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第16話 助けてほしいと言われましたので、まず事情を聞きますわ



 翌朝、領都ネストの役所前には、出発のための荷物が整然と積まれていた。


 第九十五階層を経由し、第九十四階層まで向かう。


 目的は、地上への帰還路を確認すること。そして昨夜ネストを訪れた小柄な魔物から頼まれた、第九十四階層の状況確認である。


 もっとも、セレスティアは今回、一つだけ心に決めていることがあった。


「今日は、到着したからといって、すぐ領地へ編入するつもりはありません」


 そう宣言した途端、出発準備をしていたガレンが手を止めた。


「どうした。熱でもあるのか?」


「失礼ですわね」


「だって、ここ数日ずっと『困ってる』『じゃあ直す』『領地にする』だっただろ。俺たち、地上へ帰るために上へ向かってるはずなのに、今じゃ四階層くらいお前の領地になってるぞ」


「結果としてそうなっただけです。最初から領地を増やすために出向いているわけではありません」


 セレスティアは外套の留め具を整えながら、少しだけ眉を寄せた。


 言われてみれば。


 第九十九階層では休憩所を作った。


 第九十八階層では暑さを改善した。


 第九十七階層では、働きたい仕事を選べない者たちがいた。


 第九十六階層では、寒さに耐えている者たちがいた。


 そのたびに住民から希望され、編入してきた。


 間違ったことをしたとは思っていない。


 だが、困り事があることと、領地になることは同じではない。


 昨夜それを考えた。


「助けを求められたなら助けます。ですが、その方々がわたくしの領民になりたいかどうかは別問題でしょう?」


 ノルドが感心したように頷いた。


「それはそうだな。第九十五階層のスノーガルーダみたいに、住む場所は今のままで、休むときだけネストを使いたい者もいる」


「ええ。ですから今回は、まず話を聞きます。それから必要なことを考えますわ」


 リシェルが隣で笑った。


「ずいぶん領主らしくなったね」


「最初から領主です」


「最初は『ここ、わたくしの領地にしますわ』って宣言しただけだったけど」


「その話はもうよろしいでしょう!」


 少し声を強くすると、荷物を背負っていた赤布ゴブリンが楽しそうに笑った。


 その横ではミノタウロス・ロードが大きな背嚢を背負っている。中身の半分は保存食である。


「あなた、食料を入れすぎではありません?」


『ヒツヨウ』


「何日行くつもりですの」


『イチニチ』


「一日でその量は必要ありません!」


『ミンナ、タベル』


「全員分は別に用意しております!」


 ミノタウロスはしばらく考えたあと、背嚢を抱えて離れようとした。


「待ちなさい。どこへ持っていくのです?」


『アズケル』


「どこへ?」


『ゴルド』


「厨房へ返すだけでしょう!」


 朝から騒がしい。


 だが、こういう騒がしさにも慣れてきた。


 セレスティアは自分の荷物を持ち上げながら、ふとネストの中央広間を見回した。


 宿の前には宿泊客。


 食堂からは焼きたてのパンの匂い。


 役所には朝の相談を待つ者たち。


 温泉帰りらしい骸骨兵は、今日も妙に骨が艶々している。


 最初にこの場所へ落とされた日には、何もなかった。


 ほんの少し前のことなのに、今では信じられない。


「では、参りましょう」


 セレスティアの声に合わせ、一行は上層へ続く階段へ向かった。


     ◇


 第九十五階層へ足を踏み入れると、空気はさらに冷たくなった。


 第九十六階層も十分に寒かったが、こちらは質が違う。


 床には腰ほどの高さまで雪が積もり、時折、洞窟内とは思えないほど強い風が通路を吹き抜けていく。青白い氷柱が天井から垂れ下がり、奥には雪煙で視界さえ利かない区画がある。


