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多勢の檻、門撃つ戦斧

「キシッ! あいつら、オレに釣られて、まんまと付いてきやがった。ほら、もっとこっちへ来いよ。多勢に無勢、ってヤツさ」


 麻縄の上を飛び乗って駆け下り、物見櫓(ものみやぐら)の上層へと真っ先に着地した森彦(サル)は、面の裏で冷徹に喉を鳴らした。


 ――だが、白煙の向こうから遅れて滑り降りてきたのは、大和の全軍ではない。


 モモとキジ。

 鉄煙に霞む細き綱路の先に浮かび上がったのは、わずか二つの影だけであった。


 本来の軍議であれば、崖の上に待機させていた残りの兵たちも二人へ付き従って一斉に滑り降りてくるはずだったのだ。

 しかし、大和の凡庸な兵たちは、遥か眼下の死地へと直結する危うき空中路を前にして、恐怖で完全に足をすくませ、崖の縁で立ち往生を極めていた。


 その情けない光景を岩陰から視(み)据えた瞬間、サルの細き目の奥に、歪(いびつ)な悦(よろこ)びの光がギラリと灯(とも)る。

 やや予定外の事態ではあったが、これこそが、間者(スパイ)としての森彦にとって、かえって最も美味(うま)すぎる状況への推移であった。


 門の前では、あのデカブツ(イヌ)が兵を率いて囮(おとり)として大騒ぎしてくれている。

 だからこそ、この櫓の上にいる温羅(うら)様の尖兵どもは、いま崖の上で震えている大和の兵を完全に無視し、目の前に孤立して飛び込んできたモモとキジの二人だけに、すべての牙を集中させることができるのだ。


 まさに、多勢に無勢。

 護衛の兵も持たぬ大和の王と知将の二人きりを、サルの用意した『罠の檻』の中で確実に嵌(は)め殺す。

 ここで最高の獲物どもの首を撥(は)ねれば、大和の軍勢は戦う前に内側から完全に瓦解するのだ。


(これでいい。これで……鉄山にいる、あいつらの命が完全に助かる)


 脳裏をよぎる同胞(はらから)たちの顔を振り払うように、森彦は胸の奥の罪悪感を冷徹に圧殺すると、逆手に握った二条の鉄の短刀を固く構え直した。


「こっちだ、大和の王様! この死角の防壁を回り込めば、櫓の敵の背後を突けるぜッ!」


 嘘(うそ)の誘導の声が、夜明けの鉄煙の中に響く。

 森彦はいつもの人を食った笑みを面に貼り付け、モモたちを、温羅の尖兵たちの十字砲火が最も激しく吹き荒れる『本当の死地』へと、完璧な手際でいざなっていった。


 だが――。


   ――ザシュッ!

           シュバッ――!

   キィン!!


 ヒュンッヒュン――!

        

       ――カカッ!!


 多勢に無勢などという戦の理(ことわり)すらものともせず、死角の闇を喰い破ったのは、大和の王と知将の圧倒的な武の烈風であった。


 モモが手にするは大王より賜(たまわ)りし【布都御魂(ふつのみたま)の写し】。――その至高の神剣が冷徹に閃けば、温羅の尖兵たちの喉笛から鮮血が夜明けの空へと舞う。

 キジの放つ強烈な弓弦(ゆづる)の音が狭い通路に鳴り響いては、重い鉄の鎧を纏った鬼たちが防備を整える間もなく次々と床へと頽(くずお)れていった。


 二人きりという最悪の孤立は、彼らにとって、縦横無尽に神剣を振るうための広場に過ぎなかったのだ。

 待ち構えていた伏兵どもが一瞬で肉塊へと化していく凄絶な光景を前に、案内人を気取っていた森彦の細い目は、激しい戦慄(せんりつ)とともに丸く見開かれていた。


「うっひょーーっ!強ええぜ、大和の王さまっ!」


 男は慌てていつもの歪な声を張り上げ、大袈裟に両手を叩いてその武勇を讃(たた)えてみせる。しかし、漆と煤に汚れた面の裏側では、


(ウッソだろぉ!?)


と、魂の底からの悲鳴のような驚愕が、狂おしく渦巻いていた。


 温羅様の尖兵が最も狙いやすく、大和の武器が届かない死角を完璧に計算してハメ殺すはずだったのだ。

 ――それなのに、この大和の若き王は、温羅様の鉄の防備を、ただの力任せと圧倒的な速さだけで木端微塵にブチ破りやがった。


 口の奥で、さきほど分け合って胃に収めた、あのパサついた黍(きび)の味がふいに強烈に蘇(よみがえ)る。

 裏切るべき敵のはずなのに、その規格外の王の器を目の当たりにしたサルの胸の奥で、恐怖を通り越した、名付けようのない奇妙な高鳴りが激しく脈打ち始めていた。


 巨門を内側から固くロックしているのは、人間の胴回りほどもある巨木を削り出した【閂(かんぬき)】。そして、それを何重にも繋ぎ止める、おぞましく太い【鉄の鎖】であった。


