表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/14

第5話 魔物にも、お給料を払いますわ



「働いているのに、お給料がない?」


『ウン』


「三百六十二日働いて?」


『ウン』


「休暇もなく?」


『ウン』


「食事は、あの黒い栄養塊?」


『ウン』


「寝床は石床?」


『ウン』


 世界最難関ダンジョン《終焉迷宮アビス》第百階層。


 その朝。


 領主セレスティアは、長机の向こうに座るミノタウロス・ロードを見つめていた。


 正確には。


 見つめていたというより。


 微笑んでいた。


 にっこりと。


 とても美しく。


 とても怖く。


「そうですの」


 背後で朝食を食べていた三人の冒険者が、揃って匙を止めた。


「なあ」


 ガレンが小声で言う。


「怒ってるよな、あれ」


「怒ってる」


 ノルドが即答した。


「ものすごく怒ってる」


 リシェルも頷く。


「笑ってるけど」


「笑ってるから怖えんだよ」


 三人がひそひそ話している間にも。


 セレスティアの確認は続いていた。


「ゴルド」


『ハイ』


「あなたも無給?」


『ウン』


「料理人として働きたかったのに、戦闘配置?」


『ウン』


「しかも食材の支給なし?」


『ウン』


「料理帳は自費で?」


『ジヒ……ワカラナイ』


「紙はどうしました?」


『ヒロッタ』


「……拾った」


『ボウケンシャ、オトシタ』


「なるほど」


 セレスティアは静かに管理画面へ向き直った。


「迷宮」


 ――はい。


「今まで、皆様へ何を対価として支給していましたの?」


 ――生命維持に必要な魔力。


「以上?」


 ――以上です。


「……」


 食堂が静まり返った。


 セレスティアは片手で額を押さえた。


「これは雇用ではありませんわ」


 ――魔物は迷宮構成要素です。


「構成要素」


 ――はい。


「この方々には名前があります」


 ――個体識別名を確認。


「お腹も空きます」


 ――確認。


「眠くもなります」


 ――確認。


「嬉しいことも、嫌なこともあります」


 ――確認。


「でしたら」


 セレスティアはきっぱりと言った。


「物ではありません」


 返答はなかった。


「今後、この第百階層では労働に対して対価を支払います」


 ――通貨の支給元が存在しません。


「そこが問題ですわね」


 セレスティアは腕を組んだ。


 王国貨幣そのものは、冒険者から受け取ることができる。


 だが現時点で、この階層にはほとんど現金がない。


 魔物たちへ金貨を渡したところで。


『キンカ、タベル?』


 ミノタウロスが尋ねた。


「食べません」


『ツヨクナル?』


「なりません」


『ジャア、イラナイ』


「そうなりますわよね……」


 地上の貨幣を、そのまま地下の生活へ持ち込めばいいわけではない。


 金貨を受け取っても。


 使う場所がなければ、ただの金属である。


「では、使える仕組みから作りましょう」


『ツカエル?』


「ええ」


 セレスティアは管理画面を操作する。


 食堂。


 休憩室。


 今後作る予定の宿泊施設。


 物資交換所。


 さらに。


「個人向けの嗜好品も必要ですわね」


『シコウヒン?』


「なくても生きられますが、あると嬉しいものです」


 ミノタウロスが考える。


『ニク?』


「あなたの場合はそうかもしれません」


『オオ』


「ゴルドは?」


『ホウチョウ』


「料理道具ですわね」


『アタラシイ、ナベモ』


「いいでしょう」


 近くにいた小型ゴブリンへ尋ねる。


「あなたは何が欲しいです?」


『……アカイ、ヌノ』


「布?」


『ウン』


 ゴブリンは少し恥ずかしそうに、自分の腰布を指差した。


『カッコイイ、ヤツ』


「まあ」


 初めて知った。


 彼にも好みがある。


「では、そういうものを交換できるようにしましょう」


 王国貨幣ではなく。


 まずは迷宮内だけで使えるもの。


 働いた分だけ貯まり。


 食事の追加。


 より良い寝具。


 衣服。


 道具。


 嗜好品。


 さまざまなものと交換できる。


「《迷宮貨》……では味気ないですわね」


 ノルドが口を挟んだ。


「ポイントとか?」


「ポイント?」


「冒険者ギルドでも貢献度を数字で管理することがある」


「なるほど」


 セレスティアは少し考えた。


「では《貢献票》にしましょう」


 ――新規制度を作成しますか?


「お願いします」


 表示が切り替わる。


 勤務。


 危険業務。


 調理。


 清掃。


 設備修理。


 物資運搬。


 それぞれに一定の貢献票を付与。


 さらに休日勤務には追加分。


「休日に働かせる場合は割増です」


 ――必要ですか?