「これは……想像以上ですわね」


 セレスティアが外套の前を押さえると、先導していたスノーガルーダが振り返った。


『ココ、イツモ』


「いつも、この吹雪なのです?」


『ウン』


「寝る場所も?」


『カゼ、ヨワイトコ』


「弱いだけで吹いている?」


『ウン』


 セレスティアは答えず、周囲を観察した。


 昨夜ネストへやって来たスノーガルーダたちは、「第九十五階層も寒い」と言っていた。


 その言葉を聞いたときには、第九十六階層と同じく暖かな休憩室を作れば済むと思いかけた。


 だが、実際に来てみると違う。


 問題は単純な気温だけではない。


 風。


 吹雪。


 積雪。


 移動そのものが大きな負担になっている。


「皆様は、この場所で普段どのようなお仕事を?」


『ミハリ』


「侵入者の?」


『ウン』


「一日どれくらい?」


 スノーガルーダは首を傾げた。


『ズット』


 セレスティアの眉が動く。


「交代は?」


『トキドキ』


「休暇は?」


『ナイ』


「食事は?」


『クロイノ』


 後ろでガレンが小さく呻いた。


「いつものだな」


「いつもの、と言わないでくださいませ。慣れてはいけません」


 セレスティアは管理画面を呼び出した。


 第九十五階層の限定情報が表示される。


 やはり勤務体系は似たようなものだった。


 だが、それ以上に気になる項目がある。


「……吹雪発生装置?」


 ノルドが横から覗き込む。


「自然じゃないのか?」


「半分は自然ですが、迷宮設備によって増幅されています」


「侵入者の視界と体力を奪うためか」


「そのようです」


 迷宮へ尋ねる。


「この吹雪設備、止められます?」


 ――当該階層は未編入です。


「一時的な出力低下は?」


 ――緊急管理権限の対象外です。


「では第九十五階層の皆様自身で操作は?」


 ――管理権限を付与していません。


「……」


 セレスティアは目を閉じた。


 また。


 である。


 強力な防衛設備。


 だが、その影響を最も受けているのが、そこで暮らす魔物たちなのだ。


『セレスティア』


「はい?」


 スノーガルーダが、少し遠慮がちに尋ねる。


『トメラレナイ?』


「今のわたくしの権限では、勝手には」


『……ソウ』


 落胆が、はっきり分かった。


 すぐに「でしたら領地へ」と言えば、たぶん話は早い。


 編入。


 設備停止。


 休憩室。


 食事。


 いつもの流れ。


 しかし。


 セレスティアは、あえて言わなかった。


「皆様は、この階層を離れたいのです?」


『イヤ』


 返事は早かった。


 セレスティアは少し驚く。


「嫌?」


『ココ、スキ』


 スノーガルーダが翼を広げる。


『ユキ、スキ。ツメタイ、スキ。カゼモ、スキ』


「でも寒いと」


『ズット、ツヨイカゼ、イヤ』


「ああ……」


 ようやく分かった。


 寒さそのものが嫌なのではない。


 雪も好き。


 冷気も好き。


 この階層そのものも好き。


 ただ。


 休むときまで強風が吹き続け。


 仕事中も四六時中吹雪に晒され。


 落ち着ける場所が一つもない。


「全部を暖かくする必要はありませんのね」


『ウン』


「吹雪もなくしたくない?」


『ナクナル、イヤ』


「侵入者への防衛にも必要ですものね」


『ウン』


 セレスティアは、少し恥ずかしくなった。


 危うく。


 自分が快適だと思う状態を。


 そのまま相手へ押しつけるところだった。


 第九十八階層で火の魔物を涼しくした。


 第九十六階層では寒冷種族を暖かくした。


 だから。


 第九十五階層も同じだと思い込んでいた。


「聞いて正解でしたわね」


「何が?」


 リシェルが尋ねる。


「わたくし、もう少しでこの場所へ暖房を入れるところでした」


 スノーガルーダたちが一斉にこちらを見た。


『イヤ』


『アツイ』


『ユキ、トケル』


「分かっております! 入れませんから安心してくださいませ!」


 ガレンが声を出して笑った。


「危なかったな。善意で住民全員泣かせるところだったぞ」


「ですから、先に事情を聞いたのです!」


「昨日決めてなかったらやってただろ」


「……」


「やってたな」


「うるさいですわ!」


     ◇


 第九十五階層で必要なのは、暖房ではなかった。


