9話 ふとん叩き棒では倒せない
ぱん、ぱん、と小気味いい音が響く。
柚葉が、ふとん叩き棒を振り下ろしている。
久しぶりに干した布団は、光りを浴びてふっくらしていた。
「……よし」
独り言のように言いながら、ふと視線を感じた。
縁側で座る玄斎と目が合った。
「……その動きでは、魔王は倒せぬ」
柚葉の手が止まった。
「……は? いやいやいやいや」
叩き棒を持ったまま、振り返る。
「何の話!? ホコリ取りだけど!? 生活道具だけど!?」
玄斎は、真面目な顔で続ける。
「浅い。振りも甘い。芯が通っておらん」
「ふとん叩きに何求めてるの!?」
柚葉は叫んだ。
「これで戦う予定ないから!」
「ふむ……」
玄斎は顎に手を当てる。
「では、せめて手首を返せ。中級にも通じまい」
「通じなくていい!!」
柚葉は叩き棒を掲げて、深呼吸をした。
「いい? これはね、ふとん叩き棒」
「武器じゃない。分類は家事道具」
「うむ」
分かっていない顔だった。
「この町、平和なんだから」
玄斎は、白いふとんに視線を向ける。
「剣を握らず、血も流れず、叩くだけ……」
「急にどうしたの。ほら、終わったから、一緒に干し芋食べよ」
「うむ」
◇
夕方。柚葉がふとんを取り込んでいると、背後から声がした。
「柚葉、あの棒で――」
玄斎が、珍しく続きを口にした。
「……強く叩くな」
「え?」
「壊れる」
柚葉は、ゆっくり振り返る。
「あたりまえでしょう!!」
即座に叫ぶ。
玄斎は、干されたふとんに視線を向けた。
白いふとんは、ゆっくりと膨らんだり縮んだりしている。
陽の光をたっぷり受けてぬくもりだけが残っていた。
「誰にも攻撃せず、傷つけない」
「ふとんだからね」
柚葉は、叩き棒を両手で持ったまま、ため息をつく。
「そもそも、この棒だって人に向けるもんじゃないの」
玄斎は、なおもふとんを見ていた。
風に揺れている白い塊。
「……ふとんは、強いな」
「なにその結論」
「何度叩かれても、受け止める」
「急に哲学やめて!」
◆
ふとん叩きが終わり、叩き棒は壁に立てかけられた。
「……よい道具だ」
「でしょう?」
柚葉は、胸を張る。
「安いし、軽いし、干し芋よりずっと実用的」
道場の縁側で、二人は並んで座っていた。
柚葉は足をぶらぶらさせる。
「ねえ、もしさ……ほんとに、何かあったらどうする?」
玄斎は、目を閉じたまま答えた。
「なにもせん」
「……ふとん叩き棒は?」
「使わん」
柚葉は少しだけ黙り、それから笑った。
「なにそれ、変なの」
夕暮れの道場は、静かだった。
――少なくとも、今は。




