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鷲ヶ峰への強襲、嵐の中の決死行

 ゴオオオオオオオオオオオオオッッ!!!


 トトの予知通り、瀬戸内の海は二刻(約4時間)で完全に一変していた。


 東の浜を襲うのは、天地をへし折らんばかりの大暴風雨――野分(のわき)である。

 横殴りの豪雨が視界を白く染め上げ、狂暴な雷鳴が鷲ヶ峰の岩肌を激しく震わせる中、モモたちの一行は山頂の大洞窟を目指して峻険な泥道を這うように登っていた。


「くそっ、前が何も見えねえ……!」


 先頭を進むモモが、雨風に消されかける松明の炎をかろうじて掲げ、顔を顰(しか)める。


 漆黒の闇を照らす松明の橙色の光は、一行の唯一の命綱だった。だがそれは同時に、山頂に潜む温羅(うら)の鬼どもに対して「ここに大和の将軍がいるぞ」と位置を知らせる、最悪の死標(まと)でもあった。


――ヒュッ!!


 嵐の風音に紛れて、山影から一本の黒い矢が狂暴に奔った。狙いは松明を持つモモの眉間。


 ドンッ!!!


「ぬおぉっ!!」


 直後、モモの斜め前から躍り出たイヌが、身の丈ほどもある重盾を泥の中に叩きつけ、その矢を寸前で弾き返した。


「皇子! 松明の火を消すわけにはいきませぬが、これでは敵の格好の的(まと)にございます! その松明、拙者の部下に持たせ、皇子は盾の奥へお隠れくだされ!」


 雨水に顔を濡らしながら、イヌが怒号のような大声を張り上げて進言する。


「バカ言え! 狙われるって分かってるもんを、部下に持たせられるかよ!」


 モモはそう叫び返すと、ますます強く松明の柄を握りしめ、不敵に笑ってみせた。


「俺が標的(まと)になって引きつけてやる! 健、その間にあいつらの場所を割り出すぞ! 盾の陰から一歩も出るなよ!」


「……ははっ、本当に無茶を言われるお方だ! 御意ッ!」


 イヌが呆れつつも、魂の底から嬉しそうに獰猛な笑みを浮かべ、重盾を構え直した。イヌとその直属の部下たちが、モモを囲むようにして盾の壁を動かし、全方位からの不意打ちを完璧に防護していく。


「フン、大和の将軍ともあろう者が、死にたがりか。呆れた奴だ」


 嵐の闇の中を、まるで見えているかのような確かな足運びで並走するキジが、長弓を引き絞りながら声を尖らせた。だがその瞳は、大将でありながら誰よりも危険な泥を被ろうとするモモの「規格外の光(器)」に、深く射抜かれていた。


「うるせえ! ほら、キジ、あんたの仲間を救いに行くんだろ、遅れるなよ!」


「言われずとも分かっている。……そこだ!!」


 キジの切れ上がった瞳が、一瞬の雷光に照らされた岩陰の『違和感』を捉えた。

 暴風に煽られる木の葉の揺れとは明らかに違う、執拗にモモの松明を狙う、悪鬼のどす黒い殺気――。


――ヒュッ!!!


 次の瞬間、キジの放った一矢が、嵐の烈風を強引に切り裂いて奔った。


 凄まじい雨音の向こう、岩陰から「ギャッ……!」と短い悲鳴が響き、一本の和弓を握りしめた温羅の伏兵が泥の中にどさりと倒れ込む。寸分の視線のブレもない、闇夜の神速の狙撃であった。


「すっげえ……! 本当に目をつぶってても当てやがる!」


 モモが驚嘆の声を上げる。「言ったろう、この海と島は私の庭だ。――往くぞ、奴らの本拠は目の前だ!」


 キジの先導のもと、襲いかかる伏兵を退けながら山道を駆け上がること、あと数十歩。


 ついに一行は、鷲ヶ峰の山頂――ぎらぎらと光る雷雲の真下にぽっかりと口を開けた、不気味な『巨大な人工洞窟(大洞窟)』の入り口へと到達した。


 地底の底から吹き上げてくるような不気味な生暖かい風が、モモの掲げる松明の炎を激しく揺らす。


 この闇の奥に、キジの仲間たちが囚われており、温羅から島を任された狂暴な悪鬼の将が待ち受けているのだ。



*



 ついに一行は、鷲ヶ峰の山頂――ぎらぎらと光る雷雲の真下にぽっかりと口を開けた、不気味な巨大な人工洞窟の入り口へと到達した。外の野分の暴風雨を遮るように、岩肌の奥からは地底の底で蠢く悪鬼どもの生暖かい気配が、黒い霧のように吹き上げてくる。


「キジ、中の構造は知っているのか?」


 モモが松明の火で洞窟の壁を照らしながら尋ねる。


「バカ言え。さすがに私も、この中のことは知らん。鬼どもがこの島を占拠してから掘ったらしいからな」


 キジは忌々しげに声を尖らせ、長弓を低く構え直した。地元の長である彼女すら全容を知らない、未知の要塞。松明の光が届くのは、わずか数歩先までだ。一歩足を踏み入れれば、どこから悪鬼の刃が飛び出してくるか分からない。


 イヌも重盾を握る手に力を込め、武官としての慎重な眼差しで暗闇を睨み据えた。


「そうか、ならば行き当たりばったりで行くか!」


 モモは布都御魂の写しの柄をニカッと不敵に笑いながら叩いた。


「おい、正気か!?」


 キジが驚愕に声を裏返らせ、目を見開く。


「また、皇子の無茶が始まりましたなぁ」


 イヌは深くため息をつきながらも、すぐに武官としての冷徹な顔つきへと戻り、身の丈ほどもある重盾を構え直した。


「せめて、隊列は決めさせてくだされ。一の隊は、皇子と拙者、留玉臣殿、それと我が精鋭を七名付けまする。二の隊は副長と以下九名、三の隊も同じ構成としましょう。これならば狭い洞窟内でも互いの背中を護り合えまする」


「大和の副将、案外知恵が回るな」


 キジがフッと唇の端を釣り上げ、漆黒の闇の奥へと鋭い視線を走らせる。


「なら、後ろからの奇襲も想定しておけ。鬼どもは汚い手を好む。地元の海の利を知る私の仲間に、一番後ろの『殿(しんがり)』を務めさせる。それでいいか?」


「お見事な着眼点。留玉臣殿の遊撃の兵たちに殿を任せられるならば、拙者らは前方の一撃にのみ集中できまするな」


 イヌが誇らしげに頷く。大和の重厚な組織力と、西国の変幻自在な遊撃の技が、この暗闇の入り口で完璧な一つの『軍隊』として噛み合ったのだ。


「よし! ならば配置は決まりだ! 健、盾を忘れるなよ。キジ、俺の背後は任せた!」


 言うが早いか、モモは松明を高く掲げ、一切の躊躇なく漆黒の人工洞窟の奥へと足を踏み入れた。

嵐の中、ついに鷲ヶ峰の大洞窟に辿り着いたモモ一行。

温羅の手下を討つべく、モモたちは洞窟内へと突入していく!


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