表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
9/14

第9話 火の魔物だって、涼しい部屋が欲しいですわ



「この階層も、涼しくいたしましょう」


 セレスティアがそう言ったあと。


 第九十八階層《灼熱岩窟》には、しばらく炎の爆ぜる音だけが響いていた。


 目の前にいるのは、全身を炎に包んだイフリート。


 その背後にはサラマンダーやフレイムリザードが並び、こちらを警戒している。


 普通の冒険者なら、戦闘になるところだ。


 いや。


 ガレンたち三人に言わせれば、そもそも戦闘にならない。


 全滅するだけである。


 だというのに。


 セレスティアは。


 暑そうだから涼しくすると言った。


『……ナゼ』


 イフリートが、ようやく口を開く。


「何がです?」


『オレタチ、ヒノ、マモノ』


「存じています」


『スズシク、スル?』


「暑いのでしょう?」


『アツイ』


「でしたら必要ですわ」


『……』


 あまりにも単純な答え。


 イフリートは理解できないようだった。


『ヒノ、マモノハ、アツサニ、ツヨイ』


「強いことと、快適であることは別です」


『……』


「ミノタウロスも石床で眠れました」


『ウン』


 後ろのミノタウロスが頷く。


「ですが、柔らかい寝床のほうが好きでした」


『スキ』


「アラクネは蜘蛛糸を戦闘へ使えます」


『ウン』


 最後尾にいるアラクネも答える。


「ですが、綺麗なものを編むほうも好きです」


『スキ』


「でしたら」


 セレスティアはイフリートを見る。


「火に強いからといって、四六時中暑い場所へ置いてよい理由にはなりませんでしょう?」


 イフリートの炎が。


 わずかに揺れた。


『……ダレモ、ソンナコト、イワナカッタ』


「そうでしょうね」


 セレスティアは周囲を見る。


 赤熱した岩。


 溶岩。


 高温の蒸気。


 この場所は。


 確かに火属性魔物にとって有利な環境だ。


 人間が入れば。


 戦う前に体力を奪われる。


 だが。


「戦場として優秀でも、住居として優秀とは限りませんもの」


 セレスティアは。


 きっぱりと言った。


     ◇


「まず、この階層の温度分布を確認します」


 戦闘は。


 起きなかった。


 正確には。


 イフリートたちが。


 どうしていいか分からなくなった。


 というのが近い。


 その隙に。


 セレスティアは管理画面を開いていた。


 ――第九十八階層。


 ――平均気温四十七度。


 ――最高気温六十三度。


「六十三?」


 リシェルが聞き返す。


「どこ?」


「溶岩流周辺です」


「それ、人間が歩く場所じゃないよ」


「火の魔物でも嫌らしいですわよ」


『イヤ』


 イフリートが即答した。


「本当に嫌なんだな」


 ガレンが妙な顔をする。


『ネルトキ、アツイ』


「寝るときも?」


『ユカ、アツイ』


「寝床は?」


『イワ』


 セレスティアの眉が動いた。


「また石ですの?」


『ウン』


「第九十九階層も石床でしたわね」


『ウン』


「第百階層も」


『ウン』


 ミノタウロスまで頷く。


 セレスティアは。


 静かに息を吐いた。


「迷宮」


 ――はい。


「あなた、寝床というものを根本的に軽視していません?」


 ――生命活動に必須ではありません。


「そういうところですわ!」


 ガレンたちは。


 もう慣れてきた。


「また迷宮が怒られてるな」


「毎日一回は怒られてない?」


「改善点が多いんだろ」


 セレスティアは聞こえていたが。


 反論しなかった。


「まず休憩区画を作ります」


『キュウケイ?』


「仕事をしていない時間に過ごす場所です」


『ココデ?』


「この暑さでは休めません」


 セレスティアは階層地図を見る。


「溶岩流から遠い区画は?」


 ――北東区画。


「温度」


 ――三十九度。


「まだ暑いですわね」


 ――火属性個体の活動には適温範囲です。


「活動ではなく休憩です」


 ――……


「最近、都合が悪いと黙る癖がつきましたわね?」


 迷宮は返答しなかった。


