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斬らぬが最強!九十七歳の心眼一刀流師範、孫娘と干し芋食べてたら伝説になってました  作者: なるっち


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10話 孫

八百屋の店先は、朝から賑やかだった。

籠を抱えた客たちが、値札を睨み、季節を嘆き、財布と相談する。


柚葉は、その中央に立っていた。

目は鋭く、声は遠慮がない。


「おにいさん。これ、昨日より小松菜しなってない?」

「しなってねぇよ、朝露だ朝露」

「朝露は値段に乗せないで」


店先の青年がむっとする。

その奥から、ヨボヨボのじいさん――八百屋の西の勇者が顔を出した。


「おうおう、騒がしいのう。元気でよろしい」

「元気じゃない。物価が元気」


柚葉はにんじんを掲げる。


「これも高いし」


西の勇者は肩をすくめて笑った。


「うちの店先で剣を振るうな」

「剣じゃない。交渉」


柚葉は値札を指で叩く。


「二割引き」

「無茶言うな」

「一割」


沈黙。


「……今日は負けでええ」

「ありがと」


柚葉は当然の顔で頷いた。

そのとき、じいさんがふと柚葉の手元を見た。


籠の取っ手に結ばれた、小さな紐。

古びた結び目の色褪せた飾り。

じいさんの目が、一瞬だけ遠くなる。


「……まだ、それを使っとるのか」

「ん? これ?」


柚葉は紐を持ち上げる。


「ただの飾りだけど。玄斎が『落とすな』ってうるさいから」


じいさんは、笑うような顔で、笑わなかった。


「落とすな、か……あの人らしい」


柚葉は首を傾げる。


「ねえ。八百屋のおじいちゃんさ、今日はなんのホラ話?」

「失礼な。全部事実じゃ」

「はいはい。今日は何、斬った?」

「……魔王」

「はいはい。魔王ね。で、玄斎は干し芋食ってた?」


じいさんが、ふっと笑った。


「食ってた」


柚葉は「もういいや」という顔で、野菜を籠に入れる。


「で、玄斎が倒したってオチよね」


一拍。


「――倒せんかった」


空気が、わずかに止まった。


「え?」


柚葉は聞き返す。


「今なんて?聞き間違い?」


西の勇者は、干し芋から目を逸らした。


「倒したのは、玄斎がいた二度目じゃ。 一度目は、間に合わなかった」

「なにそれ、珍しいじゃん。負け話とか」

「盛れん話も、たまにはある」


柚葉は、ふと疑問を口にする。


「……そのとき町とか、大丈夫だったの?」


西の勇者の手が止まる。


「町は――全滅じゃ」


柚葉は、しばらく黙った。


「ふーん」


軽く、相づちを打つ。

それは、遠い話を聞くときの声だった。


「で? どこの町?」


西の勇者は答えなかった。

柚葉は、少し首を傾げる。


「……ねえ、それってさ。私の生まれた町?」


西の勇者が、ゆっくり顔を上げた。

それは肯定だった。


「おかしいと思ってたんだよね」


柚葉は、笑う。


「私がさ、玄斎の血を継いでたら、もうちょい剣とか使えてるでしょ」

言った瞬間、じいさんの手が止まった。

干し芋を包む紙の端が、指に貼り付いたまま動かない。


「だって私、運動神経壊滅的だし、走るの遅いし、投げるの下手だし」

「値切りの才能はある」

「褒めてないでしょ、それ」


柚葉は笑ったまま続ける。


「武勇伝が本当なら、今頃私、剣聖だよ」


顔を上げると、じいさんは柚葉を見ていなかった。

柚葉の“顔の奥”を見ている。


笑いが、少しだけ止まる。


「……え、なに。その顔」

「いや」


じいさんは干し芋を包み終え、柚葉に差し出した。


「……本当はさ」


柚葉が言う。


「玄斎の孫なんかじゃないんでしょ」


じいさんは、首を横に振る。


「孫というのは便利な言葉じゃ。外に説明がつく」

「は?」


柚葉の声が乾く。


「……なに、それ」


「急にじゃない。お嬢ちゃんが“血”の話をした」


じいさんは、一度だけ息を吸った。


「玄斎の血じゃない、という話なら、半分は、当たっとる」


柚葉の眉が、わずかに動く。


「お前の父は――」


そこで、言葉を切る。


「玄斎が、自分から弟子にした男じゃ。一番弟子じゃった」


柚葉の喉が、きゅっと狭くなる。


「……うそ」

「嘘ならよかった」


じいさんは視線を落とした。


「強かった。真っ直ぐだった。真っ直ぐすぎた」


柚葉は籠の取っ手を握り締める。

指先が白くなる。


「……父さんと母さんは、事故で死んだって」

「事故じゃ」


じいさんは静かに言う。


「ただし――人の手じゃない」

「……は?」

「相手が、悪かった」


しばらくの沈黙。


「魔王じゃ」


柚葉の胸がざわつく。

冗談の単語が、冗談じゃない温度で置かれる。


「魔王が現れた時、玄斎もわしも、別の場所におった」

「じゃあ、父さんは?」

「……」


声が低くなる。


「強い者が前に出る。それは正しい。だが、魔王相手には、足りんかった」


八百屋の喧騒が遠くなる。

籠が、さっきよりずっと重い。


「……じゃあ、玄斎が私を拾ってきた?」


じいさんは、柚葉の紐を見る。


「孫にするしかなかった。守るためじゃ」


柚葉は笑いそうになって、笑えなかった。


「なにそれ……勝手すぎる」

「言うつもりはなかった」

「じゃあ、なんで言ったの」


じいさんは少しだけ声を落とす。


「血筋に夢を見るのは、危ない」

「父さんを、悪く言わないで」

「言っとらん」


珍しく、強い声。


「誇りだからこそ、痛い」


柚葉は干し芋を受け取った。

受け取ってしまったのが、腹立たしい。


「……玄斎は、知ってるの」

「知っておる」

「じゃあ、なんで言わないの」


じいさんは、まっすぐ見る。


「言えば、お嬢ちゃんは家を出る」


図星だった。


野菜の山。

そこだけが現実で、胸の中だけが沈んでいく。


「……私、玄斎の孫じゃないの?」

「ああ」


じいさんは干し芋の包みを、指で軽く叩いた。


「じゃが、帰る場所は、あそこじゃ」


柚葉は頷けなかった。

籠を抱え、店先を離れる。


「玄斎を責めるな」


背中に、声が落ちてくる。


「玄斎は言わないことで、守る人間じゃ」


柚葉は振り返らなかった。

干し芋の包みが、やけに温かい。

それが、余計に腹が立った。


玄斎の待つ道場への道が、いつもより長く感じられた。

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