第10話 第九十七階層から、就職希望者が押し寄せましたわ
はい。ごめんなさい。予約ミスです。ごめんなさい............
「お話だけでも伺いましょう」
セレスティアは確かに、そう言った。
本当に。
お話だけのつもりだった。
だから第九十七階層から代表者が数名ほど来て、勤務環境や領地編入について相談し、それから現地を確認する。
その程度を想定していたのである。
ところが。
「……多くありません?」
第九十八階層の安全区画。
そこへ続く通路を見ながら、セレスティアは頬を引きつらせていた。
『ウン』
隣に立つミノタウロス・ロードが頷く。
「何人くらいいらっしゃいますの?」
『タクサン』
「それは見れば分かりますわ!」
階段の向こうから、延々と魔物たちが上がってくる。
先頭は三体のハイオーク。
その後ろにさらにハイオーク。
さらにゴブリン。
コボルト。
鎧を着たオーク。
大型の猪型魔物。
荷物を抱えた小型魔物。
どう見ても代表団ではない。
引っ越しである。
ガレンが石壁へ寄りかかりながら、呆れた声を出した。
「何人いるんだ、これ」
ノルドが数えようとして、途中で諦める。
「五十は超えてる」
「六十くらいいない?」
リシェルが言った。
赤布ゴブリンが元気よく手を上げる。
『ナナジュウサン!』
「把握していましたの!?」
『ウン!』
「なぜ?」
『キイタ!』
「誰に?」
『ミンナ!』
どうやら一体ずつ聞いて回ったらしい。
最近この赤布ゴブリンは、本人の意図とは関係なく、広報と連絡係のような立場になりつつある。
「七十三……」
セレスティアは額へ手を当てた。
「第九十七階層の住民、全員ではありませんわよね?」
『ゼンインジャナイ』
「よかったです」
『ノコリ、アトデクル』
「よくありませんわ!」
◇
先頭にいたハイオークが、セレスティアの前へ出た。
ゴルドより一回り大きい。
右目に古い傷。
背中には巨大な包丁――ではなく、戦斧を背負っている。
『オレ、バルガ』
「セレスティアです。第百階層を中心とした領地を管理しております」
『シッテル』
バルガは深く頷いた。
『ゴルド、ハナシタ』
「ゴルドが?」
『メシ、ツクッテル』
「ええ」
『キュウカ、アル』
「あります」
『キュウリョウモ』
「試験制度ですが」
『オンセン』
「ありますわね」
『……ズルイ』
「そこへ戻りますのね」
昨日届いた伝言。
《ゴルドだけ、ずるい》。
どうやら相当な本音だったらしい。
『オレタチモ、シゴト、エラビタイ』
セレスティアの表情が少し変わった。
「選びたい?」
『ウン』
バルガは背負っていた戦斧を下ろした。
『オレ、タタカエル』
「見れば分かります」
『ツヨイ』
「それも、おそらく」
『デモ』
大きな手が。
戦斧の柄から離れる。
『ホントハ、カジ、スキ』
「……鍛冶?」
『ウン』
後ろにいた別のハイオークが進み出る。
『オレ、パン』
「パン?」
『ヤキタイ』
さらに別の一体。
『オレ、サカナ』
「魚を?」
『トル』
次。
『オレ、タテモノ』
「建築?」
『イシ、クムノ、スキ』
次々と。
手が上がる。
『キノコ、ソダテル』
『ブタ、ソダテル』
『フク、ツクル』
『ソウジ、スキ』
『ハコ、ツクル』
『ハコ?』
骸骨兵たちが。
遠くから一斉に反応した。
カタカタカタカタ!
「皆様、落ち着いてくださいませ!」
箱職人候補へ。
骸骨兵たちが猛烈な勢いで集まり始めた。
『ハコ?』
職人らしきコボルトが困惑する。
骸骨兵の一体が、両腕を大きく広げた。
『オオキイ』
別の一体が蓋を開閉する仕草。
『フタ』
さらに一体。
『フカフカ』
「もう注文が始まっていますの!?」
カタカタ!
