ヒモの王(3)♯
大質量を誇る岩のバケモノの身体は、まるで熱したナイフでバターを切るように滑らかに両断され、呪いの炎に焼かれて一瞬で灰へと変わった。ついでに周囲に残っていた有象無象の魔物たちも、ささっと片づける。
密集してるようなやつらは、斬撃を飛ばす一閃でまとめて消し飛ばす。
離れてるやつらも面倒なので斬撃を飛ばして消し飛ばす。
森の奥からわらわらとおかわりがくるので、これも斬撃を入念に飛ばしまくり消し飛ばす。
もう斬撃だけでいいんじゃないかな……。便利すぐる……。斬撃ちゃん……すき……。
「よし、次は負傷者だな。」
呪術『あたたかな火』
俺の手のひらから、ふわり、宙にぽつんと、小さくて優しい橙色の炎のかがり火が浮かび上がった。
触れても熱くないその炎は、半径1メートルほどの範囲をぼんやりと照らし、範囲内にいる瀕死の冒険者たちの傷を、みるみる癒していく。
ほらほらー癒しちゃうおじさんだぞー。怪我人は癒しちゃおうね~。
全滅を覚悟していた初心者冒険者たちは、レベリングに失敗したのがよほど堪えたのか意気消沈していて、元気がなかった。中には悔しさで震えている者もいる。いいぞ。この悔しさをばねに、糧にして上を目指すんだ。
「あ、あの…助けていただき、ありがとうございました……!」
代表して、引率の先生(あの女性魔法使い)が、声を震わせ、消え入りそうな声でお礼を言ってきた。フルフェイス漆黒鎧に折れ直という俺の漆黒コーデに、かなりビビっているようだ。女の子にはこれの”良さ”、わからないか……。
「もしや……ギルドが、追加の増援として遣わしてくださった、最高位冒険者さまで……いらっしゃいますでしょうか?」
「冒険者?いえ、違いますよ。」
そう。今の、これからの俺は、孤高の剣士。で、いこうと思う!!
受け答えもハードでボイルドな感じで、ちょっと低めの声を出し、落ち着いた男性を演出するのだ!!!
俺が兜の口元だけを取り外して答えると、引率の先生(あの女性魔法使い)はゴクリと唾を飲み込む。その拍子に、彼女が顔の左側を頑なに隠すように流していた長い前髪が、はらりと大きく揺れた。
顔面の左側が酷く爛れていた。あのクソ(岩殻の抗魔獣)がぶっ放したやつを浴びてしまったのか、とても痛そうだったので、あたたかな火を発動させ、そっと照らす。
「あえ!?エ、エルダー!顔!爛れ!爛れが!」
「え……?、、、うそ!?っ!!綺麗に治って……っ!!」
宙に浮かぶ炎を見つめていた一同は、女性の火傷が治ったのを喜んでいるようだった。うん。良いことをしたな!
「あ、あの……っ!呪いの傷跡が一瞬にして癒えていくなど……まさかこのような奇跡を行使なされるなんて……。それに、先ほどの炎を纏いし剣も……。不躾ながら、貴方さまは神殿の、上級神殿騎士様であらせられるのでしょうか……?」
「ああ、これですか?いえいえ、奇跡ではなく、ただの『呪術』ですよ。」
俺が何気なくそう言い放った瞬間。
空気が、ピキリと凍りついた。
女性魔法使いの顔から血の気が引き、呼吸が浅くなっている。
初心者冒険者たちは後ろで腰を抜かし、目が恐怖で見開かれ、チワワのようなバイブレーションをしている。
しまったっ!早々にコミュニケーションを失敗したか!?
あ、そういえば思い出した。
フィオナが言っていたっけ。この世界における呪術師って、常に同族での殺し合いに明け暮れ、かつ、なんの脈絡もなく人を大量虐殺するような、頭のおかしいキチガイだと恐れられているんだっけ。
つまり、いま、俺は、あの、呪術師と誤解されそうになっている!?
高速で脳内にて今の状況を整理する。
呪術エンチャント
呪術治療(申告)
ツーアウトってとこか?
マズい、このままだとギルドに通報されてスローライフどころじゃなくなる!
俺は慌てて、言い訳を構築し、人当たりの良さそうな笑い声をあげる。
「ははは!誤解しないでください、私は呪術師じゃありませんよ!この呪術は、旅の途中、私を襲ってきた呪術師を返り討ちにして、秘匿を奪ってやったのですよ!!ワッハッハ!」
「見てください。この折れた直剣。本当は立派な刀身があったのですが、呪術師たちとの戦いで折られてしまいまして。ボコボコにして折れた責任を取らせて、呪術を教えてもらいました。」
どうだ……いけるか?