 風を遮る休息区画。


 それだけなら、今の環境を大きく変えずに済む。


 セレスティアたちは、スノーガルーダたちに案内されながら、吹雪の弱い岩陰へ向かった。


 途中には巣がいくつもある。


 氷と枝。


 雪を固めた壁。


 意外なことに、内部はきれいに整えられていた。


 青い石。


 白い羽。


 氷の結晶。


 それぞれの好みで飾られている。


「まあ。素敵ですわね」


『ホント?』


「ええ。こちらはご自分で?」


『ツクッタ』


「この氷細工も?」


『ウン』


 見ると。


 透明な氷で。


 小さな鳥の像が作られている。


 別の巣には。


 雪の花。


 別の場所には。


 複雑な幾何学模様。


 リシェルが一つへ顔を近づける。


「綺麗……」


『ツクルノ、スキ』


「リーネと同じですわね」


『リーネ?』


「第九十九階層で布を編んでいる方です」


『ミタイ』


「今度ネストへいらしたら紹介いたします」


 また。


 戦闘とは無関係の一面が見つかった。


 セレスティアは小さく息を吐く。


 この迷宮では。


 誰もが。


 戦うことしか求められてこなかった。


 けれど。


 実際に話せば。


 料理が好き。


 鍛冶が好き。


 編み物が好き。


 歌が好き。


 氷細工が好き。


 たくさんある。


「この氷細工も、地上なら喜ぶ方がいそうですわね」


 ガレンが像を見ながら頷いた。


「保存方法さえあればな」


「氷属性魔石を使った箱なら?」


 バルガがすぐに反応する。


『ツクレル』


「本当です?」


『コオリバコ』


「保冷箱か」


 ノルドが感心したように呟いた。


「第九十六階層の氷魔石を使えば、地上でもしばらく形を維持できるかもしれない」


 セレスティアの頭の中で。


 資源。


 加工。


 輸送。


 販売。


 線がつながる。


 だが。


 その瞬間。


 昨日決めたことを思い出した。


「……今は置いておきます」


 ガレンが目を丸くした。


「商売の話を?」


「今の目的は第九十四階層への移動と、第九十五階層の皆様から事情を伺うことです」


「成長してる」


「本当に失礼ですわね!」


     ◇


 休息区画の候補は。


 思ったより簡単に見つかった。


 自然にできた横穴。


 三方向を厚い岩壁に囲まれており、入口だけを塞げば吹雪をかなり防げる。


「ここなら」


 セレスティアは。


 雪の中へ手を入れる。


 奥まで風は来ていない。


「壁を作り、入口へ二重扉。それから内部に寝床」


『アッタカク、シナイ?』


「しません」


 スノーガルーダたちが。


 ほっとした。


「ただし」


 セレスティアは笑う。


「温かい食事くらいはよろしいでしょう?」


『……』


 全員の目が。


 少し輝いた。


『サカナ?』


「やはり魚なのですね」


『サカナ』


「食堂へ伝えておきます」


 赤布ゴブリンが。


 すでに走ろうとしていた。


「待ちなさい!」


『ホウコク!』


「今からネストまで戻る気ですの!?」


『ハヤイ!』


「あなたなら本当に行って戻りそうだから怖いのです!」


 結局。


 携帯していた連絡用魔石で。


 ゴルドへ。


 《魚料理の需要あり》。


 と。


 伝えるだけにした。


     ◇


「さて」


 最低限の状況確認を終え。


 セレスティアは。


 スノーガルーダたちへ向き直った。


「一つ確認します」


『ウン』


「皆様は」


 少しだけ。


 慎重に言葉を選ぶ。


「わたくしの領地へ入りたいのです?」


 以前なら。


 困っている。


 なら。


 編入。


 そう進めていた。


 けれど。


 今回は。


 先に聞く。


 スノーガルーダたちは。


 互いを見る。


 一体が。


 少し考え。


『ワカラナイ』


「分からない?」


『ネスト、スキ』


 別の一体が続ける。


『オンセン、スキ』


『メシ、スキ』


『ヤスミ、ホシイ』


 だが。


『ココモ、スキ』


 最初の一体が。


 雪原を見る。


『ココ、オレタチノ、トコ』


「そうですわね」


『セレスティアノ、リョウチニ、ナル、ト』


 少し。


 不安そうに。


『ココ、カワル?』


 セレスティアは。


 即答しかけて。


 やめた。


