第10話:鋼の優しさと、静かなる追跡者
儀式を行う地へと向かう、最期の安らぎのような夜。
焚き火の爆ぜる音だけが響く馬車の外で、エルナはシグルの隣に座り、その逞しい腕に頭を預けました。
「シグル……私、ひとつだけ、どうしても忘れたくないことがあるの」
シグルは黙ってエルナの肩を抱き寄せます。
エルナは、少し幼い頃を思い出すような顔で笑いました。
「覚えている? 私がまだ小さかった頃。あなたがお世話係として初めてお城に来てくれた日……私、はしゃぎすぎて転んで、あなたのお腹に思いっきり頭をぶつけちゃったこと」
「……ああ。そんなこともあったな」
きっと、初めてエルナとあった日のことだ。
村では巫女は特別な存在で、同世代の子供との接触はない。
自分が御子様と接触する、初めての年齢が近い子供だと聞かされて、仲良くしなくちゃ!
って気合を入れてた日のことだな。
「あの時、私、あなたの顔がすごく怖くて……怒られると思って泣きそうになった。でも、あなたは笑って『大丈夫よ、私のお腹はカッチカチだから。ほら、触ってみなさい』って、お腹を見せてくれた。ぶつかった頭よりも、あなたのお腹の方がずっと硬くて、なんだか可笑しくて涙が止まったの。……あの時の、弾むような感触と、あなたの手の温かさ。あれが、私にとっての『シグル』っていう優しさの正体だったのよ」
シグルは苦笑して、夜空を見上げました。
そうだ、天使のような笑顔のエルナの表情が、心配と申し訳ないという気持ちで、みるみるうちに曇っていくのを、なんとかしなくては、子供ながらに、大切な宝物に触れるような気持ちだったことを思い出した。
あの日から、私は物語の中の姫を守る騎士になった、誇らしい気分になった。
「……実はな、あの時、本当はめちゃくちゃ痛かったんだぞ」
「えっ、そうなの?」
「ああ。内心『なんてお転婆な子なんだ』って泣きそうだった。でも、あんたがあまりに心配そうな顔をするもんだから……。それからだよ、次にまたあんたがぶつかってきても大丈夫なように、毎日毎日、腹筋を鍛えるようになったのは。あんたを守るための、私のトレーニングの始まりだったんだ」
エルナはくすくすと笑い、シグルの腹筋にそっと手を添えました。
この鋼の肉体は、一人の少女を安心させるためだけに磨き上げられた、世界で最も不器用で、最も純粋な愛の結晶でした。
あたたかい。。。。




