8話 対象外
朝の道場は、いつも通り静かだった。
板張りの床。開け放した戸口。
縁側で座ったまま、目を閉じている老人。
「前から思ってたんだけどさ」
「うむ」
「ここ道場なのに、誰も門下生いないよね」
「……うむ」
柚葉がため息をついた、そのとき――
戸口に見慣れない人影が三つ並んでいた。
「……で?」
柚葉が、腕を組んで言った。
「今日は何?道場破り?」
「それとも合同見学?」
返事がない。
全員が様子を窺っていた。
一人目は、冒険者ギルドの職員。
書類鞄を抱え、視線だけが落ち着きなく泳いでいる。
二人目は、教会の司祭。
胸元の聖印を、無意識に握りしめている。
三人目は、軍の士官。
背筋は伸びているが、足の向きがわずかに後ろだった。
「用件を言ってくれないと困るんだけど」
柚葉が言う。
「おじいちゃん、今ちょっと眠い時間だから」
玄斎は、ぴくりとも動かない。
◇
最初に口を開いたのは、ギルドの職員だった。
「……心眼一刀流道場、神無玄斎殿ですね」
「そうだけど」
「こちら、王都ギルド本部からの正式依頼で――」
鞄から、測定具を取り出す。
水晶板。
魔力反応、戦闘適性、脅威指数を測るためのものだ。
「念のため、確認を……」
職員は、水晶板を掲げた。
一瞬、板が淡く光り――
次の瞬間、何も映らなくなった。
「……?」
叩いたり、角度を変えて、別の板を出す。
結果は同じだった。
「数値が……出ません」
「故障?」
柚葉が首を傾げる。
「いえ。来る前に動作確認は済ませました」
「じゃあ?」
職員のつばを飲む。
「測定不能ではなく……」
「測定対象外……?」
玄斎は、欠伸をしただけだった。
「……失礼しました」
職員は深く頭を下げ、後ずさるように下がった。
◇
次に進み出たのは、教会の司祭だった。
「神の御名において――」
祝詞を唱えかけ、その途中で声が止まる。
聖印が、かすかに震えていた。
「……」
司祭は、目を閉じる。
祈り、確かめ、問いかける。
だが、何も返ってこない。
「……この方には、加護が……ありません」
柚葉が目を瞬く。
「え、それ大丈夫なやつ?」
司祭は、首を横に振った。
「違います」
「加護がないのではなく……」
「必要とされていない」
司祭は、玄斎に向かって、静かに一礼した。
「……失礼しました」
◆
最後に残ったのは、軍の将校だった。
「王都軍。危険人物の照会と、協力要請に来た」
将校が紙を広げる。徴用状か、拘束命令か。
読み上げる声は低く、よく通る。
名を呼んだ瞬間、将校の部下が一斉に息を詰まらせた。
威圧でも恐怖でもない。ただ踏み出せない。
将校は状況を秒で理解し、紙を畳んだ。
「……本件、撤回する」
「え?」
将校は玄斎に一礼し、踵を返した。
士官は、柚葉を見る。
「……道場を、騒がせてすまなかった」
それだけ言って、背を向けた。
◆
三者が去ったあと。
道場には、いつもの静けさが戻っていた。
「……なに、あれ」
柚葉が、ぽつりと呟く。
「変なのばっかり来るね、最近」
「春、じゃな」
「理由になってない!」
玄斎は、手をプルプルさせながら、あたりを探し始めた。
「今日の分の干し芋、さっきので終わりだよ」
「……」
「もう、わたしのぶん、あげるよ!」
「うむ」
道場は、今日も平和だった。
ただ――
その外で、報告書に「不明」と書かれた紙が、静かに積み上がっていくだけだった。




