エルドの一等星
風を切り裂き、一条の流星が空を駆け抜けていた。
魔導槍の柄を軸にし、高度な魔法によって空中を矢のように突き進むリオナ。
彼女の視界にはまだ小高い丘の稜線しか映っていない。
しかし、彼女の脳内にはすでに、眼下の戦場のあらゆる情報が構築されていた。
数キロ先の微小な魔力の乱れ、生命反応の数、敵の質量と配置。
探知魔法が拾い上げた膨大な情報を、超人的な並列思考でリアルタイムに処理していく。
そして同時に、脳内で別のプロセスが起動していた。
導き出された魔物の情報、魔法耐性が異常に高く、並の攻撃では傷一つ負わないサイクロプスの特性に合わせて、それを一撃で粉砕するための特化魔法を幾重にも組み上げ、極限まで練り上げていくのだ。
丘を越え、眼下に凄惨な戦場とサイクロプスの巨体が視認できた瞬間、彼女の唇が動いた。
”我が双槍よ、穿て”
天空から放たれた極大の光が、二条の極光が槍となって戦場へ突き刺さる。
それだけで、大暴れしていた3匹のサイクロプスの頭部が綺麗に消し飛んだ。
静寂が落ちた戦場の中央、巨人が崩れ落ちた土煙が舞う戦場に、氷白色の魔導衣を翻してリオナがふわりと降り立つ。
彼女は凛とした表情のまま、絶望的な死闘を繰り広げていた地場クランの冒険者たちへ通る声を響かせた。
「Aクラス冒険者クラン『白花の槍』、リーダーのリオナ・エルド・スピカです。ここはわたくしが引き受けますので、みなさん、急ぎ体勢を立て直してください。」
流れるような動作のまま、彼女の視線は残るサイクロプスへと向けられる。視界に捉えることさえ、彼女にとっては単なる「処理」の最終確認に過ぎなかった。
”穿て”
短い一言と共に、事前に組み上げられていた魔法が再び炸裂する。
抵抗する隙すら与えず、残存していたすべてのサイクロプスが極光に撃ち抜かれ、一瞬にして頭部を抉られる。戦場に到着して数秒、すべてのサイクロプスは沈黙した。
その光景を後方から見ていた『白峰』に所属する魔法使いは、思わず持っていた杖を取り落としそうになった。
視認する前に戦況を把握し、そこから複数目標に向けた高火力の魔法を、飛行しながら事前に構築する。
高速思考と並列思考の極致。おまけに、魔法耐性と耐久力が理不尽なまでに高いサイクロプスを、一撃で貫くほどの規格外の魔法の練り上げ。
「トンデモねぇことをする人だ……。これが、A級……!」
畏怖と敬意があわさった呟きが、白峰の魔法使いの口から漏れた。
「みなさん、休憩を。」
リオナは静かに告げたが、ボロボロになった『山犬』のメンバーたちは、ふらふらと立ち上がりながら武器を杖代わりに芽潰しに向かおうとしていた。
「まだだ……。まだ、芽を潰しきってねぇ……。」
彼らの言う通り、大地にはスタンピードの予兆となる穢れが脈打っていた。
「大丈夫です。」
リオナは言い放つと、手にしていた魔導槍を大地へと勢いよく突き刺した。
”霊脈よ、穢れを暴き出せ”
ふわっと氷白色の魔導衣が揺らめき、魔導槍がぼんやりと光を帯びる。
次の瞬間、槍先から一条の光が垂直に天高く飛び出した。上空で静止した光球を見上げ、リオナが言葉を紡ぐ。
”降り注げ”
空を埋め尽くすほどの無数の光の矢が、雨のように降り注いだ。
光の矢は大霊樹周辺、大地に蠢いていた穢れのポイントのみを正確に穿ち、次々と浄化していく。
その場にいた全員が、あんぐりと口を開けて驚愕するしかなかった。
「これでここの芽は潰しました。向こうの穢れについては、もう時間はさほど残っていないように思えます。栄養の補給や装備の点検、休憩をお早めに。」
奇跡のような光景を生み出しておきながら、リオナは顔の表情一つ変えず、凛とした佇まいを保っていた。
圧倒的な強者の言葉と、絶望的だった状況を一瞬で覆したその力に、冒険者たちは深く感謝しながら各々が補給と点検へと移っていく。
その後方では、統制の取れたトコヨ守備団が、補給物資の運搬で大活躍を見せていた。
守備団の中には、先ほどの「大逃走劇」でサイクロプスを牽引したヒデの姿もあり、彼は完全に英雄扱いされていた。
「よくやったヒデ!お前のおかげで助かったぜ!」
「痛いンダヨォオオオオ!!背中叩くなアァアア!!」
雑に背中をバンバン叩かれ、ヒデの情けない悲鳴が響き渡る。
その補給団に混ざるようにして、後から追いついた後輩ふたり、リナとメルも息を切らして合流した。
リオナは森の奥、最後に残った予兆ポイントがある方角を見つめながら、集まった地場クランの面々へ静かに告げた。
「フルスペックは回避したようですね。セオリーを無視したレベル3予兆の同時四か所発生にもかかわらず、ここまで持ち堪えるとは。あなた方は非常に優秀な地場クランですね。」
その凛とした顔で放たれた心からの称賛に、冒険者たちの顔がパッと明るくなる。
先に現着していたガルハイムの不甲斐なさを見て、Aクラスに絶望しかけていた彼らだったが、本物のAクラスの背中を見て、確かな希望が湧き上がっていた。
「あの、これ……どうぞ。」
おどおどしながらトコヨ守備団の者が、リオナに滋養強壮ドリンクと魔力回復ドリンク、干し肉の補給セットを差し出した。
「ありがとう。頂くわ。」
表情を変えずに受け取ったリオナは、ドリンクの蓋を開けてくいっと飲み干し、干し肉を小さな口でかじってもぐもぐと咀嚼し始めた。
それを見た後輩のふたりも、エルダーが躊躇なく口にしたのだからと、渡された補給セットのドリンクを勢いよくあおった。
「「まっず!!!」」
あまりの不味さに、ふたりは思わず顔をしかめて叫んでしまった。
「しまった、エルダーの御前で他クランの方々に失態を……!」と青ざめたふたりだったが、周囲の地場クランの面々は怒るどころか、どっと笑い声を上げた。
「だろ!?これすげえ不味いよな!」
「効果はバツグンなんだが、味だけは下の下なんだよ!」
実はこのドリンク、ポーションとして正式に神殿へ申請すると、製造方法や効力チェックなど厳格な制約が科せられてしまうため、あえて効能を謳わず「ご当地ドリンク・飲料水」という建前で流通させている代物だったのだ。
(すごい…!)
