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第14話 領地の外から、温泉に泊まりに来ましたわ



「第九十五階層から、休ませてほしい方が来た?」


 温泉から上がったばかりのセレスティアは、濡れた銀髪を簡単にまとめただけの姿で役所へ駆け込んだ。


 本来なら、もう少し身なりを整えるところである。


 だが。


『ウン!』


 受付の向こうで、赤布ゴブリンが何度も頷いている。


『サムイ! ツカレタ! ネル! ッテ!』


「最後はもう要求ですわね」


 第九十五階層。


 以前の管理情報では、冷気を操る魔物が多く存在する階層だった。


 セレスティアたちは、まだ直接足を踏み入れていない。


 にもかかわらず。


 その住民のほうから。


 領都ネストへ降りてきた。


「それで、その方々は?」


『ソト!』


「中へお通ししていないの?」


『デッカイ!』


「……なるほど」


 宿の入口を壊されては困る。


 セレスティアは外へ向かった。


 ガレンたち三人も。


 すでに温泉から上がっている。


「今度は何人だ?」


 ガレンが聞く。


「まだ確認しておりません」


「七十人とかじゃないよね?」


 リシェルが不安そうに言った。


「さすがに毎回それほど来られては、こちらの寝床が足りませんわ」


「そこなんだ」


「重要です」


 ノルドが。


 役所の出口へ向かいながら笑う。


「何が来ても驚かないつもりだったが」


「わたくしもです」


「嫌な一致だな」


     ◇


 そして。


 全員。


 驚いた。


「……大きいですわね」


 第百階層の中央広間。


 そこへ。


 三体の巨大な魔物が立っていた。


 白銀の羽毛。


 鋭い嘴。


 人間より遥かに大きな翼。


 脚には長い鉤爪。


 鳥の上半身へ、人に近い胴体を合わせたような姿。


 だが。


 翼の周囲には。


 常に白い冷気が渦巻いている。


 ノルドの顔が固まった。


「フロストハーピー……?」


『チガウ』


 先頭の一体が。


 低い声で答えた。


『スノーガルーダ』


「スノーガルーダ!?」


 今度はリシェルが驚く。


「それ、災害級じゃない?」


『サイガイ?』


「人間側でそう呼ばれているだけです」


 セレスティアが補足する。


「お気になさらず」


「軽く流すなよ」


 ガレンが小声で突っ込む。


 スノーガルーダ。


 極寒地帯に現れる上位魔物。


 翼を一度振るえば吹雪が起こり。


 群れになれば。


 町一つを雪で埋める。


 そんな存在が。


 今は。


『……サムイ』


 ぶるりと身体を震わせていた。


「本当に寒いのです?」


『ウン』


「冷気を出しているのは、あなた方では?」


『デル』


「止められない?」


『スコシハ』


 一体が。


 翼を畳む。


『デモ、ネルトキモ、デル』


「……それは」


 かなり困る。


 自分で冷気を放ち続ける。


 つまり。


 暖かい場所で寝ても。


 自分の周囲が勝手に寒くなる。


「第九十五階層は、どれくらい寒いのです?」


『マイナス』


「それでは分かりません」


『トテモ』


「もっと分かりませんわ」


 ノルドが。


 携帯していた温度計を取り出す。


「情報上では、平均氷点下三十前後だったはずだ」


「第九十六階層より寒いではありませんの」


「しかも冷気魔物が集まってるなら、場所によってはさらに下がる」


 セレスティアは。


 目の前のスノーガルーダを見る。


「それで」


『ウン』


「なぜ、こちらへ?」


 三体が。


 互いを見る。


 そして。


 先頭の一体が。


 少し言いにくそうに。


『ウワサ』


「噂?」


『アッタカイ、メシ』


「……」


『オンセン』


 セレスティアは。


 ゆっくり。


 赤布ゴブリンを見る。


『……』


「あなた?」


『チョット』


「どこまで宣伝しているのです!」


『イイバショ、ミンナシル!』


「それは前にも聞きました!」


 スノーガルーダが続ける。


『キュウジュウロクノ、ヤツモ、イッテタ』


「もう第九十六階層からも?」


『アッタカイ、ヘヤ、アル』


「ええ」


『メシ、アツイ』


「温かい食事です」


『フロ、アル』


「温泉です」


『……ハイリタイ』


