7話 八百屋のじいさん
「干し芋が、ない」
縁側に腰を下ろしたまま、玄斎がぽつりと呟いた。
「……は?」
洗濯物を抱えたまま、柚葉が固まる。
「昨日言ったよね。買い出し行くけど、なんかないって」
「うむ」
「そのうむは聞いてないやつ!」
柚葉は頭を抱えた。
この祖父は、剣の話は忘れないくせに、生活の話はだいたい忘れる。
「もういい。私一人で――」
「わしも行く」
「……え?」
思わず聞き返す。
「道場、留守にするけど?」
「干し芋がない」
「理由それだけ!? 干し芋なんて、贅沢品だよ」
「必要じゃ。甘味のないと、心が痩せる」
「心より先に財布が痩せるよ!」
柚葉は玄斎の背中を押して、無理やり立たせた。
「ほら、行くよ。八百屋で野菜も買って帰る!」
「干し芋は」
「最後に、あったらね!」
「うむ」
玄斎はそれ以上言わず、ふらりと歩き出した。
その一歩が、やけに久しぶりのものに見えた。
◆
八百屋の店先。
籠を持った柚葉が、大根を手に取って眉をひそめる。
「ねえ、おにいさん。これ、昨日より細くない?」
「細いって言うな。冬だぞ、冬」
八百屋の青年が、むっとする。
横で玄斎が、干し芋に手を伸ばす。
「確かに細いのう」
「そっちじゃない!」
柚葉はにんじんを持ち上げる。
「これも曲がってる」
「曲がってても味は同じだ」
「じゃあ同じ値段なのが変でしょ」
「……騒がしいな」
ヨボヨボの老人が店の奥から顔を出した。
背は低く、腰も曲がり、今にも咳き込みそうな顔をしている。
「……玄斎?」
そのヨボヨボの八百屋のじいさんが、目を見開いた。
「おお、久しぶりだな」
柚葉は二人を見比べる。
「……知り合い?」
玄斎は干し芋を棚に戻す。
「生きておったか――西の勇者」
「……は?」
柚葉が、完全に止まる。
「昔な。魔王を倒して怒ってたのがこやつ」
「そのときな……」
八百屋のじいさんは、遠い目をした。
「玄斎、干し芋食って魔王を見下ろしてた。 それを見て負けたって思ったよ。」
「どういう状況!?」
玄斎は平然としている。
「腹は減る」
柚葉はうんざりして、芋を指さした。
「で、これ、いくら?」
「……あ?」
八百屋のじいさんは柚葉を見る。
値札を見て、眉をひそめて、遠慮なく値切る顔。
「量の割に高いよ。三割引き」
「無茶言うな」
「二割」
「……」
八百屋のじいさんは柚葉をじっと見つめ、小さく呟いた。
「……強い」
「うむ。勇者よりずっと強い」
「そっちじゃない!!」
柚葉のツッコミが、店先に響く。
「勝てるわけがない。わしが勇者であんたは災厄……その孫ならな」
低い声で、そう続けた。
「――は?」
柚葉が間の抜けた声を出す。
「え、ちょっと待って」
柚葉は指をさす。
「この人、毎朝ここで大根並べてるよ?」
「並べとるな」
「昨日、魚屋と値段で喧嘩してたよ?」
「覚えとらん」
八百屋のじいさんは肩をすくめた。
「まあ、今は八百屋だ」
「納得できるかーーーっ!」
柚葉が叫ぶ。
八百屋のじいさんは、柚葉をしばらくじっと見る。
そして、ふっと笑った。
「……もったいないのう」
「なにが?」
「これほどの執念」
「それ、褒めてる?」
柚葉は即座に返す。
「はは」
八百屋のじいさんは、干し芋を包みながら言った。
「……今日は負けだ。少し安くしとく」
「ありがと」
柚葉は当然の顔で頷く。
玄斎は欠伸をする。
「帰るか」
「うん。晩ごはん作らないと」
店を出るとき、柚葉が振り返る。
「……ほんとに、勇者?」
玄斎は、それ以上何も言わなかった。
八百屋のじいさん――西の勇者は、ふと、昔の光景を思い出していた。
魔王が出現した日。
どこからともなく、玄斎がふらりと現れたことを。
「……何ごともなければいいがな」
そうつぶやいて、二人の背中を見送った。




