した25体のハーピーが一斉に狂い狂って牙を剥き、冒険者たちへ襲いかかった。
出会ってわずか3秒。
濃霧の中での超至近距離戦闘が、唐突に幕を開ける。
視界はゼロ、弓による先制攻撃など不可能な距離。
だが、ここで『霧渡り』の執念が勝った。
ハーピーどもが飛び立つよりも早く、最前線の精鋭たちが地を這うように肉薄。
喉を鳴らし、まさに歌い出そうとしていた木の上の5体へ、目にも留まらぬ速さで刃を叩き込んだ。
「先制5!残り20ッ!!!」
ダンの怒号が響く。しかし、刃を免れた20体のハーピーが一斉に霧の奥へと舞い上がり、狂ったようにその喉を震わせ始めた。
引き裂かれた静寂に、おぞましい『惑わしの歌』が響き渡る。
ハーピーたちの歌声は、複数で詠唱され、音が重なることで真価を発揮する。
濃霧という最悪の視界不良に加え、重奏される『惑わしの歌』が冒険者たちの聴覚を狂わせ、平衡感覚を容赦なく破壊していく。
霧で視界を奪われ、歌で耳を狂わされる。
ヴァルホルンの戦士たちが闇雲に武器を振るうが、ハーピーの影を捉えきれない。
「そこだ!もらったぁ!!」
「うおっと!?馬鹿野郎ギルバート、俺の盾だ!」
「す、すまんドルン!霧で敵の影に見えた!」
「ハッ、気にするな!そんな腑抜けた一撃じゃ俺の盾は砕けんよ!ガハハ!」
「次は盾ごとぶったぎってやるよ!ガハハ!……悪ぃ、陣形の中に入れさせてくれ!」
下手に散らばれば、この濃霧と呪歌の中では確実に同士討ちを引き起こす。
その破滅の未来を寸前で食い止めたのは、クラン『ストーンガード』だった。
彼らは即座にふたつの班に分かれると、巨大な大盾でトーチカをつくるようにして密集防御陣形を展開。
五里霧中で五感を狂わされた他クランのメンバーを内側に引き込み、おぞましい鉤爪から保護するための『セーフポイント』をまたたく間に形成したのだ。
盾の壁に守られ、ひとまず最悪の全滅の危機は脱した。
しかし、これでは完全に防御で手一杯だった。
盾を構えて足をとどめている以上、肝心の『芽潰し』に割く時間など一秒もない。
刻一刻と『黒い沼』へのカウントダウンが迫る中、防戦一方の状況に冒険者たちの間で焦りだけが募っていく。
この息の詰まるような膠着状態を破ったのは、やはり地場クラン『霧渡り』だった。
――どさっ、どささっ!!
大盾の壁に囲まれ、息を潜めていた冒険者たちの目の前に、白い闇の奥から次々とハーピーの骸が激しく叩きつけられた。
一体、二体、三体…。
防戦一方だったはずの空から降ってきた死体の雨に、誰もが目を見開く。
直後、白く濁った霧の粒子が、まるで生き物のように不自然に揺らめいた。
その揺らぎの合間から、音もなく滑り出すように飛び出してきたのは『霧渡り』の面々だった。
視界ゼロの濃霧、そして五感を狂わせる『惑わしの歌』。他者にとっては地獄でしかないこの空間こそ、彼らの独壇場だった。
『霧渡り』のメンバーは、長年の経験から「霧の粒子の揺らめきや流れ」を感知することができる。
感覚を狂わされようとも、大気のわずかな変化さえあれば、彼らにとってはすべてが見えているも同然。
暗闇で獲物を正確に捉える蛇のごとく、敵の位置を完全に把握して動くことができる。まさに『霧渡り』たちだった。
「足場、いくぞ!」
地上の木陰で、ひとりの『霧渡り』が深く腰を落とした。
バレーのレシーブのように両手のひらを力強く組み、上に向けて開き、即席の踏み台を作る。
そこへ別のふたりが次々と猛然と駆け込み、組み合わされた手のひらへと容赦なく足をかけた。
「せいのッ!」
足場の男が全身のバネを使って腕を爆発的に突き上げ、ふたりを次々と鳥のように高く、木の上へと放り投げる。
信じがたいアクロバットはそこでは終わらない。
木の上に飛び乗った二人は寸分の狂いもなく息を合わせ、すぐさま同様に手のひらを組んだ「人間カタパルト」を展開。