     ◇


 問題は。


 冷やす方法だった。


「氷属性魔石は九十六階層」


 ノルドが言う。


「つまり、今すぐ使えない」


「そうですわね」


「水は?」


「あります」


 第九十八階層にも地下水脈はある。


 だが。


 溶岩の影響で。


 そのほとんどが温水になっている。


 リシェルが触れる。


「これ、完全にお風呂の温度だよ」


「第百階層なら喜ばれますのに」


「ここで風呂増やす気?」


「今は増やしません」


「今は、って言った」


 セレスティアは無視する。


「風を起こせる魔物は?」


 ――該当個体を検索。


 一覧が出る。


 第九十九階層。


 シャドウバット。


 第九十七階層。


 ストームハーピー。


 第九十四階層。


 ウィンドドラゴン亜種。


「第九十九階層の蝙蝠の方なら呼べますわね」


 ――可能。


「お願いしてください」


 ほどなく。


 黒い翼を広げた大型の蝙蝠型魔物が。


 数体。


 第九十八階層へやって来た。


『ナニスル?』


「風を起こしていただきたいのです」


『タタカウ?』


「いいえ」


『……』


「涼しくします」


 蝙蝠たちは。


 イフリートを見る。


 イフリートも。


 蝙蝠を見る。


『ヒノヤツ、スズシク?』


「ええ」


『ヘン』


「皆様、同じことを申しますわね」


 だが。


 やってくれた。


 翼を動かす。


 風が生まれる。


 熱気が。


 一方向へ流れていく。


「おお」


 ガレンが声を漏らした。


「少し楽になった」


「でも、温かい風だね」


 リシェルが言う。


「熱を外へ逃がしているだけだからな」


 ノルドが周囲を見る。


「入口と出口を作れば、もっと効率が上がる」


 セレスティアが。


 すぐ反応する。


「換気路ですわね」


「ああ」


「作れます?」


 ――岩盤加工可能。


「では」


「待て」


 ガレンが止めた。


「何です?」


「その顔で『では』って言うと、また階層の形を変えるだろ」


「必要なので」


「やっぱり!」


     ◇


 結果。


 第九十八階層の北東区画には。


 二本の大きな換気路が作られた。


 一方から空気を入れ。


 もう一方から。


 熱気を外へ逃がす。


 そこへシャドウバットたちの風魔術を組み合わせる。


 さらに。


 温度の低い地中水路を探し。


 石壁の内部へ通した。


 完全な冷房ではない。


 だが。


 それでも。


「三十四度」


 ノルドが測定用魔道具を見る。


「まだ暑いけど、さっきより十三度下がった」


『……』


 イフリートたちは。


 新しく作られた休憩区画へ。


 恐る恐る入った。


 そこには。


 石造りの長椅子。


 水場。


 風が通る穴。


 そして。


 熱源から離した寝床。


『……スズシイ』


 一体のフレイムリザードが。


 床へ腹をつけた。


『スズシイ……』


 サラマンダーも。


 壁際へ寝転がる。


 イフリートは。


 立ったまま。


 じっとしていた。


「いかがです?」


『……』


「お気に召しません?」


『チガウ』


「では?」


『シラナカッタ』


 炎の魔物は。


 ゆっくりと。


 石の長椅子へ腰を下ろした。


『ヤスムトキ、スズシイ、ラク』


 セレスティアは。


 少しだけ笑った。


「そうでしょう」


『ズット、アツイノ、フツウ、オモッテタ』


「慣れてしまうと、それが普通になりますものね」


 それは。


 セレスティア自身にも。


 覚えがあった。


 朝から晩まで働くこと。


 王太子の代わりに書類を見ること。


 失敗すれば責められ。


 成功しても。


 当然と言われること。


 それを。


 普通だと思っていた。


 自分が処刑台へ立つまで。


「でも」


 セレスティアは続けた。


「普通だったことが、正しいとは限りませんわ」


 イフリートは。


 何も答えなかった。


 ただ。


 休憩室を見渡していた。


     ◇


 その後。


 話は。


 思ったより早く進んだ。


