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斬らぬが最強!九十七歳の心眼一刀流師範、孫娘と干し芋食べてたら伝説になってました  作者: なるっち


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6話 感情が見えてしまった男

暗殺者は、道場から少し離れた路地で足を止めた。

理由は分からない。

身体に異常はない。呼吸も、脈も、平常だ。


それなのに一歩、踏み出した瞬間だった。

時間が、止まった。

音が消え、風が抜け落ちる。

代わりに、あの夜の匂いが、戻ってきた。


*


夜の記憶は、音から始まる。


湿った石畳。

港町特有の、生臭い風。

足音が多い。想定より、確実に。


こちら三人だった。

前に盾役。後ろに魔術師。中央に、自分。

この仲間と何度も潜り抜けてきた修羅場。


「……来るな」


盾役が低く呟いた。

矢が飛び、石が弾け、火花が散る。


「散開!」


声は、はっきり出ていた。

判断も速い。間違っていない。


次の瞬間、悲鳴が上がる。

脚を撃ち抜かれて、魔術師が倒れた。



追っ手の距離をはかる。

残弾。地形。計算は一瞬で終わった。

――このまま残れば、全滅する。

それは正しい判断だった。


「先に行け」


盾役が言った。

あらかじめ用意されていた言葉のように、自然だった。


魔術師が、こちらを見る。

泣いていた。声が震えている。


「……行かないで」


暗殺者は、口を開きかけ……何も言わなかった。

言葉を返した瞬間、自分が選ぶ側になると分かっていたからだ。


一歩、退いた。

それだけで、決着はついた。


怒鳴り声。金属音。叫び。

背後で、音が薄れてれていく。


走りながら、暗殺者は何度も同じことを考えた。

正しい。判断は正しい。間違っていない。

そうでなければ、自分は、あそこから生き延びてはいけない。


 ◆


それからだった。

夜が、うるさくなったのは。


目を閉じると、あの視線が浮かぶ。

泣いていた顔。縋る声。背を向けた、自分。


――だから、捨てた。


感情も、迷いも、ためらいも。

後悔を抱えたままでは、「正しかった」と言い続けられない。

自分を否定する勇気がなかった。


感情を削るほど、任務は正確になった。

判断は速くなり、躊躇は消えた。

一流と呼ばれるようになった。


夜は、静かになった。

もう夢も見ない。声も聞こえない。


――本当に、正しかったのか。


ふと、そんな問いが浮かぶことがある。

すぐに意味のない問いだと、切り捨てる。

答えなど、出るはずがない。


 ◆


――音が、戻る。

風が流れ、時間が再び動き出す。


目の前に、老人がいた。

さっきまで、ただの影のように見えていた存在。


なのに血が、巡っている。

皮膚が、呼吸に合わせてわずかに動く。

胸が、上下している。


生きている。はっきりと、生きている。

刃を向ければ、血が流れ、肉が裂け、命が終わる。

その想像が、初めて、現実として立ち上がった。


「……っ」


今まで、感じなかったはずのものが、胸の奥から、ゆっくりと浮かび上がってくる。

ためらい。迷い。拒絶。後悔。絶望 


――感情。


老人は、何もしていない。

ただ、そこにいる在り方が、ひどく怖かった。

温かい。静かだ。


男は、剣を下ろした。

理由は、説明できない。


ただ――

これ以上、前に進めなかった。


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