 三体が。


 揃って。


 こちらを見た。


 セレスティアは。


 しばらく黙った。


「領地加入のお話ではなく?」


『チガウ』


「休みたいだけ?」


『ウン』


「つまり」


 セレスティアは。


 少しずつ。


 状況を理解する。


「宿泊希望ですの?」


『シュクハク?』


「泊まって、ご飯を食べて、温泉に入って」


『ウン』


「そのあと第九十五階層へ帰る?」


『ウン』


 ガレンが。


 吹き出した。


「客じゃねえか」


 リシェルも。


 目を丸くしている。


「本当に宿のお客さんだ」


「人間じゃないけどな」


 ノルドが言った。


 セレスティアは。


 目の前の三体を見る。


 これまで。


 ネストにいた魔物たちは。


 基本的に領民だった。


 ガレンたち三人は。


 事故で落ちてきた人間。


 つまり。


 自分から。


 泊まりに来た者はいない。


「……なるほど」


 セレスティアの口元が。


 少しだけ上がった。


「では」


『ウン』


「いらっしゃいませ」


 三体のスノーガルーダが。


 揃って首を傾げた。


領都ネストへ」


 セレスティアは。


 初めて。


 本当の宿泊客を迎える言葉を口にした。


     ◇


「問題があります」


 十分後。


 その歓迎は。


 早速止まった。


『ナニ』


「お部屋へ入りません」


 スノーガルーダが。


 大きな翼を広げる。


 宿の扉。


 その倍以上ある。


『ムリ』


「そうですわね」


「分かってただろ」


 ガレンが言う。


「実物を見るまで寸法が分かりませんでしたの!」


 人間用の三室。


 大型魔物用の寝床。


 多少は用意していた。


 だが。


 スノーガルーダは。


 翼を畳んでも。


 とにかく横幅がある。


「大型宿泊区画が必要ですわね」


 リシェルが。


 すぐ笑う。


「また増築?」


「必要です」


「来て十分だよ」


「お客様を廊下で寝かせるわけにはいきませんでしょう!」


『ソトデ、ネル』


「駄目です」


『ナレテル』


「慣れているかどうかではありません」


『イワ、アル』


「だから石床へ戻らない!」


 セレスティアは。


 完全に。


 宿の女将のようになっていた。


 未使用区画を確認する。


 幸い。


 第百階層には。


 まだ広い空洞がいくつも残っている。


「こちらなら」


 大型魔物用。


 三室。


 いや。


「今後を考えるなら六室」


「今後って何だよ」


 ガレンが聞く。


「別の大型魔物が来るかもしれません」


「もう完全に来る前提になってるぞ」


「今回来ましたもの」


 反論できない。


 石壁を動かす。


 天井は高く。


 扉は大きく。


 床には。


 大型用の寝具。


「それから」


 セレスティアは。


 スノーガルーダを見る。


「お部屋の温度は?」


『アッタカイ』


「何度くらい」


『ワカラナイ』


「では調整しながら決めましょう」


 階層環境調整機能を。


 一部。


 部屋へ適用する。


 最初は二十度。


『……』


 三体が入る。


『アツイ』


「二十度で!?」


『アツイ』


「では十五」


『……』


『モウスコシ』


「十二」


『イイ』


「十二度が暖かい判定なのですのね……」


 人間なら。


 十分寒い。


 だが。


 彼らには。


 快適らしい。


「種族ごとの適温表が必要ですわね」


 セレスティアは。


 早速。


 役所の仕事を増やした。


     ◇


 次は。


 温泉だった。


「こちらが大型用浴場です」


『オオ』


 三体のスノーガルーダが。


 湯気を見る。


 そして。


 止まった。


『アツイ』


「入る前から!?」


『アツイ』


「温泉ですもの!」


 ミノタウロスが。


 すでに湯へ浸かっていた。


『キモチイイ』


『ウソ』


『ホント』


『アツイ』


『ハイル』


『イヤ』


「浴場で喧嘩しない!」


 人間には。


 ちょうどいい。


 ミノタウロスにも。


 問題ない。


 だが。


 スノーガルーダには。


 熱すぎる。


「仕方ありませんわね」


 セレスティアは。


 温泉の流路を見る。