『ヒャッカイソウ、メシ、アル?』


「あります」


『ウマイ?』


『ウマイ』


 ミノタウロスが答える。


『オンセン?』


『アル』


『スズシイ?』


「温泉は熱いですわ!」


『……』


「入浴後に涼む場所なら作れます」


『オオ』


 なぜか。


 温泉の話へ進んだ。


 リシェルが笑う。


「この迷宮、温泉の噂広がるの早すぎない?」


「赤布ゴブリンが宣伝しているようです」


『イイバショ、ミンナ、シル!』


「悪いことではありませんけれど」


 商売として考えれば。


 優秀ですらある。


「第九十八階層を領地へ編入した場合」


 セレスティアは。


 イフリートたちを見る。


「今の休憩区画を正式に維持できます」


『ウン』


「勤務は交代制」


『ウン』


「食事も用意します」


『ウン』


「ただし」


 セレスティアは。


 少し声を強めた。


「侵入者への対応は、今までと変わる部分があります」


『ナニガ』


「警告を無視して危険区域へ進む方や、皆様へ攻撃する冒険者は迎撃して構いません」


『ウン』


「ですが、降参した方を追い回すことは禁止」


『……』


「罠による事故で飛ばされてきた方も、まず保護します」


 ガレンたち三人が。


 少しだけ表情を変えた。


 自分たちが。


 その最初の例だった。


「それと」


 セレスティアは続ける。


「休憩区画は中立です。人間も魔物も、区画内では戦闘禁止」


 イフリートが尋ねる。


『ニンゲント、イッショ?』


「場合によっては」


『イヤナヤツ、キタラ?』


「宿泊拒否します」


『……』


「領地だからといって、誰でも受け入れる必要はありません」


 イフリートの炎が揺れる。


『ニンゲン、エラバレル?』


「当然です」


『マモノモ?』


「当然です」


『オレタチ、コトワレル?』


「迷惑をかける方なら」


『……』


「人間でも、魔物でも」


 そこは。


 変えない。


「同じですわ」


 イフリートは。


 長い間。


 セレスティアを見ていた。


『……ヘンナ、ニンゲン』


「よく言われるようになりましたわ」


『デモ』


 炎が。


 少し小さくなる。


『キライジャナイ』


 セレスティアは笑った。


「ありがとうございます」


     ◇


 ――第九十八階層。


 ――住民承認率、八十四パーセント。


 ――編入条件達成。


「では」


 セレスティアは。


 迷わず承認した。


 淡い光が。


 《灼熱岩窟》全体を駆け抜ける。


 ――第九十八階層を領地へ編入。


 ――領地範囲拡張。


 ――管理権限更新。


 ――階層環境調整権限を一部解放。


「環境調整?」


 ――領地内に限り、温度・湿度・照明環境の微調整が可能となりました。


 全員が。


 黙った。


 セレスティアも。


 数秒。


 動かなかった。


「……先に言ってくださいませ」


 ――権限未解放でした。


「今までの工事は!?」


 ――有効です。


「そうではなく!」


 ガレンが。


 堪えきれず笑った。


「ははっ!」


「笑い事ではありませんわ!」


「いや、だって」


「換気路まで掘りましたのよ!」


「それで権限解放されたんだろ?」


「……」


 否定できない。


 セレスティアは。


 少し不満そうに管理画面を操作した。


「では試します」


 ――希望温度を設定。


「休憩区画だけ三十度」


 ――設定可能。


 空気が。


 ゆっくり。


 変わっていく。


 暑い。


 だが。


 耐えられないほどではない。


 イフリートたちが。


 目を見開いた。


『スズシイ……』


『スゴイ』


『ココ、ネル』


「寝床は後で増やします」


『オオ!』


 セレスティアは。


 腕を組んだ。


「まあ」


 少し悔しいが。


「今後はかなり楽になりますわね」


     ◇


「それで」


 ガレンが。


 新しく整備された安全区画で。


 水を飲みながら尋ねた。


「俺たち、地上へ帰る話だったよな?」


「そうですわね」


「昨日、九十九階層を整備した」


「はい」


「今日、九十八階層まで領地になった」


