11話 言わない人はいない
道場の戸を開けると、そこに玄斎はいた。
縁側に、いつものように腰を下ろしている。
陽だまりの中で目を閉じ、手には、食べかけの干し芋。
いつもと、何一つ変わらない。
「八百屋で聞いた」
玄斎は、こちらを見た。
「私の父さんと母さんのこと」
沈黙。
柚葉は、靴を脱ぎもせず、一歩踏み込む。
「ねえ、なにか言ってよ」
玄斎は、干し芋を噛んでから、短く言った。
「……うむ」
それだけ。
胸の奥が、ひりっとした。
「それだけ? うむだけ?」
返事はない。
「ねえ、いつもそう。大事なことになると黙る」
「で、たまにうむって言うだけ」
声が、少しずつ荒くなる。
「ちゃんと言ってよ。 私、子どもじゃない」
玄斎は、視線を外した。
「……言わぬ」
それが、今日いちばん長い言葉だった。
「なんで!」
「……」
「父さん、玄斎の弟子だったんでしょ。 魔王に挑んで死んだんでしょ」
玄斎は、答えない。
「なんで、私だけ知らなかったの。 孫って言われて信じて……バカみたいじゃん」
喉が詰まる。
「守ってるつもり? それで全部済ませてるつもり?」
沈黙。
柚葉は、ぎゅっと拳を握った。
「もういい」
踵を返す。
「外行く」
「……夜じゃ」
短い一言。
「関係ない」
「……危ない」
「知ってる!!」
振り返らずに叫ぶ。
「危ないって言うなら、ちゃんと説明してよ!!」
戸が閉まる音が、道場に響いた。
◇
外は、騒がしかった。
人の声。
走る足音。
ざわざわした空気。
柚葉は、歩きながらも頭が追いついていなかった。
(……なんで、言わないの)
そのとき、――ゴォォンと低く、重い音。
一瞬、何の音かわからなかった。
次の瞬間、続けて鳴る。
――ゴォォン、ゴォォン。
「……あ、警鈴」
柚葉は、立ち止まった。
胸が、すっと冷える。
(……喧嘩してる場合じゃない)
人々が叫ぶ。
「スタンピードだ!」
「避難しろ!」
柚葉は、はっと我に返る。
(帰らなきゃ、おじいちゃん、道場に一人だ)
走り出す。
◆
柚葉が道場に戻ったとき、戸は開いたままだった。
「……おじいちゃん?」
返事はない。
縁側に上がる。
いつもの場所。
いつもの座布団。
――干し芋。
半分だけ食べられたそれが、包み紙の上に置かれていた。
柚葉は、立ち尽くした。
指先で、包み紙に触れる。まだ、わずかに温かい。
「……さっきまで、いたんじゃん」
膝が、崩れた。
「なんでよ……」
床に座り込む。
「喧嘩してる場合じゃなかった。 一緒に、逃げようって……」
警鈴の音が、遠くで鳴り続けている。
――言わない人は、いない。
ただ、いつもと同じ道場に、間に合わなかった後悔だけが残った。