「別浴槽を作ります」


「また?」


 ガレンが。


 もう驚かなくなっている。


「温泉へ冷水を混ぜて」


 ノルドが。


 すぐに理解した。


「ぬるくするのか」


「ええ」


「でもスノーガルーダなら、普通の水でも自分で冷やせるんじゃないか?」


 三体が。


 じっとノルドを見る。


『デキル』


「では早いですわね」


 新しい浴槽。


 温泉。


 地下水。


 そして。


 スノーガルーダが。


 翼を広げる。


 白い冷気。


 湯面へ。


 ふわりと流れる。


 湯気が。


 少しずつ弱まった。


『……』


 一体が。


 足先を入れる。


『イイ』


「何度です?」


 ノルドが測る。


「三十二度」


「随分ぬるめですわね」


『コレ、イイ』


「では、こちらを低温浴槽にしましょう」


 スノーガルーダが。


 ゆっくり。


 身体を沈める。


『……』


「どうです?」


『……』


「大丈夫?」


『……』


 目が。


 閉じた。


『キモチイイ』


「まあ」


 もう一体も。


 入る。


 最後の一体も。


『コレ、スキ』


『アッタカイ』


『デモ、アツクナイ』


「なるほど」


 セレスティアは。


 興味深そうに見る。


 同じ温泉でも。


 種族によって。


 適温が違う。


「今後は」


 セレスティアは。


 指折り考え始めた。


「高温」


 一つ。


「普通」


 二つ。


「低温」


 三つ。


「三種類あったほうが――」


「待て」


 ガレンが止めた。


「何です?」


「温泉旅館が本格化してないか?」


「必要な設備を整えているだけです」


「それ、毎回聞くぞ」


『ミズブロ』


 ミノタウロスが。


 突然言った。


「何です?」


『ツメタイノ、ハイル』


「水風呂?」


『ウン』


「どこで覚えましたの?」


『ノルド』


 全員。


 ノルドを見る。


「俺?」


『マエ、イッタ』


「言ったっけ?」


 リシェルが。


 思い出す。


「温泉のあと冷たい水に入る地方もあるって話してたよ」


「雑談だぞ!」


 ミノタウロスが。


 目を輝かせる。


『ミズブロ!』


「増やしません!」


『……』


「そんな顔をしても駄目です!」


     ◇


 温泉のあとは。


 食堂。


『オオ……』


 三体のスノーガルーダが。


 大鍋を見る。


 ゴルドが。


 すでに待っていた。


『サムイトコ、キタ』


「そう聞いたので」


『アッタカイ、メシ』


「お願いします」


 今日の夕食は。


 肉と根菜の煮込み。


 魔力麦のパン。


 それから。


 試作中の。


 焼いた白身魚。


『サカナ』


 一体のスノーガルーダが。


 露骨に反応した。


「魚がお好き?」


『スキ』


『オレモ』


『ワタシモ』


「全員ですの?」


 三体が。


 揃って頷く。


 ゴルドが。


 嬉しそうに。


 魚を追加した。


『タベル』


『タベル』


『タベル』


「一人一皿からです!」


 セレスティアが止める。


『ニサラ』


「食べてから!」


『ミノタウロス、ニク、ニサラ』


「他人を引き合いに出さない!」


『ブモ?』


「あなたも反応しなくていいです!」


 食堂が。


 さらに。


 騒がしくなった。


 けれど。


 その光景を見ながら。


 リシェルが。


 ふと気づく。


「セレスティア」


「何でしょう」


「宿代」


「……」


 一瞬。


 止まった。


「そうですわ」


「初めての普通のお客さんなんでしょ?」


「魔物ですけれど」


「ちゃんと料金もらわないと」


 確かに。


 ガレンたち三人は。


 救助対象だった。


 治療中は無料。


 その後も。


 最初の実験的な宿泊客だったため。


 ほとんど料金らしい料金を取っていない。


 だが。


 今回は。


 自分から来た。


 本当の利用者だ。


「お支払いは」


『ナニ』


「貢献票は?」


『ナイ』


「領民ではありませんものね」


『ウン』


「王国貨幣は?」


『ナニ』


「当然ありませんわね……」


 セレスティアは。


 考え込む。


 金貨。


 銀貨。


 貢献票。