 絶対に変えない。


 そう言えば。


 簡単だ。


 だが。


 領地へ編入すれば。


 勤務制度は変わる。


 管理も変わる。


 設備も。


 交易も。


 いずれ。


 人間の冒険者が来る可能性もある。


 何も変わらない。


 そんなわけはない。


「変わります」


 正直に答えた。


『……』


「ですが」


 セレスティアは。


 ゆっくり続ける。


「勝手に、皆様の好きなものまで変えるつもりはありません」


 雪。


 風。


 巣。


 暮らし。


「どこを残したいか」


 一つ。


「何を変えたいか」


 二つ。


「皆様と相談して決めます」


 スノーガルーダたちは。


 黙って聞いていた。


「それでも」


 セレスティアは。


 少し微笑む。


「今すぐ答えなくて結構ですわ」


『イマ、キメナイ?』


「ええ」


 ガレンたち三人が。


 セレスティアを見る。


「今日は」


 セレスティアは。


 はっきりと言った。


「領地へ編入しません」


 沈黙。


 ガレンが。


 本気で驚いた顔をした。


「本当に?」


「何です、その顔は!」


「いや」


 ノルドまで。


 妙に感心している。


「五階層ぶりくらいに領地が増えなかったな」


「だから最初から増やすことが目的ではありません!」


 リシェルは。


 笑いながら。


 スノーガルーダたちを見る。


「考える時間くれるんだって」


『ウン』


「ネストに泊まりながら相談してもいいと思うよ」


『オンセン?』


「もちろん」


『メシ?』


「それも」


『……カンガエル』


「食べながら考える気ですわね?」


『ウン』


「まあ、構いませんけれど」


 こうして。


 第九十五階層は。


 セレスティアの領地には。


 ならなかった。


 少なくとも。


 今日は。


     ◇


 昼食を済ませたあと。


 一行は。


 第九十四階層へ向かった。


 案内役は。


 昨夜ネストへ泊まりに来た小柄な白毛の魔物。


 彼はセレスティアたちの前を。


 ちょこちょこと歩いていく。


「そういえば」


 セレスティアが尋ねる。


「まだお名前を伺っていませんでしたわね」


 小さな魔物が振り返る。


『ナマエ、ナイ』


「あなたも?」


『ウン』


「種族は?」


『モフル』


「……モフル?」


 リシェルが。


 目を輝かせる。


「かわいい名前」


『モフル』


 本人は。


 よく分かっていない顔だった。


 白い毛。


 短い角。


 丸い身体。


 背丈は。


 セレスティアの腰ほどしかない。


 ガレンが。


 後ろから。


 ぼそりと言う。


「見た目は完全に触りたくなるやつだな」


『サワル?』


「え」


 モフルが。


 ガレンへ近づく。


『イイ』


「いいのか?」


『ウン』


 ガレンが。


 恐る恐る。


 頭へ手を置く。


「……」


「どう?」


 リシェルが聞く。


「めちゃくちゃ柔らかい」


「私も!」


「遊びに来たのではありません!」


 言いつつ。


 セレスティアも。


 少しだけ。


 気になった。


 その視線に。


 モフルが気づいた。


『セレスティアモ?』


「わたくしは結構です」


『……』


「その顔は何です?」


『ホント?』


「……」


 少し迷った。


「一度だけ」


 触る。


「……」


 柔らかい。


 驚くほど。


「……まあ」


 つい。


 もう一度撫でた。


 リシェルが。


 にやにやしている。


「一度じゃなかったね」


「確認です!」


「何の?」


「毛質です!」


「何のために?」


「……」


 答えられない。


「参りますわよ!」


 少し早足になった。


     ◇


 第九十四階層の入口へ。


 近づく。


 気温は。


 少しずつ上がっていた。


 雪が減る。


 氷が消える。


 そして。


 代わりに。


 緑が増える。


「……植物?」


 階段を上がった瞬間。


 全員。


 足を止めた。


 第九十四階層。


 そこは。


 地下とは思えない。


 森だった。


 巨大な樹木。


 蔓。


 花。


 苔。


 頭上には。


 淡い緑色の光を放つ魔石。


