命短し恋せよ乙女16/16
サクラが花咲くその時まで。ブリジット・エリントンにバケットリストを埋めさせてあげたかったし、それが出来ると僕は信じてた。
春は近いし、ブリジット・エリントンも元気だった。エンチャントされた金のリンゴも効いていたと思う。なのに、気付かない間に眠るように逝ってしまうなんて。バケットリストが埋まれば無理にでも王都に帰すつもりだった。
両親にも最期を看取らせるチャンスは幾らでもあった。何か事情がありそうなんだけれども、なんだかんだ言ってもそこは家族。ブリジット・エリントンと一緒に遺品も届けてあげたいとチェストの中身を整理する。
多くあるアイテムの中に僕への手紙を見つけた。活字のように整った文字が便箋いっぱいに書き連ねてあった。
* * *
親愛なるヒューへ
あなたに謝りたいこととお願いがあってこの手紙をしたためています。
私の余命はサクラが咲くか咲かないかまでと言いました。でもそれは、王都での話です。王都はもうサクラが散っていることでしょう。ここのサクラが咲くのはまだ一か月も先なはずです。
このことを言えばあなたは私を無理やりにでも王都に帰したでしょう。だから、言えなかった。ごめんなさい。でも、私は王都に帰りたくなかった。
私は妾の子。母親は病気でもう亡くなっています。墓はなく、どこに葬られたのかも分かりません。私はというとずっと家の中に閉じ込められていて、しかるべき時にしかるべき相手と結婚させると申し渡されていました。
ちょうど一年前のことです。体調を壊してお医者さんに診てもらいました。その時、お父様とお医者様が話していたのを偶然聞いてしまったのです。私はお母さまと同じ病気のようです。お母さまはお父様に愛されていたこともあって何人もの名医にかかっていましたが、ダメでした。
私はお母さまが愛されてた分、御前様や兄弟に憎まれたようです。お父様は頭首の座を退き、代はすでにお兄様に移っております。お兄様なら一族の恥を世間に晒したくないはず。私はまた閉じ込められて、死を待つばかり。死んだら死んだでお母さまのように私のなきがらは縁もゆかりもないどこかに埋められるのでしょう。
家出した時、晴れ晴れとした気分でした。余命はなくても希望がありました。あなたと初めて会って、私、泣いてしまったでしょ。ここできっといい出会いがあると信じてたの。ロマンスを求めていたのね。同じぐらいの年頃の男の子が来るかもしれない、来たらどうしましょうって毎日想像してたの。
ついつい涙が出ちゃった。ごめんね。誰も来なかった。一人で落ち葉遊びをしたり、雪の上に名前を書いたり、スノーエンジェルや雪だるまをつくったり、そり遊びをしてた。そこに来たのはあなた。私より十歳ぐらい上のおじさん。
だから、オウムガイの殻を頼んだの。あなたはその通りシャツにジャケットでしょ。寒さに耐えきれず、必ず帰るって思ってた。
けど、あなたはたった一日でオウムガイの殻を持って現れた。それもその姿のままで。
二重に驚くでしょ。ここの寒さは普通じゃない。シャツにジャケットではとても無理。絶対に王都に行ったと思ったわ。だってそうじゃない。私なんか、まだ雪が降ってない時分だったけど、何日釣りをしてもオウムガイのオの字も釣れなかった。
あなたが王都の市で買い求めた。もしかしてって、お兄様の顔も頭によぎった。そうじゃなくとも、王都で噂にでもなれば大変なことになる。私は確かめる必要があった。それでスライムボールを頼んだ。雪原のバイオームにスライムはスポーンしない。
案の定、あなたはスライムボールを持って来た。もう間違いないと思ったわ。そのかっこが何よりの証拠って問い詰めた時、あなたは私に言ったでしょ。「別に全然です。僕、体が丈夫なんで」って。
私は凍え死ぬでしょって言っている。体が丈夫とか丈夫じゃないとか関係ない。お母さまと私が当てこすられたみたいで本当に腹が立った。
それでガストの涙をあなたに渡したの。私には不要な物だったし、ハッピーガストなんてもうとっくに諦めてた。
きっとあなたはそれを持ってどこかに消えるでしょう。値が付けられないほどの宝物だもの。足が付く公の市場になんて絶対に売らない。お兄様の家来だったらなおさら。
安らぎのためならガストの涙なんて安いもんだって思ってた。バケットリストなんてもうどうでもいい、もう私をいじめないで、そっとしておいて。ただただそれだけだった。
けど、あなたはハッピーガストを連れて戻って来た。王都と行き来していないっていうのも本当だった。体も人の何倍も丈夫だし、あなたといれば寒さを感じない。あなたといると楽しいし、私思ったの。ああ、そうだ。これはきっと女神様からのサプライズギフトなんですわって。
最後の最後で分かったの。ずっと私は不幸の星の下に生まれたと思ってた。でも、私は見捨てられてなかった。
あなたに最期を看取って貰った。それで十分。サクラはもう大丈夫。バケットリストに恋愛の真似事みたいなものもあったでしょ。そうだったらいいなって思ってたけど、本当に恋をしてしまうとリストがどんどん増えていってしまう気がしてかえって怖いの。ちょっと足りないぐらいがちょうどいいとは思いませんか。
お願いがあります。ハッピーガストとか色々頼んだけどこれが正真正銘最後のお願い。私を家の前のサクラのたもとに埋めてください。あなたにしか頼めません。どうかよろしくお願いします。
ヒュー、あなたに会えて本当に良かった。私はあなたに救われました。感謝してもしきれません。もし家の中のもので気に入ったものがあれば持っていって下さい。
ごめんね、ヒュー。
こんなことしかできないのが、私のただ一つの心残りです。
飛べない名も無き小鳥より
* * *
王都ではもうサクラが散ってるか。ブリジットは楽しい夢でも見ているかのように、ベッドで穏やかに微笑んでいる。
僕は認めない。
ちょっと足りないぐらいがちょうどいいなんてかっこいいこと言うなよ。今までずっと耐えてきたんだろ。なんで、わがまま言ってくれなかったんだ。僕だったら君のバケットリストを全部埋められてた。
お仕置きします。
塔を出て、雪を踏み、サクラの木の前に立つ。幹に手を当てた。
「木花開耶」
枯れ枝に花芽が吹いたかと思うと全ての枝にそれが広がる。瞬く間に無数の枝々がピンクの花で埋め尽くされた。
塔の小さな広場に立って天を仰ぐ。突き抜けるように高く青い冬の空がある。もの悲しいほどに明るく晴れ渡っていた。
「見えるかー、ブリジット。君が望んだサクラだ」
白銀の森にピンクの花が咲き誇る。
魔力を指先に集めてピンポン玉ほどの大きさにする。
「属性付与」
集めた魔力に風属性を与える。それを親指と人差し指でピンとはじいた。ピンポン大の魔力はふわふわとサクラの木に近付いたかと思うと破裂する。ボンッと爆風でピンクの花びらが一斉に乱れ散る。大木は一輪たりとも花を残さなかった。
ざまぁぁぁ。
「風伯方天」
足元から突風が襲った。雪を巻き上げ、舞い落ちるサクラの花びらを一斉にさらう。キラキラ輝く気流の中でサクラの花びらは咲き乱れ、やがてそれはきらめくピンクの風となって、真っ青な空の中へ消えていった。
天まで届け。
お仕置き完了。




