スタンピード
絶望的な死地となるはずだった辺境の森に、確かな希望の光が灯っていた。
Aクラス冒険者クランがふたつ、この地に揃い踏みしたのだ。
地場クランの面々は、血を吐くような思いで駆けずり回った自分たちの予兆対応が、決して無駄ではなかったことを悟った。
セオリーを無視したレベル3の予兆が同時に四か所。普通ならその時点で諦め、死を受け入れても誰にも責められない異常事態だ。
しかし、彼らは限界を超えて時間を稼ぎ切り、最強の援軍をこの場に手繰り寄せた。
その事実は、地場クランたちに確かな自信を与え、互いへのリスペクトを盤石なものへと昇華させていた。
その空気をさらに引き締めたのは、休憩と補給を終えたAクラス冒険者クランたちの姿である。
当初、「なんだこいつら」と訝しんでいた『ガルハイム』の面々への評価は、今や完全に一変していた。
ヴァルホルンから重武器を借り受け、取り出した4人の鬼人族が、軽く素振りや武器の慣らし運動を始めただけで、周囲の空気がビリビリと震えたのだ。
「「「こ、これが……これがAクラスの武力…っ!」」」
圧倒的な質量を持つ武器が、まるで羽毛のように軽々と、そして恐るべき速度で空を切り裂く。
地場クランの戦士たちは息を呑んだ。
なお、リーダーのアレンに関しては「どんだけボコられてもピンピンしてて悪態をつける耐久力すげーな」という評価のままである。
そして何より、絶体絶命の窮地に駆けつけ、事態を一変させた『白花の槍』の存在感は、まさに隔絶していた。
サイクロプスの群れを一瞬で塵にし、広範囲の芽を光の矢で一掃した魔法。
「あ、あの……リオナ殿。」
望みの大霊樹を確認しに行って帰ってきた『山犬』のリーダー、グレンが、気まずそうにリオナへ声をかけた。
「俺たち、リオナ殿の魔法を疑ったわけじゃないんです。ただ、本当に芽が潰れたのか、無意識に目視や気配探りで確認に回っちまって……。己の目でチェックしねぇと気が済まない性分でして、もし気分を害されたなら謝ります。」
任せっきりにせず、自分たちの仕事は最後まで責任を持つ。それが辺境を生き抜く彼らの染み付いた癖だった。
しかし、リオナは微塵も意に介した様子を見せず、凛とした顔で答える。
「謝る必要はありません。責任感が強いのですね。……あなた方がそうやって最後まで役割を全うできる人間だからこそ、この異常事態を持ち堪えることができたのです。お互い当たり前のことをしたまでですよ。」
当然の確認です、とでも言いたげなその態度に、山犬の面々は胸を熱くした。
一方で、『白峰』の魔法使いは頭を抱えながら戦慄していた。
(魔導槍を地面に刺して広域探知……理論は分かる。だが、その範囲内にある小石や動植物といった無数の無駄な情報を瞬時に弾き、標的の『芽』だけを抽出するなんて、どれだけの並列思考が必要なんだ……!?しかも、そもそも【魔法A】から【魔法B】へ、出力結果を渡して処理!?探知結果を、瞬時に攻撃用の魔法へ渡し、即座に行使するなんて。トンデモねぇ、これがA級の魔法演算処理……っ!)
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スタンピード発生が間近に迫る中、『望みの大霊樹』の周辺近くにある、開けた小高い丘場所へと移されていた。
敵は、森の奥にある『迎え樹の大霊樹』からこの丘へ向けて抜けてくるルートしかない。
ここで蓋をして迎撃する作戦だ。
「濃霧や森の中じゃねぇ!視界は開けてる、全員弓を持て!!」
『トコヨ守備団』の号令が飛ぶ。
今まで霧や森の中での乱戦を想定していたため弓を控えていた地場クランたちも、一斉に遠距離装備へと切り替える。
守備団の中には個人等級B級相当の腕前を持つ者が10名ほどおり、彼らを主軸に弓部隊を編成。
残りの者は、緊急招集の狼煙を見てトコヨの街から駆けつけた38人の冒険者(C〜E級)と共に、矢の補充と物資を配りまくる補給専任部隊として動き回る。
各々の配置が完了し、短い静寂が訪れた、その時だった。
ズォォォォォォォォォォ……ッ!!!
