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神剣の白刃、防盾の大破

 ――轟然たる金属の悲鳴が、暗黒の奥殿を烈しく引き裂いた。


 モモの振るう吉備の戦斧(いくさおの)が、上段から襲い来る温羅(うら)の黒鉄(くろがね)の棍棒(こんぼう)と、真っ正面から激突したまさにその刹那(せつな)。


 ――勝負は、一瞬であった。


 大和(やまと)の圧迫に余裕を失い、吉備の自立を死守せんとする覇王。その全霊の執念を乗せた質量の前には、奪い取った鉄斧など、もとより持ちはしなかった。


 モモの戦斧は刃元からへし折れるようにして弾き飛ばされ、凄まじい回転を帯びながら大部屋の太き柱へと突き刺さる。生木を深く抉(えぐ)り込んでようやく静止した。


「――チッ……っ!」


 両腕を烈(はげ)しい痺(しび)れに侵され、モモの肉体が大きくのけぞる。

 武器を失い、若き王の喉元が無防備に晒されたその隙を見逃すほど、目の前の覇王は生温(なまぬる)い存在ではなかった。


「大和(やまと)の王道とやらも、吉備の鉄の重さの前には通じぬわぁッ!!」


 温羅(うら)は黒髪を夜気に狂おしく揺らし、戻りきらぬ棍棒(こんぼう)の勢いをそのままに、モモの脳天へと向けて二の太刀を容赦なく振り下ろした。


 避ければ、背後に控える姉(百襲媛)の肉体ごと叩き潰される、絶対の死線。


 ――そこへ、漆黒の影が割り込んだ。


 鉄と肉が激突する、凄絶なる破砕音。


「――皇子(みこ)の王道の邪魔はさせませぬぞっ!!」


 地鳴りのような咆哮(ほうこう)とともに、モモの正面へとその巨躯(きょく)を滑り込ませたのは、忠臣・イヌであった。


 男は無数の戦痕が刻まれた重盾(しげたて)を両腕で鷲掴(わしづか)みにし、温羅(うら)の棍棒(こんぼう)の直撃を真っ正面から受け止める。


 衝撃の重さに奥殿の床石が烈しく陥没し、イヌの草鞋(わらじ)が赤土の地肌を深く削り取った。

 だが、高炉の異常な熱気に晒(さら)され、内側から急速に自壊し始めていたあの重盾が、覇王の凄まじき質量を正面から吸い込んだ、まさにその瞬間――。


 ――盾が、断末魔の悲鳴のような破砕音をあげた。


 重盾の無骨な面を真っ二つに引き裂く致命的な裂傷(れっしょう)が、飛び散る極限の火花のなかで、激しく鳴り響いたのだった。


 温羅(うら)の黒鉄(くろがね)の棍棒(こんぼう)が、イヌの盾ごとモモの肉体をすり潰(つぶ)さんと襲いかかる、まさにその死線の刹那(せつな)であった。


 後ろに控えるトトの戻りきった炯眼(けいがん)が、カッとその眼を剥(む)く。


 巫女(みこ)の先見(さきみ)の力は、火花の向こう側、イヌの盾が完全に砕け散り、二人の武人がまとめて圧殺される「数秒先の最悪の未来」を鮮烈に看破したのだ。


「――キジ、温羅の左眼を射ちなさいッ! モモ、腰の神剣をッ!!」


 極限の戦場に響き渡る、トトの誰もが拒めぬほどに気高き宣告。それは、ただの足手まといの少女ではない。戦況のすべてを支配する、大和の最高巫女(みこ)としての――凄まじき王道の叫びであった。


 その声を背に浴びた遊撃の士・キジが、一瞬の澱(よど)みもなく己の強弓を満月のごとく引き絞る。――ひゅう、と鉄煙を切り裂く乾いた弦(つる)の音が、烈しく夜気へと放たれた。


 放たれた一矢が、うねる夜霧を真っ直ぐに喰い破り、覇王・温羅(うら)の左眼へと一直線に吸い込まれていく。


「――ヌゥッ……ッ!!」


 温羅は己の眼を狙う強烈な風切り音を敏感に察し、凄まじい手際で顔を背けた。


 一矢は温羅の肉皮を浅く切り裂いて夜闇へと弾かれたが、その一瞬の身のこなしにより、イヌの重盾を圧殺し続けていた棍棒(こんぼう)の質量に――劇的な隙が生じた。


「――おおおおおおッ!!!」


 次の瞬間、のけぞっていたモモの肉体が、草鞋(わらじ)で土床を烈しく蹴り割る。弾(はじ)かれたように前へと踏み出した。


 敵地で入手した吉備の鉄斧(てつおの)を失いはしたものの、それは予備に過ぎない。

 若き王は満を持して、大和(やまと)の至宝を引き抜いた。


 冴え渡るような鋭き金属音とともに、暗黒の奥殿を満たしていた高炉の鉄煙が、にわかに一烈(いちれつ)の白銀(はくぎん)の閃光によって、文字通り真っ二つに引き裂かれる。


