第12話:最期の魅了、灰のワルツ
月明かりの下、満身創痍のシグルは斧を構え直した。
膝は笑い、視界は血に染まっている。
それでも、彼女が倒れないのは、あの日の少女との約束――「カッチカチのお腹」で受け止めた、あの柔らかな信頼が彼女の体幹を支えているからでした。
「しぶとい女だ。だが、その無様な姿でエルナを守れると思うな」
バルトが冷酷に手を振り、私兵たちが一斉に踏み出そうとした、その時。
馬車の扉が静かに開き、エルナが降り立ちました。
その姿は、夜の闇を塗り替えるほどに神々しく、輝く。
目尻のシワも、一筋の白髪も、今の彼女にとっては欠点ではなく、むしろ「完成された美」としての重みを添えている。
バルトはその神々しさに息を呑み、陶酔した瞳で彼女を見つめた。
「ああ……エルナ。やはり君は、私の隣にいるべき存在だ。その美しさこそが、我が一族の繁栄の証……」
「バルト様。……あなたは、この力が欲しかったのですね?」
エルナは静かに歩み寄る。
シグルが止めようとするのを、モルガンが手で制した。
「……見ておれ。あれが、あの子の最初で最後の『わがまま』じゃ」
1. 祝福という名の「重圧」
エルナが両手を広げると、周囲の魔力が渦を巻き、バルト一人に向かって収束していった。
それは「極大魅了」を遥かに凌ぐ、純粋な魔力の奔流。
「受け取ってください。あなたが望み、私から奪い続けてきた、この村の『時間』のすべてを」
エルナの指先が、バルトの額に触れた。
瞬間、バルトの全身を、目に見えるほどの「摩擦の火花」が駆け巡る。
「ぐ……あああ!? なんだ、これは、体が、熱い……!?」
バルトは絶叫した。
エルナの肉体を焼き、時間を進めていた「魔力の摩擦」が、彼女との接触を通じてバルトへと逆流し始めた。
バルトの若々しい肌が、一瞬にして乾き、ひび割れていく。
豊かな金髪は灰色の塵となって崩れ落ち、筋骨逞しい体躯は、水が抜けた果実のように萎んでいきました。
老化がみるみる進行していく。
しかし、バルトの目だけは、狂おしいほどの悦喜に満ちていました。
彼は自分の体が枯れ果てていく苦痛の中でも、目の前で光り輝くエルナを「美しい」と感じていた。
呪いとも言えるほどの強烈な魅了が、彼の脳を焼き切っていた。
「ああ……美しい……エルナ……君こそが、私の……最高、の……」
それが、バルトの最期の言葉だった。
彼はエルナの足元で、数十年分の時間を一秒で駆け抜け、一塊の灰のような老人となって崩れ落ちた。
彼が守ろうとした「特権」と「独占欲」が、彼自身を焼き尽くした。
2. 鋼の抱擁
力が尽き、光が収まると、エルナの体は糸の切れた人形のように崩れ落ちそうになった。
それを、血塗れのシグルが力強く抱きとめる。
「シグル……私、やったよ……」
エルナの声は、少し掠れていた。
バルトに「滓」を押し付けたとはいえ、全魔力を放出した代償は大きく、彼女の髪はさらに白さを増している。
「ああ、見事だった。……さあ、エルナ。約束の場所へ行こう」
シグルは、震える手でエルナを抱き上げました。
背後では、主を失い、エルナの放った光に当てられた私兵たちが、戦意を喪失して座り込んでいる。
現場を静かに月明かりが照らしていた。