どうやら。
第百階層における箱市場は。
セレスティアが知らない間に、かなり大きな需要を抱えていたらしい。
◇
「少し整理いたしましょう」
そのままでは話が進まない。
セレスティアは第九十八階層の安全区画へ、簡易の机を用意した。
その向こうに座り。
第九十七階層から来た魔物を一人ずつ確認していく。
「お名前」
『バルガ』
「現在の仕事」
『ケイビ』
「得意なこと」
『カジ』
「やりたい仕事」
『カジ』
「戦闘勤務は?」
『キライジャナイ』
「では非常時にはお願いできます?」
『ウン』
「通常は鍛冶部門候補」
石板へ書き込む。
「次」
『モグ』
「現在の仕事」
『ケイビ』
「得意」
『パン』
「希望」
『パン』
「皆様、警備しかしていませんのね……」
『ウン』
次。
『ドル』
「現在」
『ケイビ』
「得意」
『イシクミ』
「希望」
『イシクミ』
「次」
『ボボ』
「現在」
『ケイビ』
「得意」
『ソウジ』
「希望」
『ソウジ』
「……」
十人。
二十人。
三十人。
確認するほど。
セレスティアの顔から表情が消えていった。
全員。
現在の担当業務。
《侵入者迎撃》。
あるいは。
《警備》。
それだけ。
「迷宮」
――はい。
「職業適性というものは、今まで確認していました?」
――戦闘能力を基準として配置しています。
「それ以外は?」
――優先度低。
「でしょうね」
――合理的配置です。
「どこがです!」
セレスティアは机を叩きそうになり。
寸前で止めた。
「パンを焼きたい方に槍を持たせ、鍛冶職人に見張りをさせ、掃除が好きな方を戦わせて、どこが合理的ですの!」
――迷宮の目的は侵入者排除です。
「でしたら聞きます」
セレスティアは。
石板へ書かれた一覧を見る。
「武器が壊れたら?」
――補充。
「誰が直します?」
――新規生成。
「魔力消費は?」
――発生します。
「鍛冶師が修理すれば?」
沈黙。
「居住区画が壊れたら?」
――修復。
「建築のできる方が直せば?」
沈黙。
「食料は?」
――標準魔力栄養塊。
「それは食事として数えません」
――生命維持には――
「数えません」
――……
ガレンが、後ろで腕を組んでいる。
「完全に役所の無駄を潰してる顔だな」
リシェルが小声で尋ねる。
「王宮でもこんな感じだったのかな」
「たぶんな」
「だから嫌われたんじゃ……」
「聞こえておりますわよ?」
「ごめんなさい」
即座に謝った。
◇
七十三名。
全員の希望を聞き終えた頃には。
昼を過ぎていた。
「……お腹が空きましたわね」
『メシ!』
ミノタウロスが立ち上がる。
「あなたは何もしていませんでしょう」
『マッテタ』
「待機も仕事ではありますけれど」
『ハラヘッタ』
「結局そこですのね」
すると。
階段の下から。
良い香りが漂ってきた。
「これは……」
『ゴルド!』
ミノタウロスの反応だけ異常に早い。
間もなく。
巨大な鍋を乗せた台車が上がってきた。
押しているのはゴルドと数体のゴブリン。
『メシ、モッテキタ』
「まあ。ありがとうございます」
『ヒト、オオイ、キイタ』
「誰から?」
『アカ』
赤布ゴブリンが。
胸を張った。
「本当に連絡係として優秀ですわね……」
鍋の中身は。
茸と肉をたっぷり入れたスープ。
さらに。
焼きたてではないが、魔力麦のパン。
第九十七階層から来た魔物たちが。
ざわついた。
『コレ……』
『メシ?』
『クロイノジャナイ』
『ニオイ、スル』
セレスティアは。
その反応で。
理解した。
「皆様も、栄養塊だけでしたのね」
『ウン』
バルガが答える。
『ゴルド、メシ、ウマイ、イッテタ』
「でしたら」
セレスティアは立ち上がった。
「まず食べてくださいませ」
『……イイ?』
「そのために持ってきてくださったのでしょう?」
ゴルドが。
大きく頷いた。
『タクサン、ツクッタ』
「では配りましょう」
◇
七十三名。
それに。
第九十八階層の魔物。
セレスティアたち。
安全区画は。
ちょっとした宴会のようになった。
『ウマイ!』
『アッタカイ!』
『ニク!』
『パン!』
あちこちから声が上がる。
ミノタウロスは。
当然のように二杯目へ行こうとして。
「あなたは一杯食べたでしょう!」
『オカワリ』
「新しい方が先!」
『……』
「並ばない!」
『ブモ……』
しょんぼりした。
最近。
この巨大魔物を。
あまり恐ろしく感じなくなっている自分が。
少し心配になる。
その一方で。
第九十七階層から来たハイオークたちは。
食事をしながら。