 枝には。


 昨夜モフルが持ってきた。


 《月雫果》。


 それが。


 いくつも。


 実っている。


「まあ……」


 セレスティアは。


 思わず見入った。


 美しい。


 第百階層へ落ちてから。


 石。


 炎。


 氷。


 そんな景色ばかりだった。


 ここは。


 まるで。


 地下の庭園。


「すごい」


 リシェルも。


 静かに呟く。


「この果実……本当に大量にある」


 ノルドは。


 月雫果を見ながら。


 呆然としていた。


「地上なら、国が一つ動く量だ」


「大げさでは?」


「大げさじゃない。上級魔力回復薬の主材料だぞ。これだけ自生している場所が見つかれば、王家が直轄地にする」


 セレスティアの表情が。


 ほんの少し。


 硬くなる。


 王家。


 だが。


 今は。


 その話を考える時ではない。


「それで」


 モフルを見る。


「何を困っているのです?」


 モフルは。


 少し俯いた。


『コッチ』


 森の奥へ。


 案内する。


 一行は。


 しばらく進んだ。


 途中。


 別のモフルたち。


 植物型魔物。


 小さな精霊。


 いくつもの住民とすれ違う。


 皆。


 セレスティアを見る。


 敵意は。


 ほとんどない。


 むしろ。


 期待。


 そんなものを。


 感じる。


「……随分、こちらの話が伝わっていますのね」


『ウワサ』


「赤布ゴブリン以外からも?」


『ウン』


「少し安心しましたわ」


 やがて。


 森が。


 開けた。


 そこに。


 一軒の。


 大きな。


 石造りの建物があった。


 セレスティアが。


 足を止める。


「建物?」


 迷宮の施設とは。


 少し違う。


 誰かが。


 後から作ったもの。


 古い。


 だが。


 人の手に近い。


 扉。


 窓。


 屋根。


「これ、誰が作ったの?」


 リシェルが尋ねる。


 モフルが。


 答えた。


『ムカシノ、ニンゲン』


 全員の表情が。


 変わった。


「人間?」


『ウン』


「いつ?」


『スゴク、ムカシ』


 ガレンが。


 建物を見る。


「冒険者か?」


『チガウ』


「では?」


 モフルは。


 建物の扉へ。


 手を置いた。


『ココニ、スンデタ』


 そして。


 扉を開く。


 中。


 埃。


 古い家具。


 壊れた棚。


 壁には。


 文字。


 人間の文字だった。


 セレスティアが。


 ゆっくり近づく。


 読む。


「……《終焉迷宮管理記録》」


 ノルドが。


 息を呑んだ。


「管理?」


 さらに。


 その下。


 古びた文字。


 かすれている。


 けれど。


 読める。


 ――《第百階層統治計画》。


 セレスティアの指が。


 止まった。


「第百階層……」


 今。


 自分が。


 領都ネストを作った場所。


 そこを。


 かつて。


 誰かが。


 統治しようとしていた。


 偶然。


 ではない。


 この迷宮には。


 以前にも。


 住民を。


 暮らしを。


 領地を。


 作ろうとした者がいた。


「モフル」


 セレスティアは。


 ゆっくり振り返る。


「あなた方が、わたくしを呼んだ理由は」


 モフルは。


 小さく頷いた。


『コレ』


 古い建物。


『ヨンデホシイ』


「わたくしに?」


『ウン』


『マエノ、ヒト』


 少し。


 悲しそうな声。


『イナクナッタ』


 部屋の空気が。


 静かに変わった。


『セレスティア』


 モフルは。


 真っ直ぐ。


 彼女を見る。


『オナジコト、スル?』


 セレスティアは。


 答えなかった。


 今まで。


 迷宮を。


 ただ。


 管理の下手な巨大施設だと思っていた。


 けれど。


 どうやら。


 その奥には。


 もっと古い。


 何かがある。


 地上へ帰るために進んだ。


 その先で。


 初めて。


 セレスティア自身よりも前に。


 世界最難関ダンジョンを。


 「領地」にしようとした者の。


 痕跡を見つけた。


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