後輩のふたりは、周囲と笑い合う中で静かに戦慄していた。
(エルダーは、このゲテモノドリンクをあえて平然と飲み干すことで、こんなにも短時間で現地の人たちとの距離を縮めてみせたんだわ…!)
(急造部隊でどうやってスタンピードを対処するのか不安だったけれど、エルダーのこの統率力があれば……!)
((エルダーすごい!!))
深い尊敬の眼差しを向ける後輩たち。
しかし当のリオナは、凛とした顔つきのまま、無心で干し肉をもぐもぐと食べていた。
彼女は全速力の飛行、高度な魔法の練り上げ、広範囲の芽潰しと連続して魔法を行使したため、普通に軽く消耗しており、ただ真面目に栄養補給をしているだけだった。
「爛れの魔女め……っ!!」
和やかな空気を引き裂くように、ヒステリックな声が響いた。
ググとギギに両脇を抱えられながら、全身泥だらけのアレンがフラフラと歩み寄ってくる。
「僕の手柄を横取りしにきたのかっ!卑しいやつ!卑しいやつめ!!」
まるで「自分が限界まで弱らせておいた獲物を横取りされた」とでも言わんばかりの理不尽な難癖。
しかし、周囲の地場クランの面々は呆れると同時に、別の意味で感心していた。
(あいつ、サイクロプスのヤクザキックをモロに食らってたよな…。)
(即死しないどころか、意識を取り戻して文句を言う体力が残ってるなんて。人間性はともかく、耐久力だけはやっぱりAクラスの化け物だぜ……。)
地場クランの面々はそうアレンを評価していた。
一方のリオナは、激昂するアレンを前にしても意に介さなかった。
口の中の干し肉をしっかりと咀嚼し、ごくりと飲み込んでから、静かに答える。
「あらそう。ごめんなさい。取ってしまったわ。」
言い訳も反論もせず、ただ事実だけを認めるような適当な謝罪。
そのあまりに凛とした対応に毒気を抜かれたのか、ググが強引にアレンの腕を引いてその場から連れ去っていく。
残されたギギが、リオナたちに向かって深く頭を下げた。
「すみません……。」
リオナは気にした様子もなく、疑問に思っていたことをギギに尋ねた。
「そういえば、あなたたち鬼人族がいま武器を持っていないのはなぜ?何か理由があるの?」
ギギは少し気まずそうに目を伏せた。
「アレン様に、良い防具を着ていただくために……私たちの得物を売って、資金にしたんです。私たちは鬼人族だから、爪での攻撃があるし、そこまで困らないと思ったんですが……裏目に出ました。……ダメでした。」
「そう。」
リオナはただ一言、短く頷いた。
そのやり取りを近くで聞いていた『ヴァルホルン』の屈強な男たちが、目をギラギラと輝かせながら食い気味に乱入してくる。
「おいおい!なら俺たちの予備の両手武器があるから、これを使えよ、ねえちゃんたち!!」
重武器の求道者である彼らは、戦いの女神のように引き締まった鬼人族の肉体が、自分たちの重武器を全力で振るったらどうなるのか、見たくて見たくて仕方がなかったのだ。
押し付けられるように無骨な両手武器を渡され、戸惑う鬼人族たち。
補給の不味いドリンクで結束を固めた地場クラン、息を吹き返した前衛たち、そして圧倒的な力で背中を支える『白花の槍』。
十分な補給と整備、そして短い休憩を終えた面々は、誰の目にも明らかなほど、スタンピードという絶望的な危機に立ち向かうための「戦士の顔」へと変わっていた。
メル&リナ「エルダーは強くてかっこいいんです!(`・ω・´)フンスッ!」
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