「「「え……?呪術師を、ボコボコに、返り討ちにして、奪った……?」」」
先程の恐怖の色は引き、勘違いは解けたようだ。
魔物を手早く一掃した姿を見せているせいか、俺のデタラメな言い訳にも信ぴょう性が出たみたいで、納得したらしい。
チョロいぜ。
引率レベリングとその失敗の責任、初見殺しの強大な魔物の恐怖、そして呪術師に殺されるかもしれないという思い込み、という極限のストレスに晒されていたせいなのか、この極限のストレスから解放された女性魔法使いをはじめとする初心者冒険者たちは、その場にへたり込んでボロボロと涙を流し始めた。
「よ、よがっだよぉぉおおお……!本当に、本当に助かったぁ……っ!」
「うぉぉぉおおおおん!!いぎでるよぉーーーー!!」
「うっぐっ……ひっくっ…たしゅかったぁ……!」
大の大人が集団で号泣している。うんうん、引率レベリングが失敗してよっぽど怖かったんだな。先生も生徒もお疲れ様だ。
恐怖と混乱のどん底から、いち早く理性を呼び戻した魔法使いの女性が、すっと立ち上がった。
「お救いいただき……本当に、本当にありがとうございました。あの絶望的な状況のなか、貴方さまの助力がなければ、わたくしたちは……。いえ、わたくしたちの命だけでなく、あの邪悪な軍勢が街へ雪崩れ込み、数え切れぬほどの無辜の民が犠牲になっていたでしょう……。」
涙の跡がまだ乾ききっていないというのに、彼女の表情はすでに先生に戻っていた。泣きはらした頬をほんのり紅潮させ、潤んだ瞳で俺を見つめてくる。
「私、Aクラス冒険者クラン『白花の槍』のリーダーを務めております、リオナ・エルド・スピカと申します。その……お差し支えなければ、我がクランの恩人として、お名前を伺ってもよろしいでしょうか……?どうしても、救ってくださった方に、正式にお礼を伝えたいのです。」
彼女はそこで言葉を区切り、俺のフルフェイスの兜を上目遣いで見つめてきた。
「……あ、いえ!もしお立場上、明かせない御事情があるのでしたら、決してご無理にはっ!!!ただ、どうしても…命を救ってくださった方に、誠心誠意、お礼だけでもお伝えしたくて……っ」
先ほどの凛とした強者感はどこへやら、焦ったり、縋るように潤んだ瞳で見上げてきたりと、猫のように表情をコロコロと変える。フルフェイス越しでも十分に伝わってくるその愛らしさに、気が緩む。
っべーわ。圧倒的、圧倒的大人の折衝術だわこれ。これがデキる女の交渉術ってやつか。
こんな健気な態度でお願いされたら、普通の男なら無条件降伏で身辺情報を全開示するレベルである。
あいにく俺は、これまでの旅の交渉事や政治的なアレコレをすべて元仲間(政治的身分持ちスーパーウーマンズ)に丸投げしていた男だ。
政治なんもわかんない。交渉なんもわかんない。元ヒモの王。社会性に関しては経験値ゼロの生後3か月の赤ちゃんである。オギャァ!オギャるぜ!
しかしっ!これはまたとないチャンスである!!「ユウト」という存在ではなく、流浪の漆黒の剣士として、存在を確立するまたとない、絶好のスタートダッシュチャンスっ!!!こっちの世界にきてから、「ユウト」としか名乗ってなかったので、これからは「イガラシ」でいこうと思う。苗字や。
俺はちょっと格好つけて、いかにも『訳ありの凄腕流浪人』っぽいトーンを意識して声を張った。
「あっはっは!リオナ殿、そんなに身構えないでください。私はただの流浪の剣士ですよ。そのような、明かせぬ事情を持つような高貴な出ではございません。ただの修行中の身でしてね。剣の極致を目指す、しがない求道者のようなものです。名前は――イガラシ、と申します。」
「イガラシ、さま……。」
リオナは俺の名前を口にすると、まるで大輪の花が咲いたように表情を和らげた。
すると次の瞬間、後ろでへばっている初心者冒険者たちの方をバッと振り返った。
「皆さま!いつまでそこに無様に座り込んでいるのです!命の恩人であるイガラシさまに対して、その非礼極まる態度は何事ですか!?ほら、速やかに立ち上がって自己紹介をなさい! これ以上わたくしに恥をかかせるなら、」
さっきまでのしとやかな態度から一転、めちゃくちゃ体育会系のノリで初心者冒険者たちのケツをシバきまわし始めた。
優しい引率の先生かと思ったら、意外と鬼教官タイプだったわ。コロコロ表情が変わって、なかなか可愛面白い人だなこの人。
ケツをしばかれた生徒たち(?)全員からの挨拶とお礼の言葉をもらった。
…いや、一気に何十人も来られても、えーん><。顔と名前覚えられないよぉ~。
【TIPS:魔導概論 呪術の項】
かつて大いなる「原初の力」を細分化し、人の身の丈に合わせた『魔導』。
その系譜において、最も孤高であり、最も忌まわれ嫌われているのが「呪術」である。
発展の歴史の中で、同志と交わり貪欲な改良を重ねた「魔法」や、神への献身により不変を選んだ「奇跡」とは異なり、呪術の使い手たちは徹底した秘匿主義を貫いてきた。彼らが歴史の表舞台に現れるのは、必ず血が流れる凄惨な事件や、血なまぐさい異変の渦中に限られる。それは呪術師同士の血みどろの私闘であったり、時には無辜の民を巻き込む無差別な虐殺であったりする。
外部から見れば、彼らはただの狂信者か、あるいは理性を失った殺人集団に過ぎない。しかし、彼らが頑なに守るその「御業」には、魔法のような洗練された詠唱も、奇跡のような美しい祈りも存在しない。
彼らはただ、洗練を拒み、原初の姿のままの暴力を振るう。その執念の理由は、未だ闇に包まれている。
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■黒棘の血契鎧③
装備すると体力を瀕死状態になるまで血をすする。血は魔力に変換され、強固な魔力障壁として機能する。主人公は瀕死ビルドで超火力を出すのが好きなので、愛用していた。
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■白棘の聖竜鎧③
装備すると鎧としてのダメージカット率は50%だが、受けたダメージが即魔力変換され、身体に注入される。注入された際、魔力が満タンであれば自動で傷を修復する。回復の奇跡を外部から受けると数倍にして効果を乗せ、身体を癒す。
変換率が常軌を逸しているので、「ダメージ=魔力満タン、超過=身体を癒す」となる。主人公はこれを着用するしかなかったので、活かすのにコンボビルドで使っていた。