 大王(おおきみ)より賜(たまわ)りし神剣――【布都御魂(ふつのみたま)の写し】であった。


 その全貌(ぜんぼう)を現した白銀の刃(やいば)は、暗闇を冷徹に払い除けるような圧倒的な王道の威光を放つ。攻守を大反転させる吸い込まれるような軌道を描き、温羅の無防備な胸元へと一気に振り下ろされた。


 ――火花を散らす、淒絶(せいぜつ)なる激突音。


 間一髪、顔を戻した温羅(うら)が引き戻した黒鉄(くろがね)の棍棒(こんぼう)でそれを受け止める。

 だが、大和の神剣が放つ凄まじい刃のキレは、先ほどの鉄斧(てつおの)とは格が違った。吉備(きび)の覇王の腕をギリギリと押し込み、凄絶な火花を爆ぜさせながら、その巨躯(きょく)を一歩、また一歩と、玉座の奥へと力任せに圧(お)し返していく。


「――大和の剣ごときが、小癪(こしゃく)なぁッ!!」


 温羅は血が滴(したた)るほどに奥歯を噛み締め、押し込まれた棍棒の柄へと、両腕の全力を込めた。


 大破の破片(かけら)をこぼす盾をなおも構え直し、モモの側面を死守せんとするイヌ。そして、次の矢を番(つが)えるキジの眼前で。


 二人の王のぶつかり合いは、互いの命の炎を骨ごと削り合う、文字通りの死闘へと狂おしく加速していった。


 火花散る、神剣と黒鉄(くろがね)の凄まじき力比べ。


 モモがその布都御魂(ふつのみたま)の写しで温羅(うら)の棍棒(こんぼう)をギリギリと押し込む、まさにその刹那(せつな)であった。


 背後に控えていた温羅の親衛隊が、大和(やまと)の王の剥(む)き出しになった死角を見逃さず、数千の黒鉄の槍を一斉に突き出してきた。


「――皇子の背に触れさせるなぁッ!!」


 その危機に、横合いから再びその無骨な巨躯(きょく)を割り込ませたのは、忠臣・イヌであった。


 男は今にも砕け散りそうな重盾(しげたて)を猛然と構え直し、親衛隊の槍衾(やりぶすま)の真っ正面へと、その身を挺(てい)して立ちはだかる。


 だが、それはイヌ一人の盾ではなかった。

 その無骨な背に続くようにして、白い麻衣(あさぎぬ)を泥と血に染めた大和の兵士たちが、音もなく左右へと連動する。自らの手盾(てだて)をガチリと噛み合わせ、強固なる盾の列を形成して、敵の横線を必死に支え合っていた。


 ――凄絶なる鉄音。

 黒鉄(くろがね)の槍が木製の手盾を削り取る、凄まじき破砕音が大部屋を満たす。


 大和(やまと)の兵たちが奥歯を噛みしめ、全軍の組織戦の力で親衛隊の猛攻を押し返そうとした、まさにその刹那(せつな)であった。


――軋(きし)みの極限。そして、世界が弾ぜるような大音。


 高炉の熱気に内側から自壊し、悲鳴をあげ続けていたあの重盾が、ついに限界を迎えた。正面から真っ二つへと引き裂かれ、木端微塵(こっぱみじん)に砕け散る。


「な――っ!?」


 イヌの驚愕(きょうがく)の絶句。

 大和の誇る守備の要が完全に崩壊し、それを支えていた兵たちの盾の列が一気に闇へと突き崩されていく。世界が完璧な暗転を迎えた、まさにその瞬間であった。

 ここまでお読みくださり、ありがとうございます。


 いよいよ、温羅との決戦。

 圧倒的な質量に対して、モモたち大和の軍勢はどう立ち向かうのか。


 温羅の武器ですが、色々と選択肢があるなかで「やはり、鬼と言えば金棒だよね」という感覚で迷わずこれ一択になった感じです。

 それに対してモモは最初、吉備の砦で門の閂(かんぬき)を破壊する際に拾った戦斧をしばらく使っていました。

 ですが、やはり大和朝廷というシンボルで戦うことにこそ意義がある、と思い直し、早々に戦斧さんにはログアウトいただきました。

 戦斧さん、これまでありがとうございました。

 ログアウトといえば、イヌの重盾もついに!


 これまでずっと思わせぶりに書いてきた、重盾の罠が、ついにここで発動しました。

 大和の軍の、防御の要が無くなった今、どうやって温羅たちと戦うのでしょう。


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