迎え樹の大霊樹の方角から、巨大な化け物の唸り声のような地響きが鳴り響いた。
見れば、巨大な水柱の如く、黒く禍々しい深淵の泥のようなものが天高く噴き上がっている。
ついに、スタンピードが発生したのだ。
直後、巨大な生物の咆哮と共に、森の中からブロウインプの大群がわらわらと湧き出してきた。
人間の男性ほどの体格に、肥大化した岩石の拳を持つ魔物。
さらに上空からは、人間の女性の上半身に猛禽の翼と鉤爪を持つハーピーの群れが、空を黒く染め上げながら飛来してくる。
「行ぐぞおおぉぉぉぉッ!!」
ストーンガードの重装戦士が大声を上げ、迫るハーピーの群れへ向けて走り出す。彼らは巨大な盾をガンガンと打ち鳴らし、強烈なヘイトを撒き散らした。
「ファランクス!!」
号令と共に、幾重にも重なる鋼の亀甲陣が構築される。
上空を旋回するハーピーたちが、不快な高音で惑わしの歌を重唱し始めた。
「撃てぇぇぇッ!!」
弓部隊と化した地場クランが一斉に矢を放つ。
視界を遮るもののない開けた空へ、無数の矢が吸い込まれていく。
手元の矢が尽きかけても、補給部隊が背後から次々と矢束を突っ込んでくるため、彼らは一切のタイムロスなく攻撃に専念できた。
しかし、地上ではブロウインプの群れがストーンガードの陣形へ肉薄しつつあった。
上空のハーピーのヘイトを釘付けにするため、ファランクスを組んでいる以上、簡単に迂回されると後方へそのまま通してしまう。
「リナ。」
最後方で戦況を見つめていたリオナが、短く名を呼んだ。
探知魔法の才女、リナの瞳が、魔力を読み取る魔眼となり、上下左右へ細かく跳ねる。
視線がかすめるたび、上空を乱舞するハーピーたちに、淡い魔力の“標”が次々と刻まれていく。
その速さは、もはや瞳が震えているようにしか見えない。
「準備、できています!」
”魔導接続”
リオナがリナの意識と接続した瞬間、膨大な敵の空間座標がリオナの脳内へ共有される。
全てをリオナひとりの魔法で消し飛ばせば早い。
だが、何が出てくるか、どのくらいの量が出てくるか不確定である。
そのため、出来うる限り皆で対応し、手が回らなくなった時に魔法を行使し、対処する、というのを地場クランらと事前取り決めを休憩中にしていた。
可能な限りリオナの消耗を抑え、備える。そういう作戦である。
リオナは探知の負荷をリナに丸投げすることで、より消耗を抑える。
自身はただ魔法の出力のみに集中する。
空を覆うハーピーの、さらにその上空から。
”光の矢よ、降り注げ”
無数の光の矢が、豪雨となって一斉に降り注いだ。
正確無比なロックオン誘導により、光の矢は空中のハーピーの急所のみを正確に貫いていく。
その下で陣を組むストーンガードたちには、ただの一本すら誤射されなかった。
「っしゃぁ!!!!ラインガードだお前らぁ!!!気合いれろぉ!!」
頭上の脅威が消え失せた瞬間、ストーンガードは息の合った連携で即座に横一列の防御壁へと形を変えた。
直後、殺到してきたブロウインプの最前列が盾の壁に激突する。
その衝撃を完璧に受け止めた盾の隙間を縫うように、ヴァルホルンの戦士たちが壁を跳び越え、戦技を駆使してブロウインプをミンチに変えていく。
防衛ラインから漏れた個体は、地場クランの弓部隊が正確に射抜いた。
魔物の死骸が丘を埋め尽くし始めた頃、ズシン、と一際重い地響きが鳴った。
森の中から、10mを超える巨人の群れが姿を現す。
サイクロプスだ。先兵と同じく、やはり本命にも混ざっていた。
その後方には、まだ森の奥で目を光らせる後続の気配が大量に控えている。
「下がるぞ! !」
ストーンガードたちは盾を叩いて強烈なヘイトを稼ぐと、開けた場所の利点を活かし、蹴り飛ばされないよう機敏に動き回りながらファランクスを再構築し、巨大な囮として機能し始めた。
サイクロプスの注意が盾に向いた瞬間、弓部隊が一斉に巨人の「単眼」を射抜く。
ギャァァァッ!?