「必要です」


 ――通常勤務と同一でも運用可能です。


「必要です」


 ――効率が――


「必要です」


 ――承認。


 ガレンが小さく呟いた。


「迷宮、押し負けた」


「たぶん毎回こうなるんだろうね」


 リシェルが答えた。


     ◇


「それでは、試験的に一週間分を支給します」


 セレスティアの言葉に。


 第百階層の魔物たちが集まった。


 ミノタウロス。


 ケルベロス。


 ゴルド。


 ゴブリン。


 リザードマン。


 蝙蝠型魔物。


 そして骸骨兵たち。


 一人ずつ。


 空中に淡い光が浮かぶ。


 ――ミノタウロス・ロード。


 ――貢献票:二百。


『ニヒャク』


「まずは試験運用です。働き方によって調整します」


『ニヒャク、ナニデキル?』


「現在交換できるものは――」


 表示する。


 肉の追加 一皿十。


 夜食 一杯五。


 寝具改良 二十。


 個人用収納箱 三十。


 装飾品 十五から。


 特別料理 三十から。


 ミノタウロスの目が。


 一か所で止まった。


『ニク……』


「そこしか見ていませんわね?」


『ニヒャク、ゼンブ、ニク』


「駄目です」


『ナゼ!?』


「健康を害します」


『オレ、ツヨイ』


「強さと食生活は別です」


『ヒャク、ニク』


「駄目です」


『ゴジュウ』


「二十まで」


『サンジュウ!』


「交渉を覚えましたの!?」


 ミノタウロスが胸を張った。


『コウショウ、ダイジ』


 セレスティアは。


 誰が教えたのかと思った。


 自分だった。


「……二十五」


『サンジュウ』


「二十五です」


『ニジュウハチ』


「刻んできますわね」


『ニジュウナナ!』


「二十五!」


『ブモ……』


「そんな悲しそうな顔をしても増えません!」


 三人の冒険者が笑いを堪えている。


 続いて。


 ゴルド。


 ――貢献票:二百五十。


『ナベ』


「即決ですのね」


『ナベ』


「分かりました」


 ゴルドが選んだのは、新しい深鍋。


 さらに。


『ホウチョウ』


「それも?」


『ウン』


「全部仕事道具ではありませんか」


『ホシイ』


「……まあ、本人が欲しいなら構いませんけれど」


 次はゴブリン。


 例の赤い布を選んだ。


 セレスティアが迷宮内資源から染料を探し、蜘蛛糸布を赤く染めてもらう。


 半日後。


『ミテ!』


 ゴブリンがやって来た。


 赤い布を。


 首へ巻いていた。


「……素敵ですわね」


『カッコイイ?』


「ええ。とても」


『オオ!』


 飛び跳ねて喜ぶ。


 それを見ていた別のゴブリンが近づいた。


『オレ、アオ』


「青?」


『アオ、ホシイ』


「では働いた分を貯めましょう」


『ウン!』


 その隣から。


『オレ、キイロ』


「はいはい」


 さらに。


『ムラサキ』


「分かりました」


 急に色違いが増えた。


「制服になりそうですわね……」


 セレスティアは苦笑する。


 だが。


 悪くない。


 今までは。


 戦うためにしか存在していなかった彼らが。


 自分の欲しいものを考えている。


 次の休みに何をするか。


 何を食べるか。


 何を身につけるか。


 そんなことを。


 楽しそうに話している。


「働く理由が、死なないためだけでは寂しいですものね」


 セレスティアは小さく呟いた。


     ◇


「それで」


 昼食後。


 ガレンがセレスティアのところへ来た。


「俺たちの宿代なんだが」


「まだ気にしていましたの?」


「そりゃ気にするだろ」


 食事。


 治療。


 寝床。


 何一つ払っていない。


「命を助けてもらったうえに、タダ飯食って寝てるだけってのは落ち着かねえ」


 ノルドも頷く。


「現金は少し残っている」


 第四十一階層で荷物の大半を失ったが。


 身体へ身につけていた小銭入れだけは無事だった。


 金貨七枚。


 銀貨十二枚。


 銅貨少々。


「受け取ってくれ」


 差し出された袋を見る。


 セレスティアは少し考えた。


「治療期間中の宿泊料はいただきません」


「だから」


「ただし」


 人差し指を立てる。


「食事代は、今後少額いただきましょう」


「いいのか?」


「ええ。それと、回復後も滞在される場合は宿泊料金をいただきます」


 ガレンが笑う。


「そのほうが助かる」


「払うほうが?」


「客としていられるからな」


 セレスティアは。


 その言葉に少しだけ目を瞬いた。


 客。


 そういう考え方もある。


 救助された者ではなく。


 施しを受ける者でもなく。


 料金を払い。


 サービスを受ける。


 対等な関係。


「分かりました」


 セレスティアは頷いた。