最前線の戦士を、ハーピーたちのさらに頭上へと力強く打ち上げた。
標的を完全に地上の密集防御陣形へと絞っていたハーピーは、自分たちのさらに上空から迫る影に、全く気づいていなかった。
目隠しをされたも同然の霧の中で、想定外の、全く考えの及ばない天井からの強襲。
ハーピーたちは悲鳴を上げる暇すら与えられず、次々と命を断たれて地面へと叩き落とされ、瞬く間に全滅した。
「全滅を確認!急いで芽潰しにかかる!」
霧座の大霊樹の周囲では、噴出する予兆の黒い線が激しく霧を揺らしている。
だが、それを『霧渡り』たちが見落とすはずがない。彼らはすぐさまナイフを抜き、おぞましい線の根元へと飛びかかった。
「霧座は任せたぞ!」
『山犬』リーダーのグレンはここからの処理をすべて『霧渡り』に一任。事後処理中の不意打ちに備え、ストーンガードと『ヴァルホルン』のメンバーを最低限の護衛としてひとりずつ残し、自身を含めた残りの全戦力を『望みの大霊樹』へと急行させた。
『境界』と『霧座』、これで二箇所の浄化に光明が見えた。
一刻を争う極限状態の中、確実に戦果を上げているという事実が、彼らの胸に「このまま発生前にすべてを刈り取れるのでは」という淡い希望を抱かせる。
だが、次の戦場へ向かう彼らを待っていたのは、さらなる困難だった。
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【スタンピードの予兆と「芽潰し」】
スタンピード発生する条件
肥大と看過:予兆に気づかぬまま成長させてしまい、氾濫が始まって初めて手遅れだと知るケース。
先兵の阻害:予兆を消し去る「芽潰し」の最中に這い出てくる先兵を討ち漏らし、浄化が間に合わず予兆が完了するケース。
どれほど危険でも前線が「芽潰し」に挑むのは、たとえ完全な阻止に至らずとも、発生前に芽を削ることで溢れ出る魔物の総量を劇的に軽減できるからである。
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【スタンピード予兆レベルについて】
- 【レベル1】:出現地点に短い黒線虫がゆらりと生える初期段階。すべての黒線虫を潰すことで未然に防げる(浄化)。
- 【レベル2】:黒線虫が細長く伸びる警戒段階。すべての黒線虫を潰すことでまだ浄化対応可能。
- 【レベル3】:人間の手で阻止できる最後のデッドライン。黒線虫が扇風機にくくりつけられたビニール紐のように激しくはためき、同系統の「先兵」が数体漏れ出す。漏れ出た全ての先兵と黒線虫を排除できれば浄化可能。
- 【レベル4】:はためいていた黒線虫が液状化し、黒い沼を形成し始める。この時点で「スタンピード発生確定」となり、一切の解除が不可能。液状化前にどれだけ芽を潰せたかで、噴出する魔物数は増減する。後述するレベル5へ推移するのを見ているしかない。
- 【レベル5】:黒い沼からボコボコと泡立ち、門が完全に開いたように大噴出を迎える。
一切、芽潰しをしていないフルスペックのスタンピードの場合、防衛不可能、即時撤退発令が自動で出る。かつ「防衛義務なし」が適用される。過去にアルトリウム王国で不死の大軍勢が出現した際の一例のみ。
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【予兆完全浄化の条件】
レベル3までの予兆を完全に浄化させるには、漏れ出たすべての「先兵」を討伐し、かつ、その地点に発生している「黒線虫」を一体残らず全て潰し切る必要がある。「黒線虫」を潰すだけで浄化できるレベル2までにケリをつけるのが非常に重要となる。
トコヨの地場クランは非常に優秀。セオリーやぶりの予兆にここまで対応できるのはそういない。




