第5話:揺れる自由と、忍び寄る影
二人を乗せた大型馬・ベヒモスは、軽快さとは無縁の音を立てて闇を裂いた。
**「ドスッ、ドスッ、ドスッ」**と、一歩ごとに地面を揺らす重厚な蹄の音。
シグルが「速度はないが、止まらずに走り続けるスタミナなら村で一番」と信頼を寄せるこの馬は、文字通り二人を地獄から運び出していた。
だが、その乗り心地は凄まじいの一言に尽きる。
鞍の後ろにしがみつくエルナは、一歩ごとに**「あうっ」「ひぎぃっ」「んぉおっ」**と、およそ巫女にあるまじき、文字媒体でしか表現不可能な悲鳴を上げながら、猛烈にお尻をバウンドさせていた。
「シ、シグル……おしりが……私のおしりが、四散してしまいそうです……っ!」
「我慢してエルナ! この揺れは、私たちが生きている証拠よ!」
シグルの腹筋に必死でしがみつくエルナの腕は、振動のたびに悲鳴を上げていた。
1. 翌朝:残酷な「若さの勝利」
翌朝、村から十分に離れた河原で夜を明かした二人は、朝日の中で目を覚ました。
エルナは立ち上がるなり、自分の体を確かめるように跳ねた。
「シグル、見て! すごいわ、昨日あんなにお尻が真っ赤に腫れて(本人談)、内股もガクガクだったのに……一晩寝たら、どこも痛くないの! やっぱり若さの勝利ね、快適だわ!」
無邪気に笑うエルナ。
しかし、彼女を振り返ったシグルは、手にしていた水筒を落としそうになった。
【加齢の兆候:目元の変化】
昨日まではふっくらとしていたエルナのまぶた。
その目尻に、笑った拍子に消えない**「細い三本の筋」が刻まれていた。
十四歳の少女には決して現れない、人生の酸いも甘いも噛み分けた二十代後半の女性が持つような、成熟した、そして「老いの始まり」**を予感させる深み。
さらに、シグルは気づいてしまう。エルナが「治った」と言っている筋肉痛は、回復したのではない。
身体が五年分一気に老いたことで、昨日の負荷を過去のものとして「処理」してしまったのだ。
「……エルナ、あなた、その髪……」
「え? 髪がどうしたの?」
エルナが首を傾げた拍子に、艶やかな黒髪の中に一筋だけ、朝日を弾く**「銀色の糸」**が混じっているのが見えた。
2. シグルの自責:確信という名の罪
(止まっていない……。外に出れば、呪いは解けるんじゃなかったのか!?)
シグルの心に、どす黒い自責の念が渦巻く。
自分が「猛烈に信じていた」外の世界。
そこへ連れ出せば、エルナは普通の女の子として生きていけるはずだった。
だが事実はどうだ。
彼女は今、安全なベッドの上ではなく、冷たい河原で、自覚もないままに命を削り続けている。
(私が彼女を殺している。村にいれば、バルトの毒牙にはかかったとしても、少なくともあと数年は『若く』いられたはずなのに。
私の独りよがりな正義が、彼女の砂時計を加速させているんじゃないのか……?)
「快適だ」と笑うエルナの顔を見るのが、今は何よりも辛かった。
3. 道端の老婆:運命の出会い
いたたまれなくなったシグルは、エルナを馬に乗せ、自分は手綱を引いて歩くことにした。
馬の揺れを抑えるため、そして自分の顔をエルナに見せないためだ。
乾いた街道をどれほど歩いただろうか。
道端の枯れ草の中に、不自然な塊が落ちているのが見えた。
「シグル、誰か倒れてるわ!」
エルナの声にハッとして駆け寄ると、そこにはボロ布を纏った老婆が、力尽きたように倒れていた。
肌は土色に汚れ、呼吸は浅い。だが、その老婆の首元からのぞく「ある特徴」に、シグルは息を呑んだ。
それは、エルナの母や、そして今のエルナの肌にも現れ始めている、巫女特有の「魔力の紋様」の残滓に酷似していたからだ。
「……う、うう……」
老婆がうっすらと目を開ける。
その視線は、馬の上で心配そうに覗き込む、**「若すぎる老化」**を背負ったエルナの瞳を真っ直ぐに捉えた。