ゴルドを見ていた。
『ゴルド』
『ウン?』
『タノシイ?』
ゴルドは。
しばらく考える。
それから。
厨房で使う肉切り包丁を軽く叩いた。
『タノシイ』
『マイニチ?』
『ウン』
『タタカワナイ?』
『トキドキ、テツダウ』
『ヤスミ?』
『アル』
『……』
バルガたちが。
静かになる。
ゴルドは続けた。
『キノウ、ヤスミ』
『ナニシタ』
『レシピ、カイタ』
「休みの日まで料理のことをしていましたの!?」
『スキダカラ』
「まあ……仕事として命令されていないなら構いませんけれど」
セレスティアは少し悩む。
好きなことを仕事にすると。
休日までやり始める。
また新しい注意点だった。
そのとき。
パンを希望していたハイオークのモグが。
ゴルドへ近づいた。
『オレモ、ツクリタイ』
『パン?』
『ウン』
『ツクレ』
『……イイ?』
『イイ』
ゴルドは。
あっさり答えた。
『アシタ、オシエル』
モグが。
目を見開いた。
『オシエル?』
『ウン』
『オレニ?』
『ウン』
『……』
その場で。
泣き始めた。
「また泣く方が増えましたわ!」
『ケムリ』
「ここには煙ありませんでしょう!」
ゴルドが。
モグの肩を叩いた。
『ケムリ』
『ウン、ケムリ』
「二人で合わせないでくださいませ!」
周囲から。
笑い声が上がった。
魔物たちの。
本当に楽しそうな笑いだった。
◇
「結論を申し上げます」
食後。
セレスティアは。
第九十七階層から来た者たちを前に立った。
「皆様を、すぐに第百階層へ移住させることはできません」
空気が。
少し沈んだ。
『ナゼ』
バルガが尋ねる。
「住居が足りません」
『イワデ、ネル』
「駄目です」
『デモ』
「せっかく石床から卒業させているのに、七十三人増えたから石床へ戻すなど本末転倒です」
それに。
もっと重要な問題がある。
「皆様全員を下へ移せば、第九十七階層が空になります」
『ウン』
「それでは困ります」
『ニンゲン、クル』
「それもあります。ですが」
セレスティアは。
第九十七階層の情報を見る。
キノコ栽培可能区画。
鉱石。
鍛冶に適した火口。
水源。
広い居住区。
「第九十七階層には、ここにしかないものがあります」
『……』
「なら」
セレスティアは微笑んだ。
「第九十七階層そのものを、暮らしやすくすればよろしいでしょう?」
沈黙。
ガレンが。
小さく呻いた。
「言うと思った」
ノルドも頷く。
「もう驚かない」
リシェルだけは笑っている。
「私、ちょっと楽しみになってきた」
「何がです?」
「どこまで増えるのか」
「領地が?」
「うん」
セレスティアは。
少し呆れた顔をする。
「目的は地上への帰還路整備ですわよ?」
三人が。
何とも言えない表情をした。
その目的。
もう誰も信じていなかった。
◇
第九十七階層。
そこは。
セレスティアが想像していたより。
ずっと暮らしに向いた場所だった。
巨大な地下空洞。
壁には複数の鉱脈。
中央には地底川。
奥には。
大量の茸が生えている区画まである。
「まあ」
セレスティアの目が輝く。
「食料生産ができますわね」
『デキル?』
「できます」
さらに。
鍛冶を希望するバルガに案内され。
使われていない小部屋へ入る。
そこには。
古い炉。
金床。
壊れた工具。
鍛冶場だった痕跡があった。
『ムカシ、ツカッテタ』
「誰が?」
『シラナイ』
かなり昔。
迷宮内にも。
生産職が配置されていた時代があったのかもしれない。
だが。
今は放置されている。
バルガが。
錆びた金槌を拾った。
『コレ、ナオセル』
「本当?」
『ウン』
『ココモ』
炉を見る。
『ツカエル』
「どれくらいかかります?」
『ミッカ』
「材料は?」
『アル』
「では」
セレスティアは。
当たり前のように言った。
「お願いします」
バルガが。
動かなくなった。
『……イイ?』
「そのために来たのでしょう?」
『カジ、シゴトニ?』
「ええ」
『ホントニ?』
「何度聞くのです」
バルガは。
金槌を。
ぎゅっと握った。
『……ヤル』
「ただし」
セレスティアが指を一本立てる。
『ウン』
「三日間、寝ないのは禁止です」
『……』
「今、やろうと思いましたね?」
『チョット』
「駄目です!」
どうして。
好きな仕事を与えると。
全員。
休まなくなる方向へ進むのか。
セレスティアは。
新しい悩みを抱えた。
◇
その日の夕方。
第九十七階層の住民を集め。
正式な編入確認が行われた。
話す内容は。
もうほとんど同じだった。
交代勤務。
