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斬らぬが最強!九十七歳の心眼一刀流師範、孫娘と干し芋食べてたら伝説になってました  作者: なるっち


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6話 感情が見えてしまった男

暗殺者は、道場から少し離れた路地で足を止めた。

理由は分からない。

身体に異常はない。呼吸も、脈も、平常だ。


それなのに一歩、踏み出した瞬間だった。

時間が、止まった。

音が消え、風が抜け落ちる。

代わりに、あの夜の匂いが、戻ってきた。



夜の記憶は、音から始まる。


湿った石畳。

港町特有の、生臭い風。

足音が多い。想定より、確実に。


こちら三人だった。

前に盾役。後ろに魔術師。中央に、自分。

この仲間と何度も潜り抜けてきた修羅場。


「……来るな」


盾役が低く呟いた。

矢が飛び、石が弾け、火花が散る。


「散開!」


声は、はっきり出ていた。

判断も速い。間違っていない。


次の瞬間、悲鳴が上がる。

脚を撃ち抜かれて、魔術師が倒れた。



追っ手の距離をはかる。

残弾。地形。計算は一瞬で終わった。

――このまま残れば、全滅する。

それは正しい判断だった。


「先に行け」


盾役が言った。

あらかじめ用意されていた言葉のように、自然だった。


魔術師が、こちらを見る。

泣いていた。声が震えている。


「……行かないで」


暗殺者は、口を開きかけ……何も言わなかった。

言葉を返した瞬間、自分が選ぶ側になると分かっていたからだ。


一歩、退いた。

それだけで、決着はついた。


怒鳴り声。金属音。叫び。

背後で、音が薄れてれていく。


走りながら、暗殺者は何度も同じことを考えた。

正しい。判断は正しい。間違っていない。

そうでなければ、自分は、あそこから生き延びてはいけない。


 ◆


それからだった。

夜が、うるさくなったのは。


目を閉じると、あの視線が浮かぶ。

泣いていた顔。縋る声。背を向けた、自分。


――だから、捨てた。


感情も、迷いも、ためらいも。

後悔を抱えたままでは、「正しかった」と言い続けられない。

自分を否定する勇気がなかった。


感情を削るほど、任務は正確になった。

判断は速くなり、躊躇は消えた。

一流と呼ばれるようになった。


夜は、静かになった。

もう夢も見ない。声も聞こえない。


――本当に、正しかったのか。


ふと、そんな問いが浮かぶことがある。

すぐに意味のない問いだと、切り捨てる。

答えなど、出るはずがない。


 ◆


――音が、戻る。

風が流れ、時間が再び動き出す。


目の前に、老人がいた。

さっきまで、ただの影のように見えていた存在。


なのに血が、巡っている。

皮膚が、呼吸に合わせてわずかに動く。

胸が、上下している。


生きている。はっきりと、生きている。

刃を向ければ、血が流れ、肉が裂け、命が終わる。

その想像が、初めて、現実として立ち上がった。


「……っ」


今まで、感じなかったはずのものが、胸の奥から、ゆっくりと浮かび上がってくる。

ためらい。迷い。拒絶。後悔。絶望 


――感情。


老人は、何もしていない。

ただ、そこにいる在り方が、ひどく怖かった。

温かい。静かだ。


男は、剣を下ろした。

理由は、説明できない。


ただ――

これ以上、前に進めなかった。


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