「はい」


「この調子だと」


 ノルドが続ける。


「地上に着く前に迷宮全部領地にならないか?」


 セレスティアは。


 少し考えた。


「それはないでしょう」


 三人が。


 ほっとした顔をする。


「百階層ありますもの」


「理由そこ!?」


 リシェルが叫んだ。


「全部は時間がかかります」


「否定する場所が違うよ!」


 セレスティアは。


 不思議そうに首を傾げた。


「でも」


 ノルドが。


 少し真剣な声になる。


「もし本当に、階層ごとに安全区画が増えたら」


「はい」


「冒険者の攻略方法は根本から変わる」


 食料。


 睡眠。


 治療。


 帰還。


 すべて。


 深層攻略を止めていた要素だ。


 それを。


 セレスティアは。


 一つずつ取り除いている。


「八十二階層が最深到達記録だった理由は」


 ノルドは石壁へ背を預ける。


「八十三階層の敵が絶対に倒せないからじゃない」


「では?」


「そこまで行く頃には、全員ぼろぼろだからだ」


 セレスティアは黙って聞く。


「でも」


 ノルドは。


 第百階層の方向を見る。


「あそこまで行けば温泉に入れるって分かってたら」


 ガレンが続ける。


「飯もある」


 リシェルも。


「安全に眠れる」


 三人の視線が。


 セレスティアへ集まる。


「冒険者は来るよ」


 セレスティアは。


 少しだけ。


 目を細めた。


「そうなれば」


「うん」


「宿代が入りますわね」


「やっぱりそこなんだ」


「領民へお給料を払うには収入が必要ですもの」


 そして。


 ふと。


 セレスティアは考えた。


 宿泊費。


 食事代。


 温泉利用料。


 物資販売。


 アラクネの工芸品。


 迷宮内で採れる素材。


「……」


「今度は何だ」


 ガレンが嫌な予感を覚える。


「地上との交易」


「は?」


「必要になりそうですわね」


 三人が黙った。


 セレスティアは。


 指折り数え始める。


「こちらには魔石、鉱石、蜘蛛糸、薬草」


 一つ。


「地上からは布、香辛料、紙、調理器具」


 二つ。


「冒険者が往来すれば運搬もできます」


 三つ。


「宿泊客が増えれば」


 四つ。


「……市場を作れますわね」


「宿の次は市場かよ!」


「必要でしょう?」


「百階層に市場が必要な世界がまずおかしい!」


「今後必要になります」


 セレスティアは。


 至って真面目だった。


 そのとき。


 管理画面が。


 小さく点滅した。


 ――通知。


「何です?」


 ――第九十七階層より、接触要求。


「接触?」


 ――対象個体。


 ――ハイオーク複数。


 ゴルドと同じ種族。


 セレスティアが目を瞬く。


「何のご用件でしょう」


 ――代表個体から伝言。


 文字が浮かぶ。


 ――《ゴルドだけ、ずるい》。


 セレスティアは。


 しばらく。


 その一文を見つめた。


「……はい?」


 ――《料理したい者、ほかにもいる》。


 もう一文。


 ――《休みたい者も、いる》。


 さらに。


 ――《第九十七階層も、領地にしてほしい》。


 ガレンが。


 無言で顔を覆った。


 リシェルは笑い始めた。


 ノルドは天井を見た。


「セレスティア」


「何でしょう?」


「向こうから編入希望、来たぞ」


「……そうですわね」


 セレスティアは。


 九十七階層へ続く階段を見た。


 地上へ帰る道を作っているはずだった。


 それなのに。


 なぜか。


 道を一階層進むたび。


 領地が増える。


「仕方ありません」


 セレスティアは。


 小さく息を吐いた。


「お話だけでも伺いましょう」


 その日の午後。


 世界最難関ダンジョンでは。


 史上初めて。


 魔物側から。


 領地加入の申し込みが行われた。


 地上で悪女と呼ばれ。


 処刑された令嬢の領地は。


 彼女自身が広げるより先に。


 住民のほうから。


 勝手に広がり始めていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