休日。
食事。
仕事の適性配置。
負傷時の治療。
貢献票。
安全区画。
ただし。
今回は一つ。
新しい項目を加えた。
「生産したものには、追加で貢献票を付与します」
『セイサン?』
「鍛冶。料理。衣服。農作物。工芸品などです」
ざわめき。
「もちろん」
セレスティアは続ける。
「必要なものを作れば、必ずそれを仕事にしなければならないわけではありません」
アラクネを見る。
「趣味で作りたい方は、趣味のままで結構です」
『ウン』
「売りたいと思ったときだけ、売ればいい」
領地で。
初めて。
戦闘以外の価値を。
制度として認める。
「皆様が何をできるのか」
セレスティアは。
周囲を見回した。
「わたくしも、まだ知りません」
だから。
「教えてくださいませ」
その言葉に。
第九十七階層の魔物たちは。
互いを見た。
戦えるか。
強いか。
侵入者を倒せるか。
これまで。
聞かれるのは。
そればかりだった。
だが。
初めて。
何が好きか。
何が得意か。
何をしたいか。
聞かれた。
やがて。
一人。
手が上がった。
『オレ、キノコ』
「栽培ですね」
『ウン』
次。
『フク』
「裁縫?」
『ウン』
次。
『ウタ』
「……歌?」
『ウン』
「それは仕事になるか分かりませんけれど」
一瞬。
しょんぼりした。
「でも」
セレスティアは。
慌てて続けた。
「食堂で歌っていただくのは楽しそうですわね」
『……イイ?』
「皆様が嫌でなければ」
『ウタウ!』
また一人。
『オレ、オドリ』
「踊り?」
『ウン!』
「一気に娯楽部門が生まれましたわね……」
リシェルが。
隣で笑いを堪えている。
「いいじゃん。宿に音楽あったら楽しいよ」
「確かに」
「そのうち酒場もできそう」
セレスティアの動きが止まる。
「酒場」
「あ」
リシェルが。
しまった、という顔をした。
「なるほど」
「待って。今の忘れて」
「食堂の夜間営業を――」
「忘れて!」
「お酒を作れる方は?」
『イル!』
後ろから。
元気な声が上がった。
「いらっしゃるの!?」
『キノコ、ハッコウ!』
「茸酒ですの!?」
セレスティアの頭の中へ。
また新しい施設候補が追加された。
食堂。
宿。
温泉。
工房。
市場。
そして。
酒場。
「……」
ガレンが。
遠い目をした。
「本当にダンジョンだよな、ここ」
ノルドが答える。
「一応」
「そのうち町になるんじゃねえか?」
リシェルが。
第百階層の方向を見た。
「もう半分くらい、なってない?」
◇
――第九十七階層。
――住民承認率、九十六パーセント。
過去最高だった。
「随分高いですわね」
――領地加入希望申請済み個体が多数存在します。
「なるほど」
セレスティアは承認する。
淡い光が。
第九十七階層へ広がった。
――第九十七階層を領地へ編入。
――領地範囲拡張。
――生産施設管理権限を解放。
――住民職業設定機能を解放。
「まあ」
表示が。
次々と増える。
鍛冶師。
料理人。
農耕。
建築。
清掃。
運搬。
警備。
治療。
商業。
その他。
「これで正式に配置できますわね」
セレスティアが嬉しそうに言う。
ところが。
次の表示。
――領地人口が規定値を超過。
――新機能を解放。
「何でしょう?」
――《領都設定》。
セレスティアが。
固まった。
「……領都?」
ガレンが覗き込む。
「何て?」
「領都です」
「領都って、あれか?」
「領地の中心都市ですわね」
「都市?」
三人が。
同時に。
第百階層の方向を見る。
宿。
食堂。
温泉。
休憩室。
これから増える工房。
商店。
酒場。
「……」
誰も。
何も言わない。
やがて。
リシェルが。
小さく笑った。
「町になるって言ったばっかりだね」
「言わないでくださいませ」
セレスティアは。
額を押さえた。
処刑されて。
最下層へ落とされ。
静かに暮らすつもりだった。
それが。
わずか数日で。
三階層を領地にし。
七十人以上の新規住民を抱え。
今度は。
都市を作れと言われている。
「わたくし」
セレスティアは。
深く息を吐いた。
「地上へ戻る気は、まったくないのですけれど」
――領都候補を選択してください。
「話を聞いております!?」
迷宮は。
いつも通り。
答えなかった。
そして。
第百階層では。
何も知らないゴルドが。
明日から増える住民のために。
大鍋を。
もう一つ増やしていた。
世界最難関ダンジョンの最下層に。
宿ができた。
温泉ができた。
仕事ができた。
そして次は。
町ができようとしていた。




