命短し恋せよ乙女15/16
バケットリストの終わったやつに輝くイカスミを使った。エンダーパールを手に入れる、は蛍光色になってないけど済み。蛍光色に着色してくれるはずだ。
『ロマンチッククルーズをする』ってのはあれか。もしかして、地底湖のやつ? 夜のアクアリウムみたいって喜んでいたもんな。ロマンチックっていわれるとこっちとしてはこっぱずかしいわ。
『サプライズギフトを貰う』にも着色してある。これには覚えがない。僕じゃないよな。何もしてないはずだ。もし、知らず知らずしていたとしたらどうよ。なんか僕ら恋人同士みたいじゃないっすか。
恋に恋する乙女で草
マジかよ。ある意味、やばいことに巻き込まれてしまった感がある。
ブリジット・エリントンの顔を覗き見る。僕が魔族の坑道に行っている間に目を覚ましたんだ。そんで病を押して一生懸命、バケットリストに着色した。
ブリジット・エリントンの愛らしい小鹿みたいなまつ毛が揺れた。まぶたが開かれる。潤んだ瞳が僕に向いた。
「どこにいってたの?」
「ああ、ちょっと、これを」
インベントリからエンダーパールを取り出す。記号化したエンダーパールがベッドの上でぷかぷか浮いていた。ブリジット・エリントンの手が布団の端から現れる。女神像のような白く傷一つない指が空を探るように動いていた。僕はその手を取った。
指先は消え入るように冷たい。ゆっくり導いて、記号化しているエンダーパールに触れさせる。ブリジット・エリントンはインベントリ画面をポップアップさせたようだ。その画面を僕が見ることは叶わないけど、玉のような唇をほころばせるその表情からしっかりとエンダーパールが収納されたのは見て取れた。
せっかくだからエンチャントされた金のリンゴも味わってもらいたい。ブリジット・エリントンの手を布団の中にしまおうとした。
「嫌。このままでいて」
えっ? ちょっと。手を握ったままって、まずくないですか。あのー、そのー、身分っていうのもありますし。
「あ、開拓主様。一ついいですか?」
気まずいので話題をふる。ブリジット・エリントンはじっと僕を見つめると小さくコクっとうなずいた。
「王都にお帰りなさらないのですか? 見たところ体も悪そうだし、ご両親も心配しているかと思います」
一瞬唇に寂しい自嘲のような笑いが浮かぶ。視線は僕から離れ、天井に向けられた。
「桜が咲くか咲かないかまでって」
そういうことか。バケットリストにある桜が見たい、は変だと思った。他は行動だけどこれだけは願望を言っている。それに名前だ。僕はまだ、彼女の口から彼女の名前を教えて貰っていない。この期に及んでも言わないってなると間違いない。絶対に身元を知られたくないんだ。
「実はエンダーパールの他にいいものを手に入れて来ました」
触れているブリジット・エリントンの手を両手で包み込むように取るとそっと布団の中に仕舞い込む。そして、インベントリをポップアップさせる。エンチャントされた金のリンゴをホットバースロットに移して取り出した。
「これ」
エンチャントされた金のリンゴを見て、ブリジット・エリントンの表情にあどけない笑みが滲むように浮かぶ。僕のやろうとしていることが分かったようだ。
「ちょっと待ってて下さいね。食べやすいように擦りおろしてきますので」
その場を離れ、一階でエンチャントされた金のリンゴを摺りおろす。スープ皿に入れて二階に戻って来るとベッドに横になっているブリジット・エリントンを抱き起こした。
スプーンで一口二口と、ブリジット・エリントンのペースに合わせて玉のような唇にエンチャントされた金のリンゴを注ぎ込む。
あんなにはしゃいでいたのに。
ハッピーガストで移動する時、サンドイッチを食べなかったのは、もしかして、もう食が喉を通らなかったのかもしれない。
たどたどしく口に含む姿に言葉が詰まる。スープ皿が半分に減ったところで、ブリジット・エリントンがか細い声で気分が落ち着いた、横になりたい、と言うので寝かせてやった。
すぐに寝息を立て始めた。人懐っこそうなあどけなさの、屈託のない寝顔をしていた。
ハッピーガストにさよならをしているブリジット・エリントンの姿が思い起こされる。大きな体をかかえるように抱き、ハッピーガストが飛び発つとその姿が空に消えるまでずっと手を振っていた。
一旦ベッドから離れ、一階から椅子を持って来る。ずっとブリジット・エリントンから離れず、どれぐらい経ったか、やがてカーテンの隙間から光が漏れる。
立ち上がって窓の前に立ち、カーテンを少し開ける。いつもどおり朝がやって来ていた。ブリジット・エリントンの寝顔を確認すると一階に降りる。玄関を出て、サクラの木の前に立った。
サクラが咲くか咲かないか。
玄関の横にはブリジット・エリントンが作った雪だるまがあった。雪解けは始まっているようだけど、森はまだ白銀の世界。
咲くまで十日か、二十日か。僕ならたった今、このサクラを満開にすることだってできる。けど、それはあの子が望んでないような気がする。
玄関ドアが開く音が聞こえた。振り向くとピンクのフード付きムートンファーコート姿のブリジット・エリントンが立っていた。
「だいぶ良くなった。お散歩しましょ」
白銀の世界に灯をともすような笑顔だった。エンチャントされた金のリンゴは効いているようだ。僕も笑顔を返す。ブリジット・エリントンは雪に足を取られつつ、ゆっくりと僕へと向かって来た。
「さ、つかまってください」
近付いて肘を差し出す。ブリジット・エリントンは手を伸ばすと抱きしめるように僕の肘につかまった。
それからというもの、僕らは散歩したり、食事をしたり、いつも一緒に過ごした。そして、十日目のしんしんと雪降る夜。ブリジット・エリントンは静かに旅立っていった。




