命短し恋せよ乙女8/16
「なにぼさっとつったってんのよ」
「あっ」
慌ててピンクのハーネスをホットバースロットに移すとそっから取り出してアイテム化した。零戦パイロットが被る帽子のようだ。ゴーグルも付いている。ハッピーガストはアドバルーンのようにサクラの木の上でふわふわ浮いていた。装着するにはまるで大きさが違う。
構わずそこに向けて投げた。ボンとハーネスが巨大化したかと思うと直径五メートルもあるクラゲのようなその頭に覆いかぶさる。しかも、ピンク色。
空飛ぶ感じが出ててめっちゃいい。ご機嫌な表情にピンク色もよく似合う。頂部に座席もちゃんとあった。
ハーネスが装着されたってことはハッピーガストは本物だってことでいいよな。ブリジット・エリントンはというとトウヒで階段をクラフトし始めている。搭乗タラップなのだろう。出来上がると僕に振り向く。
「こっちに寄せて」
弾けんばかりの笑顔だった。思わず、へ? って顔になってしまった。そんなかわいい笑顔が出来るんだなってまじまじ見てしまう。
「なにじろじろ見てんのよ。なんかおかしい?」
「あ、いや、その」
「さっさとしてよ、おっさん。時間がもったいないの」
くそじじいからおっさんに昇格してて草
「はい。分かりました」
インベントリのホットバースロットから雪玉を取り出した。手に握り、ハッピーガストに見えるように頭の上で大きく振る。
「くうぅぅぅぅん」
かわいいぃぃぃぃ。ハッピーガストが僕に向かって来た。まるで子犬が尻尾を振って寄って来るようで、僕の前まで来るとキラキラした目で雪玉をじっと待っている。
ブリジット・エリントンはその間、トウヒのタラップを上がった。ジャンプしてハーネスの上に乗る。ふわふわ動く足場をふらふら歩く。座席に腰掛けた。
僕はハッピーガストに雪玉をあげる。おやつを貰って嬉しいのかハッピーガストはクゥンクゥン言いながら舞い上がった。
ハッピーガストの眼にゴーグルが装着された。下からじゃ分かんないが、ブリジット・エリントンが手綱を握った証拠だ。きっとブリジット・エリントンも喜んでくれている。ハッピーガストが彼女の思い通りに、彼女を乗せて空を飛ぶんだ。
気持ちいいよ、空を飛ぶの。なんか自由になったような気になってさ。サクラの木の袂に行くと繋いでいたリードを外した。
「では、大空の散歩、楽しんできてくださいねぇ」
ふわぁーっとハッピーガストが上昇していく。僕はトウヒの階段を上がった。飛び立っていくハッピーガストに手を振って、いってらっしゃいとお見送りする。
けど、ハッピーガストは空のいくらも行かないところで止まった。そっから降下を始め、また戻って来る。もしかして、ハーネスで操作できるかを確かめたってだけ?
空を飛びたいんじゃなかったんだ。トウヒのタラップ横に着陸する。手綱を握るブリジット・エリントンの表情がなぜか硬い。
あらら? 何か不具合でもありました?
「おっさん! あんたも乗るの!」
「はいぃ?」
乗れって言われたらそりゃぁ乗るけどさ。あんた、僕のこと、生理的に受け付けないんじゃないの?
「なにその顔! 私に逆らうの?」
あ、なんかちょっと必死。そうか。心細くなったんだな。なんたって空を飛ぶんだもん。慣れないとやっぱ怖いかも。
「あ、いやいやいや。実は僕も乗ってみたかったんです。いいですか?」
「ふん。それならそうと初めにはっきり言いなさいよ!」
まったくもうって顔をしたけど、顔の隅がちょっとほころんでる。偉っそうにしててもやっぱ心細いんだ。まだ子供だな。
「早く乗って」
「あ、はい」
ハッピーガストに飛び移った。頂部にあるハーネスの座席は四つある。ブリジット・エリントンの横、助手席に座った。
「いい?」
「オッケーです」
「じゃぁー、しゅっぱーーーつ!」
乙女が人目もはばからずテンアゲで草
ブリジット・エリントンは手綱を北に向けた。目指すは三角の岩山のようだ。ほとんど森すれすれを飛んでいる。熊やキツネ、シカや狼の群れが僕らを見上げてた。
三角山に近付くと上昇気流に乗って岩の壁面を登っていく。ブリジット・エリントンは、うわぁぁぁって声を上げている。ごつごつした岩が目の前を走ってく。
瞬く間に頂上。そこは人一人立てるか立てないかぐらいとんがっていた。旋回して周りをぐるりと何度か回る。どの角度から見ても山頂は鋭く尖った岩峰で、北側は稜線が地平線の向こうまで連なっていた。
山腹で採掘したけど裏側には回ってなかった。山々の圧倒的な存在感。空を飛んだことが無い者にとってはなかなかの光景だ。
ブリジット・エリントンはというとハッピーガストを尾根に沿って北へ進めていく。日が沈もうとしていた。雪と岩の山容が西半分だけ赤く染められている。ブリジット・エリントの頬に涙が伝ってた。
え? 気持ちははかるけど、泣くん?
乙女心は感受性豊かで草
そっとしておきたいところだけど、帰らなくてはならない。ただでさえ空は寒いのに日が沈めばどうなるか。コートを着込んだところでどうにもならない。天候だって心配だ。山の天気は平地のとは比べ物にならない。
見るとブリジット・エリントの唇は青ざめ、震えてた。世界の美しさにこの時この瞬間、寒さをも忘れているんだろう。
「あのぉ、寒いんで帰りたいんですが、どうでしょうか。このままだと僕は凍え死んでしまいます」
がらになく感動で我を忘れてるんじゃないですか、なんて野暮は言うまい。紳士のたしなみ、悪いのは全部男のせいってやつだ。ブリジット・エリントンにしても僕の考えに賛同し易いはず。
「やだ。帰らない」
えっ! ええっ?
乙女心は命懸けで草




