第13話:忘却の朝(エピローグ)
夜明け前の、最も深い闇。
モルガンが用意した儀式の円陣の中で、エルナは静かに横たわっていました。
「……もう、時間だね」
エルナは、シグルの手を自分の顔に寄せました。
シグルの掌は、戦いと修練で硬く、分厚い。
けれど、そこにはどんな絹のドレスよりも確かな安らぎがありました。
「忘れたくないな。あなたの腹筋が、私を守るために作られたものだったってこと……」
「いいんだ。私が覚えている。あんたが私の腹筋に頭をぶつけて笑ったことも、お尻をバウンドさせて走ったことも、全部私が持っていく。……だから、あんたは空っぽになっていい。普通の、ただの女の子として、新しい朝を始めるんだ」
モルガンの杖が地面を叩き、白い光が二人を包みました。
エルナの瞳から、少しずつ「記憶」の輝きが消えていく。
共に戦った日々、バルトへの怒り、、、、
そして、シグルの名前。
光が収まった時。
そこには、昨日の「完成された巫女」ではなく、どこか幼い、けれど穏やかな顔で眠る一人の少女がいました。
白髪は黒へと戻り、目尻のシワも消えている。時間は、止まったのです。
やがて、少女はゆっくりと目を開けました。
目の前で、血と泥に汚れ、必死に涙を堪えて微笑んでいる見知らぬ女戦士を見て、彼女は不思議そうに首を傾げました。
「……あの、あなたは?」
シグルは一瞬、言葉を詰まらせました。
胸に空いた穴は、一生埋まることはないでしょう。
けれど、彼女は自分の鍛え上げた腹筋に力を込め、最高に頼もしい笑顔を作って言いました。
「……私は、あんたの用心棒さ。ちょっと不器用だけど、お腹だけはカッチカチだから、安心してついてきな」
少女は少し驚いたように、それから、どこか懐かしい感触を思い出したように、花が開くような笑顔で答えました。
「……ふふっ、カッチカチ? 変な人。でも、なんだか……とっても安心します」
朝日が、二人の行く先を真っ白に照らしました。
名前をなくした旅が、ここからまた、新しく始まる。
二人は、視界がひらけた事を感じた。
ーーーーおしまいーーーー