 どちらも使えない。


「でしたら」


 ノルドが口を挟む。


「物々交換でもいいんじゃないか?」


「交換?」


「ああ。九十五階層で採れるものを持ってきてもらう」


 セレスティアの目が。


 変わった。


「九十五階層の特産物」


「そういうこと」


 スノーガルーダへ尋ねる。


「何かございます?」


 三体が。


 考える。


『コオリ』


「第九十六階層にもあります」


『ハネ』


「羽?」


 一体が。


 自分の抜けた羽を一本。


 差し出した。


 ノルドが。


 受け取った瞬間。


 顔色を変えた。


「これ」


「価値があります?」


「あるどころじゃない」


 青白い羽。


 触れると。


 ひんやりしている。


「上位風魔術の触媒になる」


 リシェルも見る。


「冷気耐性の装備にも使えるかも」


 ガレンが。


 苦笑する。


「地上なら金貨何十枚だ」


 スノーガルーダが。


 首を傾げる。


『ハネ、オチル』


「自然に抜けるもの?」


『ウン』


『タクサンアル』


「それなら」


 セレスティアは。


 すぐに条件を決めた。


「自然に抜けた羽を、宿泊料として何枚か」


『イイ』


「無理に抜くのは禁止です」


『イタイカラ、ヤラナイ』


「それなら結構」


 これなら。


 双方に負担が少ない。


「それと」


 セレスティアは。


 少し考える。


「第九十五階層でしか採れない素材があれば、今後も交換できますわね」


『モッテクル』


「必要なものだけで結構です」


『メシト、コウカン?』


「ええ」


『オンセンモ?』


「宿泊料金に含めます」


 三体が。


 急に。


 真剣な顔になった。


『マタクル』


「もう次回の予約ですの!?」


『ナカマモ』


「待ってくださいませ」


『イッパイイル』


「何人?」


 三体が。


 互いを見る。


『……タクサン』


 セレスティアの笑顔が。


 固まった。


「具体的には?」


『ヒャク、クラ――』


「待って!」


 今度は。


 セレスティアが。


 本気で止めた。


     ◇


「予約制にします」


 その夜。


 役所。


 緊急会議。


 参加者は。


 セレスティア。


 三人の冒険者。


 赤布ゴブリン。


 ゴルド。


 ミノタウロス。


 そして。


 三体のスノーガルーダ。


「一度に百名は受け入れられません」


『ナゼ』


「部屋がありません!」


『ソトネル』


「だから宿で石床へ戻らない!」


 住民なら。


 住居整備をする。


 だが。


 今回は宿泊客。


 しかも。


 領地外から。


 今後。


 似た例が増える可能性がある。


「最大宿泊数を決めます」


 セレスティアが石板へ書く。


「人間用」


 一つ。


「小型魔物用」


 二つ。


「大型魔物用」


 三つ。


「寒冷種族用」


 四つ。


「高温環境を好む方は……」


 五つ。


「もう完全に種族別旅館だな」


 ガレンが呟く。


「同じ部屋で全員快適に過ごせないなら必要でしょう?」


「理屈は分かる」


「でしたら問題ありません」


「勢いが問題なんだ」


 さらに。


「宿泊料は」


 王国貨幣。


 貢献票。


 物資。


 素材。


 場合によって。


 労働交換。


「労働?」


 リシェルが聞く。


「現金も素材もない方が、泊まりたい場合です」


「働いて払う?」


「希望するなら」


 たとえば。


 半日の清掃。


 運搬。


 簡単な採取。


「ただし強制はしません」


「そこは大事だね」


「ええ」


 泊まりたい。


 でも。


 払えない。


 なら。


 働くという選択肢もある。


「……本当に宿屋だ」


 リシェルが。


 少し楽しそうに笑う。


 セレスティアも。


 否定できなくなっていた。


     ◇


 翌朝。


 三体のスノーガルーダは。


 領都ネストの入口に立っていた。


 宿泊は一泊。


 食事。


 温泉。


 十二度に調整された専用室。


 それだけで。


 昨日とは。


 明らかに様子が違う。


 羽毛は整い。


 動きも軽い。


『ヨク、ネタ』


「それは何よりです」


『メシ、ウマイ』


「ゴルドへ伝えておきます」


