第3話:紅の譲位と、枯れた夢
十五歳の誕生日の夜。
要塞の最奥にある『琥珀の間』は、呼吸が詰まるほどの濃密な魔力で満たされていた。
中央の祭壇には、現巫女であるステラ――エルナの母が、枯れ木のような体を横たえている。
その傍らに、今日、十五歳の大切な日を迎えたエルナが跪いていた。
「……エルナ。怖がらなくていいのよ」
ステラの声は、擦れた砂のようだった。
彼女は震える手で、娘の頬を撫でる。
その目は濁り、焦点は合っていないが、彼女は確かにシグルの方を向いて微笑んだ。
「シグルさん……。この子のそばにいてくれて、ありがとう。巫女の人生は、冷たくて暗い孤独の檻……。でもね、私は幸せだったわ。あなたのような、強く優しい女性が、いつも私の手を取ってくれたから。
どうか、エルナのことも……大切にしてあげてね」
シグルは込み上げる涙を堪え、短く返事をした。
ステラはふっと遠くを見るような目をし、独り言のように続けた。
「……最近ね、不思議な夢を見るの。魔力なんて微塵もなくて、ただの土と風が匂うだけの、静かな場所。そこでは、私も、エルナも……ただの『人間』として、お日様の下で笑っているの。あんなに広い世界が、本当にあるのかしらね……」
シグルの心臓が大きく跳ねた。
(……お告げだ。あの石碑の言葉は、巫女の血が求めている真実なんだ!)
それは誤解だったかもしれない。だが、逃亡を決意しているシグルにとって、ステラの言葉は神の啓示にも等しい確信となった。
「――始まりますよ」
バルトの声が冷たく響く。
彼の手がエルナの背に置かれた。
瞬間、部屋中の魔力が渦を巻き、ステラの体から「赤黒い光の糸」がエルナへと流れ込み始めた。
「あああああ……っ!」
エルナの悲鳴が上がる。
シグルの目の前で、残酷な奇跡が起きた。
昨日まで子供特有の丸みを帯びていたエルナの肩のラインが、一気に削ぎ落とされたように大人びていく。
短かった脚が伸び、幼かった顔立ちは、陶器のような冷たい美しさを持つ「完成された女」へと変貌していく。
わずか数分のうちに、エルナは「五年分の時間」を無理やり食らわされたのだ。
儀式が終わった。ステラは抜け殻のようになり、もはや呼吸をしているかすら定かではない。
バルトは満足げに、エルナの新しい「肉体」を、ねっとりとした視線でなめるように見つめた。
「素晴らしい。完璧な巫女の誕生だ。……さあ、エルナ。顔を上げなさい。明日、魔物狩りが終われば、君は私の寝室へ来ることになる。この美しい体が、私の種で満たされるのが今から楽しみだよ」
バルトの指が、エルナの顎をクイと持ち上げる。
エルナは、急激に大人びた美しい容姿で、しかしその内側はまだ怯えた十四歳の少女のまま、シグルを求めて視線を彷徨わせた。
(……あいつに、指一本触れさせてたまるか)
シグルは、自分の腰に差した剣の柄を、指が白くなるほど強く握りしめた。
バルトは、シグルの鍛え抜かれた肉体を「チャームポイント」などと言い放った。
そのいやらしい想像力が、今、この無防備なエルナにも向けられている。
エルナが無理やり「女」にされたのなら、自分が彼女を「人間」に戻す。
明日。極大魅了が発動し、村中が血と金に狂うその瞬間に、この偽りの楽園を焼き捨ててやる。
シグルの瞳には、もはや戦士としての冷静さはなく、ただ愛する者を守り抜くという猛烈な、狂気にも似た炎が宿っていた。