高い再生能力を持つため致命傷にはならないが、痛覚は別だ。サイクロプスは顔を両手で覆い、身を屈めて悶え苦しむ。
その、最大の隙。
そこに、解き放たれた鬼人族が襲いかかった。
「ヒャハハハハハッ!!」
鬼人族の女戦士ババが、長大なハルバードを槍投げの要領で全力投擲した。
人間の腕力を遥かに超越した、豪腕から放たれる大質量の一撃。
サイクロプスの巨大な頭蓋をあっさりと貫通し、そのまま脳幹を粉砕して絶命させる。
ババは倒れゆく死体を足場にして跳躍すると、刺さったハルバードを引っこ抜き、そのまま空中から2体目、3体目の首を次々と刎ね飛ばした。汚名返上とばかりの大立ち回りである。
だが、死角から別のサイクロプスが丸太のようなこん棒を振り下ろした。
カシャーーーーーーン……
空中に、透明なガラスが割れるような甲高い音が響き渡った。
こん棒はババの頭上数十センチの空間で「見えない壁」に激突し、あり得ない反発力で弾き返されたのだ。
後方を見れば、防御魔法の天才・メルが、鬼人族4人に強力な障壁を付与し終え、息も絶え絶えにぐったりと座り込んでいた。
「へっ、最高の盾だねぇ!もう一枚おくれよ!!数倍の戦果にして返すぞ!」
ニヤリと凶悪に笑ったババが、体勢を崩したサイクロプスの膝を砕き、倒れ込んだところへ重武器を叩き込んで頭部をスイカのように破裂させる。
サイクロプスがストーンガードを狙う。
弓部隊が目を射抜き、巨人が顔を隠す。
その隙に鬼人族が確殺の一撃を叩き込む、ヴァルホルンらの一撃の嵐が叩き込まれる。
完璧な死のコンボが成立し、巨人の山が次々と築かれていく。
やがて鬼人族の4人は視線だけで合図を交わし、牧羊犬のような巧みな動きでサイクロプスの群れを制御し始めた。
その大軍の中に、彼女らが誘導した一筋の直線状のラインが生まれていく。
その先で、凛とした佇まいのリオナが、静かに魔導槍を構えていた。
”我が穿つは、闇を切り裂く一等星。我が眼前の敵を貫き、この輝き彼方まで届け!”
リオナの槍先から放たれた極光が、一直線に並んだ十数体以上のサイクロプスの頭部を、一撃でまとめて撃ち抜いた。
ズパァァァァァンッ!!という鼓膜を裂く爆音と共に、巨人の頭部が次々と蒸発していく。
「ウオオオォォォォォォッ!!」
「最高だぜぇぇぇ!!」
戦場を包むオーディエンスの熱狂が頂点に達する。
鬼人族たちが息を整え、再びサイクロプスを囲い込む。
その間、リオナは静かに魔力を練りながら様子見に回り、ストーンガードとヴァルホルンが漏れた敵を確実に仕留めていく。
弓の使えないトコヨ守備団の者たちは、投石紐で石をぶつけまくり、懸命にヘイトを散らして前衛の負担を減らしていた。
「ねぇ小生やだ!小生やだ!!あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛も゛う゛や゛だ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!!!!!!!!!」
守備団のヒデが、持ち前の才能(?)を活かして大量のサイクロプスのヘイトを一身に集めながら、涙目で戦場を駆け回っている。
彼が引き付けた巨人の背中へ、鬼人族の致命の刃が次々と突き立てられていく。
Aクラスという規格外の武力と、地場クランという泥臭い執念の連携。
誰ひとり欠けても成立しない完璧な歯車が噛み合い、彼らは絶望のスタンピードを、確実な「勝利」へと押し返していった。
全員「かっけー…」
おっし!勝ったな!風呂入ってくる!
次回
大勝利!希望の未来へレディ・ゴー!!
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