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魅了の巫女  作者: 白山月


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第4話:泥濘(でいねい)の逆転、叫びの夜

祭りの喧騒が遠く響く中、要塞の影を縫うように二つの影が動いていた。

 シグルは一歩進むごとに、エルナの呼吸音と自分の心臓の音を同期させる。

魔物たちが魅了され、要塞の正面へと殺到している今こそが唯一の隙だ。

  「息を殺して。……今は、ただの石ころになりきるのよ」

細心の注意を払い、哨戒の目を潜り抜ける。


あと数百メートル。

そこを越えれば、用意していた馬がいる。

一歩、また一歩、僅かな距離が永遠に感じられるほど長く感じる。

だが、自由の味を感じかけたその瞬間、運命は残酷な音を立てた。

  「――誰だ!」    隠し通路の出口にいた歩哨と、目が合った。

  「走れ、エルナッ!」    シグルは叫び、同時に剣を抜いた。


隠密は崩れ、怒号が響き渡る。

背後からは無数の松明の火が迫る。

二人は転がるように斜面を駆け下り、馬に飛び乗った。

矢の雨を潜り抜け、闇雲に山道を駆ける。


ようやく追手の気配が消え、山を一つ越えた広場で二人は馬を止めた。

冷たい夜風が、火照った肌に心地よい。

「……逃げられた。エルナ、私たちはやったのよ」  

 シグルが安堵の笑みを向けた、その時だった。


  「……残念だが、そこまでだ」

冷酷な男の声が響いた。

   闇の中から、冷ややかな声と、金属の擦れる音が響いた。

 バルトだ。彼は十数人の屈強な手下を引き連れ、円陣を組むようにして二人を包囲していた。

「なぜ……ここに……」

「言っただろう。君たちは、エルナの魅了に当てられている村人たちの目を侮りすぎだ。

彼女が放つ魔力の残り香は、どこまで逃げようと夜空に浮かぶ星のように輝いているんだよ」

   シグルは剣を振るい、多勢を相手に必死に抗った。


だが、連日の疲労と数に押され、ついに背後から組み伏せられる。

冷たい地面に叩きつけられ、バルトの前に膝をつかされた。

  「無駄な真似を。シグル、君のその割れた腹筋も、今は屈辱に震えているようじゃないか」


   バルトは嘲笑いながらシグルに近づき、彼女の顎を指で強引に持ち上げた。

その顔が、吐き気のするほど近くに迫る。

  「エルナ、見ていろ。これが愚かな反逆者の末路だ。……さあ、次は君の番――」  


「その手を離しなさい、バルト!」

   震えていたはずのエルナの声が、夜の静寂を切り裂いた。  バルトが驚愕して振り返る。

そこには、月光を吸い込んだかのように白く光り輝くエルナが立っていた。


彼女の瞳には、今までになかった強い意志の光が宿っている。

  「バルトを、取り押さえなさい!」  

 エルナの放つ光が、さらに激しさを増す。


 バルトの側にいた男たちの目が、一瞬で虚ろになった。彼らにとって、エルナの命令は神の託宣よりも重く、脳を痺れさせる甘い毒となった。

  「……なっ、お前たち、何を……やめろ! 離せ!」


   男たちは無言のまま、自分たちの主であるはずのバルトに飛びかかった。

数人がかりでバルトを地面に押し付け、その腕を捻り上げる。  

 かつて、バルトがエルナやシグルにしたように――男の一人が、バルトの顎を乱暴に掴み、その顔を強制的に上向かせた。


 虚ろな瞳をした男たちの顔が、バルトのすぐそばまで近づいてくる。

  「ひっ、やめろ! 狂ったか! 私は村長の息子だぞ!」  

 エルナは、その光景を冷徹な目で見下ろしていた。

「シグル、行きましょう。……私の力が保つうちに」  


 呆然としていたシグルは、エルナの手を掴んで走り出した。

 背後からは、肉のぶつかる音と、男たちの狂ったような息遣い、そして何よりも――。   「やめろ! お前ら! やめてくれーーーーーー!!」  

 バルトの、魂を削り出すような悲痛な叫びが、夜の森にいつまでも響き渡っていた。



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