『オンセン、イイ』


「次は予約してくださいませ」


『ウン』


 代表らしき一体が。


 数本の羽を差し出した。


『ダイキン』


「確かに」


 セレスティアは。


 受け取る。


「多すぎません?」


『マタクルカラ』


「前払い?」


『ウン』


 覚えるのが早い。


「分かりました。次回分の一部として預かります」


『ナカマ、ツレテクル』


「十名まで」


『ニジュウ』


「十名」


『ジュウゴ』


「あなたたちまで交渉を覚えましたの!?」


 後ろ。


 ミノタウロスが。


 誇らしげに胸を張った。


『コウショウ、ダイジ』


「広めたのはあなたですの!?」


 スノーガルーダたちは。


 翼を広げた。


『マタクル』


「お気をつけて」


『セレスティア』


「はい?」


 一体が。


 振り返る。


『ココ、イイバショ』


 セレスティアの表情が。


 少しだけ。


 柔らかくなった。


「ありがとうございます」


『キュウジュウゴ、モ』


 そこで。


 続いた。


『イイバショニ、シテ』


 セレスティアの笑顔が。


 止まった。


「……それは」


『ミンナ、サムイ』


「でしょうね」


『ネル、トコ、コオリ』


「想像できます」


『クロイノ、タベル』


「もう聞きたくありませんわ……」


 スノーガルーダが。


 少し首を傾げる。


『クル?』


 問いは。


 単純だった。


 第九十五階層へ。


 セレスティアは。


 階段を見る。


 本来なら。


 三人の冒険者を。


 地上へ帰すため。


 上へ進む必要がある。


「……参ります」


 結局。


 答えは。


 最初から決まっていた。


『オオ』


「ただし今日は準備をします」


『ウン』


「それと」


 セレスティアは。


 三体を見る。


「先に第九十五階層の皆様へ伝えてください」


『ナニ』


「いきなり全員こちらへ降りてこないように」


『……』


「なぜ黙ります?」


『モウ、クルカモ』


 セレスティアが。


 固まった。


「何人?」


『ワカラナイ』


 赤布ゴブリンが。


 階段の上を見る。


『キタ!』


「え?」


 遠く。


 どどどどど。


 何かが。


 降りてくる音。


「まさか」


 白い羽。


 青い毛皮。


 氷をまとった小型魔物。


 さらに。


 雪だるまのような精霊まで。


 階段の上から。


 次々に姿を現す。


『オンセン!』


『メシ!』


『アッタカイヘヤ!』


『ヤスミ!』


「待ちなさい!」


 セレスティアの声が。


 階層中へ響いた。


「予約制と決めたばかりですわよ!」


 ところが。


『ヨヤク?』


『ナニ?』


『タベル?』


「食べません!」


 ガレンが。


 壁へ寄りかかりながら。


 腹を抱えて笑い始めた。


「地上の客より先に、魔物で満室になりそうだな」


「笑い事ではありません!」


「でも」


 リシェルも。


 階段から次々降りてくる魔物たちを見る。


「これってもう」


 少し。


 嬉しそうに。


「世界一深い温泉街じゃない?」


「まだ一軒しかありません!」


「じゃあ、これから増える?」


「増やしません!」


 セレスティアは。


 即答した。


 だが。


 その日の午後。


 役所へ。


 新しい申請書が提出された。


 ――宿泊施設増築希望。


 提出者。


 大型魔物十二名。


 小型魔物二十三名。


 そして。


 備考欄には。


 赤布ゴブリンの字で。


 《オキャク、イッパイ!》


 と。


 大きく書かれていた。


 セレスティアは。


 その紙を見つめ。


 しばらく。


 何も言わなかった。


「……二号館」


 小さく。


 呟く。


 ガレンが。


 聞き逃さなかった。


「今、二号館って言ったよな?」


「言っておりません」


「言った」


「聞き間違いです」


「絶対言った」


「聞き間違いですわ!」


 世界最難関ダンジョンの最下層。


 そこにできた小さな宿は。


 人間の冒険者が評判を広めるよりも先に。


 魔物たちの口コミだけで。


 満室になろうとしていた。


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