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きらめく海と、黒い火矢

ザザーンッ――。


 激しい水飛沫を上げて、大和の軍船が瀬戸内の青い海を切り裂いて進む。


 難波(なにわ)の港を発ってから数日。葛城山の険しき山道を越え、襲いかかる山の怪異どもをモモの刃とイヌの重盾で蹴散らしてきた一行は、ついに西国へと繋がる大海原へと漕ぎ出していた。


 瀬戸の内海は、モモら一行の胸に去来する悲壮感などとは関係なく、日の光を浴びてただキラキラと輝いていた。


「ううむ……」


 潮風を浴びて前を見据えるモモの横で、イヌが困り果てた声を上げる。


「なんだ?船酔いか?」


 モモの軽口に、真面目なイヌは少しばかり顔をしかめ、船倉の入り口を指差す。


「皇子。やはり、どう考えてもおかしゅうございます。大和を発ってからというもの、兵糧の干し肉の減りが異様に早い。我が軍船に、たちの悪い鼠でも紛れ込んだのでは」


「鼠、ねえ。猛々しい大和の軍船に密航する命知らずな鼠なんて、一人しか心当たりがないな」


 モモが苦笑しながら船倉の重い木扉を開けると――案の定、そこには麻の白い神衣を干し肉の油で少し汚したトトが、気まずそうに小さくなっていた。


「モガ……。――ゴクン」


 慌てて口の中のものを飲み込んだトトは、小さく息を吐いてモモを見上げた。


「……み、見つかってしまいましたか、モモ。ですが、予知の視(め)が言っていたのです。この鹿の干し肉、さらには大和の糒(ほしいい)は、よく噛むと甘みが出て美味しい、と」


「姉上、予知能力を食い意地に使わないでくれよ! ……っていうか、大和の庵にはイヌの部下たちが四方に見張りを立てていたはずだ。どうやって難波の港まで来て、この船の底に隠れたんだ?」


 モモの呆れた問いに、トトは小さく悪戯っぽく微笑み、懐から一本の精巧な飾り紐を取り出して見せた。それは、大和に残してきた年の離れた弟、稚武彦命(わかたけひこ)――ワカの私物だった。


「ワカが、手伝ってくれたのです。朝廷の目を盗んで私を荷車に隠し、この軍船の兵糧係に命じて、木箱に紛れ込ませてくれました。……『俺のぶんまで、兄上を護って』と、泣きながら笑っていましたよ」


「あいつ、余計な真似を……」


 モモはそう毒づきながらも、腰の「布都御魂の写し」に手を当て、大和に残してきた幼き弟の覚悟に、胸の奥を熱くした。


「皇子、どうなさいますか?今から難波に引き返すにも――」


 船倉の入り口から中を覗き込んだイヌが、困り果てたように眉八の字にして声を絞り出す。


「今さら引き返せはしないであろう。致し方あるまい。このまま姉上にもご同行いただこう。――姉上、くれぐれも無茶はしないでくれよ?」


 モモはため息混じりに、けれどどこか嬉しさを隠しきれない苦笑を浮かべて、トトへ手を差し伸べた。


「あら。そういうモモこそ、無茶ばかりしかねないのではないのかしら? 私にばかり忠告してくるのは、不公平じゃない?」


 トトは弟の手を借りて立ち上がりながら、少しむくれたように口を尖らせた。


「俺は『百の敵を襲う』将軍さ。無茶を押し通すのが仕事だよ」


「まあ。呆れた自信家さんね」


 大和朝廷という冷酷な巨大の歯車に放り込まれ、死地へ向かう片道切符を握らされた旅路。その暗い悲壮感を、姉弟の他愛のない言い合いが、一瞬にして温かい冒険の色へと塗り替えていく。


 こうして、大和の軍船は正式に大巫女トトをその腹に抱き、西の海へと突き進むこととなった。


 ――しかし。


 ガタガタガタッ!


 突如として、トトの華奢な身体が激しく痙攣した。


 手にした鹿の干し肉が甲板に転がり、彼女の視界の焦点を結ばない瞳が、ありもしない「虚空」を凝視する。


「――姉上!?」


 モモが瞬時に表情を引き締めて駆け寄る。数日前、大和の庵でハニヤスの謀反を言い当てた時と全く同じ、トランス状態の神託の兆候だ。


「……来る。……黒い、波。……モモ、伏せて……右、右から、火の雨が……っ!」


 激しい過呼吸の合間から絞り出された、ぶつ切りの警告。


「イヌ! 右だ!!」


 モモの鋭い怒号と同時に、イヌが反射的に動き、身の丈ほどもある木製の重盾を右舷の虚空へと叩きつけた。


 ドンッ、ドババババババァンッ!!!


 直後、イヌの重盾を凄まじい衝撃が襲う。

 周囲に入り組んだ島陰(しまかげ)を突き破って放たれた、無数の大ぶりな黒い矢――温羅(うら)の水軍が放った、不意打ちの斉射(火矢)であった。もしトトの予知がなければ、軍船の甲板にいた兵たちは一瞬で全滅していただろう。


「……皇子! 前方に船影! それも、一隻や二隻ではございません!」


 見張りの兵の悲鳴のような叫び声が、遅れて甲板に響き渡る。


 島陰から、波を狂暴に蹴立てて進む「漆黒の快速船団」が、すでに軍船を完全に包囲せんと迫っていた。


「初陣にしては、随分と盛大に迎えてくれるじゃないか」


 モモの口元に、不敵な戦いの笑みが戻る。


 ギリッ。


 モモは奥歯を噛みしめると、腰の『布都御魂の写し』の柄(つか)に手をかけ、臨戦態勢へと移る――。

モモやトト、イヌの船出を邪魔するように飛び交う火矢。

この絶体絶命のピンチを、モモたちはどう切り抜けるのか!?


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