命短し恋せよ乙女4/16
ブリジット・エリントンは僕を試しているのか。それとも追っ払おうと嫌がらせをしているんだろうか。雪原のバイオームではスライムの出現率はゼロ。無理難題を持ちかけているのは明白だ。
けど、それは地表での話。森を小半時ほど西に進み、飛翔魔法で上空に上がる。昨日見つけておいた巨大空洞が目に入る。雪を被った森の中にぽっかりと口を開けていた。
なんにしろ、ブリジット・エリントンがこの地で何をしようとしているのか突き止めなければならない。
巨大空洞の真上でホバリングし、インベントリの持ち物スロットからホットバースロットに松明を移す。松明をアイテム化し、周囲を照らしつつ、巨大空洞の中をゆっくりと降下していく。
巨大空洞の壁面では大量の水が流れ落ちている。おそらくは雪解け水なのだろう。落差は、百メートルはあろう。荒々しい岩肌を一気に落下する。舞う水煙に日の光が当たり、虹が出来ていた。
降下しつつ、岩の壁面の影になってるところに出来るだけ湧き潰しの松明を挿していく。すでに岩肌にはクモが湧いていて、僕を追うように岩肌をカサカサ降りていた。
二十体ぐらいか。滝の最下部に降り立つと同時に襲って来た。早朝、ブリジット・エリントンの塔に行く前に鉄の剣をクラフトしておいた。それをインベントリのホットバースロットから取り出す。滝つぼに落ちる水の爆音の中、あっという間にクモの群れをほうむった。
ドロップしたアイテム、糸やクモの目を拾いつつ滝つぼ周辺に松明を挿していく。見上げると大迫力の滝にこの世のものと思えない虹。そして、浴びるほどの滝しぶき。この滝は冬の終わりを告げている。この時期にしか姿を見せないに違いない。あらためて自然の壮大さと美しさに驚かされる。
滝つぼにたまった水は川となって岩を滑るように洞窟の奥へと流れてた。洞窟へ行けばバイオームも変わり、スライムも出現するだろうと思っていたけど、この湿度。ここは期待以上の洞窟だった。ガチャといいこの洞窟といい、今回の僕はかなりツイている。
滝つぼ周りの湧き潰しを終えると川に沿って洞窟を進んで行く。岩壁に露出している金鉱石がいくつかあった。気をよくして金を採掘しつつ進む。滝つぼからいくらも行かないところで広い空間に出た。予想通りだ。僕の背丈より大きいスライムが何匹もいた。
沼地や水辺などの湿地帯でスライムは大量発生する。そういった場所をスライムチャンクという。
スライムは大中小と三つのサイズに分けられる。大を倒せば二から四体に分裂して中となり、中を倒せば二から四体の小となる。大はそこそこ強いけど、小になったら攻撃力は皆無だ。移動はピシャピシャとジャンプし、倒せばバシャって音がする。
体当たり攻撃しかしてこない。よけるまでもなく、僕の腕まえではサイズに関係なく鉄の剣が当たりゃぁ分裂する。小は攻撃力ゼロだから討ち漏らしたってなんてことない。
ただ、小スライムのみがスライムボールをドロップする。スライムボールが欲しけりゃ最後まで追っかけ回す以外ない。
大量のスライムボールをゲットした。飛翔魔法で巨大空洞の来た道を戻り、ブリジット・エリントンに悟られぬ距離で森の中に着地する。
ブリジット・エリントンの塔まで小半時の距離。ぼちぼち歩いて塔の玄関の前に立った。まだ昼にもなってない。戻って来たのが早過ぎる感はあったけど、別にもういいや。今さらって感じだ。僕はすでに怪しまれている。
玄関ドアをノックした。ネームタグの能力からブリジット・エリントンが一階にいるのは分かってる。身支度でもしてるんだろう、しばらく待つとドアが開いた。ピンクのフード付きムートンファーコート姿のブリジット・エリントンが立っていた。
「いったい、あんた、なんなの!」
やっぱりだ。かなりのおかんむり。でも、そんなの屁でもない。
「スライムボール、手に入れてきました」
ブリジット・エリントンは眉をひん曲げて僕を見た。疑りの眼差しではなく、それは嫌なモノでも見るような目だった。
オウムガイの殻の時と違って、僕がスライムボールを手に入れたのはもうすでに察してるんだろ? その通り、僕はこの短期間でスライムボールを手に入れた。インベントリをポップアップさせるとスライムボールを出す。スライムボールは記号化したまま僕とブリジット・エリントンの間でプカプカ浮いていた。
「くそじじい。あんたいったい誰の回しもんなの」
はいぃ? くそじじい? 今、僕をくそじじいって言ったよね。
乙女が暴言吐いてて草
「王都で仕入れて来たんでしょ。でなけりゃレアなオウムガイの殻だってあんなに早く手に入らないし、スライムボールだってここじゃぁ手に入らない」
そういうことね。僕を王都からの回し者って誤解しているわけだ。にしても、くそじじいはないわぁ。実際百年以上生きてはいるけど、見た目は二十八で止まっているんよ。
「それにそのかっこ。ここじゃぁジャケットとシャツでは生きられない」
それな。確かにこのかっこは見た目やばすぎる。
「別に全然です。僕、体が丈夫なんで」
ブリジット・エリントンの表情が一瞬で鋭くとがった。
「キモ!」
ドアがバンと閉じられる。
あらら。またやっちまった。っていうか、なんで?
開拓主は丈夫な労働者を好むんじゃないの? あるいはこの子、王都で何かしでかしたのかも。ここにいる理由は開拓じゃなくて身を隠してる?
で、それが十六、七歳の女の子ときた。やっぱり裏がある。面白いことになること間違いなし。ドアに近づいてブリジット・エリントンに声を掛ける。
「僕はお手伝いするために来ました。これは僕の意思です。誰かに頼まれて来たんじゃありません」
ドアがバンと開いた。その向こうにブリジット・エリントンが立っている。野良犬を追い払わんばかりに、シッシと僕に向けて手を振った。
お望み通りさっと下がり、十歩ほど距離をあけて立ち止まる。ブリジット・エリントンは、ふんと鼻を鳴らすと進み出て、玄関前のスライムボールに触れてインベントリに収納した。
「ハッピーガストが欲しい」
ジトーッと粘っこく僕を睨みつけると踵を返し、バンとドアを閉じる。玄関前には記号化したアイテムが八つ残されていた。
乙女がアウトサイダーで草