「……至高の神剣といえど、これで刃を毀(こぼ)すわけにはいかないな」


 モモは神剣の写しを即座に鞘へと収めた。

 神の宿る刃を、こんな無骨な丸太や鉄鎖を叩き壊すための粗暴な肉体労働で汚すわけにはいかないのだ。

 武人としての冷静な判断のもと、モモは足元に転がった尖兵の死体から、吉備の黒鉄で打たれた、ずっしりと重い無骨な【戦斧(いくさおの)】を引きずり上げた。


 その時、砦の奥の通路から「曲者だ!」「門を死守せよ!」と、温羅の増援の尖兵たちが次々と武器を鳴らして雪崩れ込んできた。

 その数は十数を超えている。


 モモが舌打ちをして斧を構え直そうとした、その刹那(せつな)であった。

 鋭き風切り音とともに、突撃してきた先頭の鬼の喉笛を一筋の矢が貫く。キジがモモの前にすっと割り込み、背の強弓を満月にまで引き絞りながら、鋭い声音を飛ばした。


「私が背中を守っている! お前は閂をなんとかしろ!」


「――任せた、キジッ!」


 曇りのない信頼を背中に預け、モモは巨大な鉄斧を両腕で力任せに振り上げた。

 泥まみれの足で地を固く踏みしめる。骨肉が軋むほどの力で、黒鉄の刃を閂へと叩きつけた。


ドゴォン!!


 凄まじい衝撃音が門裏に反響する。

 火花が激しく飛び散り、分厚い木片がモモの頬を容赦なく引っ掻いて弾け飛んだ。


 そのモモの背後。キジは一歩も退かぬ構えのまま、驚異的な神速で矢を番え、引き絞り、放ち続けた。


 ヒュウ、ヒュウ、と風を裂く剛矢が、モモの斧の邪魔をさせまいと、迫る敵の眉間や胸当を正確無比に射ち抜いていく。


一撃では破れない。

 モモは荒い息を吐きながら、二撃、三撃と、肉体の限界を爆発させるように斧を振り下ろし続けた。


 だが、温羅の増援は容赦なく通路を埋め尽くしていく。

 弓を引き絞るキジの美しい指先はすでに裂け、弦に血が滲んでいた。


「くそっ、まだかかるか?モモっ!」


 余裕をかなぐり捨てた、キジの焦燥の叫びが響く。

 その声を背中に浴びた瞬間、モモの全身の血が、狂おしく沸き立った。両腕の筋肉が千切れ飛ぶほどの力で、黒鉄の巨大な斧を天へと大きく振りかぶる。


「これで、どおおだああああああ!!」


 肺腑をすべて吐き出すような咆哮とともに、最後の渾身の一撃を閂(かんぬき)へと叩きつけた。


――ガァン!!!


 ついに悲鳴をあげた巨木が、凄まじい裂け目とともに「メキメキ」と根元から崩壊し、厚い鉄の鎖が火花を散らして千切れ飛ぶ。


内側からの強烈な破壊。

 その衝撃は、門の向こう側で「盾の列」を組み、炉の熱気に耐え抜いていたイヌたちの足元へと、明確な地響きとなって伝わっていった。


「皇子が――皇子がやってくれたぞっ!いくぞ者どもっ!」


「「「「「おおおおおおっ!!!」」」」」


 内側から開けられた鉄扉。

 それまで耐え忍んできたイヌは、もうひと踏ん張りとばかりに声を張り上げると、彼の部下たちがそれに呼応するように吠え、門の中へとなだれ込んでいく。


 砦が制圧されたのは、それから間もなくのことであった――。

 サルの仕掛けた冷徹な「多勢の檻」を、その圧倒的な神剣の武勇で強引に喰い破ったモモとキジ。

 そして、敵の無骨な戦斧(せんぷ)を拾い上げて閂(かんぬき)を叩き割るモモの泥臭い一撃が、門の向こう側で耐え忍んでいたイヌたちの反撃の鬨(とき)の声へと繋がりました。

 大和の知略と、男たちの泥臭い肉体の連携によって、ついに本土最初の関所を完璧に完全攻略(大勝利)です……!

 しかし、この大勝利の裏で、森彦(サル)の面の裏に刻まれた(ウッソだろぉ!?)という驚愕と、口の中に蘇る黍団子の味。

 そして、イヌの重盾の奥底で密かに刻まれた、誰の耳にも届かぬ冷たい秒読みの音が、これからの行進にどのような影を落とすのか……。


 次回、第20話からは、関所を突破した一行が、いよいよ温羅(うら)の支配する本土核心の更なる奥地へと【鉄と炎の行進】を進めてまいります!


「モモとキジの背中を預け合う無双が熱すぎた!」

「ラストのなだれ込みで鳥肌が立った!」


と思ってくださった方は、ぜひページ最下部にある【☆☆☆☆☆(星ボタン)】や【ブックマーク】で応援していただけると、これからの執筆の特大の励みになります!なにとぞよろしくお願いいたします!

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