「では、最初のお客様としてきちんと料金表を作りますわ」


「おう」


「料理長の食事は少し高くします」


『ナゼ!?』


 遠くからゴルドの声が飛んできた。


「聞いていましたの!?」


『オレノ、リョウリ!』


「価値があるから高くするのです!」


『……』


 沈黙。


 数秒後。


『カチ、アル?』


「もちろん」


 ゴルドが。


 また泣き始めた。


「だから毎回泣かないでくださいませ!」


『ケムリ!』


「ここ食堂ではありませんわよ!」


     ◇


 料金表は。


 その日の夕方には完成した。


 簡易寝台一泊。


 食事付き。


 負傷者の応急処置。


 装備保管。


 荷物預かり。


 まだ内容は少ない。


 けれど。


 食堂の入口横へ掲げると。


「なんか、本当に宿っぽくなってきたな」


 リシェルが言った。


「まだ三室しかありませんけれど」


「三室もあるんだ」


「明日増やします」


「増やすんだ……」


「当然でしょう?」


 セレスティアは首を傾げる。


 人間の宿泊客は三人しかいない。


 次にいつ来るかも分からない。


 そもそも。


 普通なら百階層へ辿り着けない。


 それでも。


「準備しておいて困ることはありませんわ」


「セレスティア」


「はい?」


「たぶん普通の領主は、客が来る見込みを調べてから宿を増やすと思う」


「ここは普通の領地ではありませんので」


「それ言われると何も言えない」


 リシェルが笑った。


 そのときだった。


『セレスティア!』


 ゴブリンの一体が。


 勢いよく駆け込んできた。


「どうしました?」


『ミズ!』


「水?」


『アツイ、ミズ!』


「厨房ならお湯を――」


『チガウ!』


 ゴブリンはぶんぶんと首を振る。


『ユカ、ホッタ! デタ!』


「床から?」


『ウン!』


 何の話だろう。


 セレスティアは案内されるまま、未使用区画へ向かった。


 第百階層の端。


 昨日から、排水路を作るためにゴブリンたちへ浅い溝を掘ってもらっていた場所だ。


 その一角から。


 白い湯気が上がっていた。


「……まあ」


 岩の割れ目。


 そこから。


 こんこんと。


 透明な湯が湧き出している。


 セレスティアが指先を入れる。


「温かい」


 いや。


 ちょうどいい。


 身体を浸けるには。


 かなり心地よさそうな温度だった。


 ノルドが後ろから覗き込む。


「地下熱で温められてるのか?」


 リシェルも触れて。


 目を丸くした。


「これ、ただのお湯じゃないよ」


「何です?」


「魔力が含まれてる」


 神官としての感覚なのだろう。


 リシェルは手を浸したまま目を閉じる。


「微弱だけど……回復効果がある」


「回復?」


「疲労と魔力の回復。たぶん傷にも少し効く」


 セレスティアの動きが。


 止まった。


 宿。


 食堂。


 休憩室。


 そして。


 回復効果を持つ天然の湯。


「……これは」


 ガレンが嫌な予感を覚えた。


「おい」


「浴場を作れますわね」


「やっぱり!」


 セレスティアの顔が。


 今日一番。


 輝いた。


「石材はあります」


 指を一本。


「排水路も作れます」


 二本。


「お湯は勝手に湧いています」


 三本。


「しかも回復効果付き」


 四本。


「完璧ですわ」


「何が完璧なんだよ」


「温泉宿です!」


 セレスティアは。


 とうとう言ってしまった。


 世界最難関ダンジョン。


 その最下層に。


 温泉宿を作る、と。


 ミノタウロスが首を傾げる。


『オンセン?』


「大きなお風呂です」


『フロ?』


「温かいお湯へ入ります」


『ナゼ?』


「気持ちいいからです!」


 きっぱり。


 ミノタウロスはしばらく考えた。


『……メシ、デル?』


「温泉と食事は別です!」


『デモ、ハイッタラ、ハラヘル』


「それは……」


 否定できない。


「……湯上がり用の軽食も考えましょう」


『オオ!』


「だから食べ物への理解だけ早すぎますわ!」


 こうして。


 休日。


 食堂。


 宿。


 給与制度に続き。


 第百階層へ。


 新しいものが生まれようとしていた。


 地上の貴族たちがセレスティアを悪女と呼び。


 王国から追放した、その地下深くで。


 彼女は。


 魔物へ給料を払い。


 冒険者を泊め。


 ついには温泉まで掘り当てた。


 まだ誰も知らない。


 この湯が後に。


 冒険者ギルドで、


 ――一度入ると地上の風呂へ戻れない。


 とまで言われる。


 《奈落の湯》になることを。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