6.Side:妖精令嬢(3)
どうしたものかしら。
目の前に置かれたタルトタタンを見て、う~むと腕を組みたい衝動にかられる。
タルトタタン。
タルトタタンは、アップルパイを焼こうとしてうっかり失敗した姉妹が、作り出した偶然の産物――らしい。だから、この店でも「うっかりくまりんの限定タルトタタン」という名前で限定販売されている。大柄でうっかり者のくまりんが、急いでアップルパイを用意しようとして、「うっかり」(←ここ重要)タルト生地を忘れてリンゴを焼いてしまって、そこからなんとかしようと頑張って作ったのがこのタルトタタン――という設定。
甘いキャラメルの香りが、「さあ、喰え!」とばかりに漂ってくるけど。
(ごめん、苦手)
わたしに相応しい。
そう思われたのかどうか。入店するなり近づいてきた店員に、すかさず将軍が注文した一品。
まあ、限定だし? 女性なら好きでしょって香りはしてるけど。
(苦手なんだよ、この甘ったるい匂い)
食べられないわけじゃないけど、食べたいものでもない。
(どうしてリンゴを焼いちゃうのよ)
まずは、そこに引っかかる。
リンゴなんてものは、そのままガブリでいいじゃない。
タルトタタンだから嫌、アップルパイならよかったってのじゃなく、その製法が苦手。
なんだけど。
(仕方ない。食べるか)
おそらくだけど、将軍、これがこの店のお勧めだって、知ってたのよね? そして、数量限定販売だってことも。
だから、店に入るなり注文した。
これを食べてわたしに喜んでもらおうと。早くしなけりゃ売り切れになっちゃうかもだから。
となれば、「リンゴを焼くなんて嫌いですわ」なんて言ってられない。
ご本人は、甘い匂いが苦手なのだろう。わたしにはタルトタタンを注文しておいて、自分はコーヒー、それもブラックを頼まれた将軍。きっと、この甘い空間が苦手なのだろう。店内は、女性客も多いし、カップルも多い。
武骨な将軍には、敵地真っただ中よりも居心地悪いに違いない。
でも、それを表に出さず、グッと耐えていらっしゃる。というか、入店前よりも心なしか厳しい顔になっている。辛いのを我慢している証拠だ。
だとしたら、そのご厚意に感謝しなくちゃいけないわよね。たとえ、「そっちのコーヒーの方がいいな」と思っていても! 「できることなら、わたし、(甘味以外の)味のハッキリした居酒屋メニューのが好きなんだけどな」と思っていても!
(いざ、実食!)
ナイフとフォークを持って、いざ!
って。
(ゔゔ。甘い。ゲロ甘)
覚悟は決めても、甘いものは甘い。それもとてつもなく甘い。
令嬢らしく、小さく切り分けて食べるけど。
(甘いぃぃぃぃっ!)
不味いとかじゃないんだけど、とにかく甘い。甘ったるい。
小さく切ってフォークに刺して。顔に近づけるだけで「オレサマは甘いんだぜ」みたいな主張してくる匂いが鼻につく。
「うるせえ、黙って喰われろ!」と口に入れると、「な? 甘ぇだろ?」とどや顔で口腔内を「甘い」一色に染め上げてくる。
悔しいから、モッキュモッキュとよく噛んでやると、さらに口の中を甘くして。むかつくから飲み下してやると、腹の底から「甘~い」匂いを充満させて、鼻に抜けていく。
口の中に「甘い」の余韻が残ってるのに、次の一口をフォークに刺す――って、なんの拷問? それも、美味しそうに食べなきゃいけないなんて。……不味いわけじゃないけどさ。
(本当のこと、伝えたいなあ)
わたし、甘いものより、味のハッキリした居酒屋料理の方が好きなんです!
ホホホって笑うより、ガハハって笑う方が性に合ってる、オッサンなんです!
さっきの店もそうだけど、こういうカワイイ愛らしいものは、似合ってるように見えて、実は全然好みじゃないんですって。
言えたらどれだけ楽になるか。
でもそれは、期待からおおいに外れちゃうから、申し訳ないというかなんというか。わたしは自分を曝け出せるから楽だけど、だからって人をガッカリさせるのはよくないというか。
って。
「――あ、あの? なにか?」
わたしが一口、また一口と、タルトタタンと優雅に格闘していたら、なぜか向かい合って座ってる将軍が固まってた。それも、コーヒーカップを持ち上げ、中途半端なままこっちに首を伸ばしたような恰好で。
(もしかして、わたしの食べ方がおかしかった?)
いや、それはない。
中身はガサツ、本音を言えば、こんなの食べたくないし、嫌だけど。でも、ちゃんと令嬢らしいマナーは守った。
ガッツリ手づかみ鷲づかみで、一切れぐらい、パカッと口に放り込みたい衝動を抑えて、小さく切り分けて食べてる。
(わたしの心の声が聞こえた?)
いや、それもない。
そんな以心伝心の技なんて聞いたことないし。頑張って食べて、本音なんて外に出してないはず。
(まさか、歴戦の勇者ともなれば、心など、相手の所作でわかってしまう能力を持っているとか?)
もしそうだったとしたら?
どれだけ上辺を取り繕っても、考えてることバッレバレ?
となると、婚約云々の話は、将軍の方からお断りされる?
可憐な令嬢だと思ったのに。見込み違いだった!
「ああ、いえ。すみません。アナタがその……。あまりにも美味しそうに召し上がるから、つい」
は?
わたしが?
美味しそうに召し上がってた?
そう見えたの?
すみませんと謝りながら、前のめりだった姿勢を、直立に戻した将軍。
そのあと、持ちっぱなしになっていたコーヒーを飲むけど。――あ、むせた。
「だ、大丈夫ですか?」
「あ、ゴホッ、は、いっ、ゲホゲホッ」
全然大丈夫じゃない返事。大丈夫と言いながら、くり返しせき込む。
「すみません。醜態を晒してしまいました」
何度かせき込んで、落ち着いたところで、将軍のごっつい指が目じりの涙を拭う。
(あ、カワイイ)
不意打ちでそう思った。
むせて涙が出るのは生理現象として仕方ないし、その涙を指で拭うのなんて普通の仕草なのに。拭ってる指はゴンブトなのに。
なぜか、胸にキュンとくるものがあった。――キュン? ナニソレ。
「あ、あの?」
わたしが凝視してたこと、気づかれたのか。遠慮がちに声をかけられた。
「あ、いいえ。なんでもありませんわ」
アナタをガン見してたなんて言えない。それもカワイイと思っただなんて。口が裂けても絶対言えない。
それより、話題、話題! 変な間を作ると、こういう時、落ち着かないわよね。
「そうだ! あの、このタタン食べるの、手伝っていただけませんか?」
「――は? 手伝い……ですか?」
「ええ。このタタン、とても美味しいのですけど、わたくしには大きすぎて……」
意訳:このタタン、とても甘すぎて、甘すぎて、ゲロ甘過ぎて持て余してて……。
「一緒に召し上がっていただけるとうれしいですわ」
意訳:残りは全部、アンタが食べて! 注文したの、アンタでしょ!
ってことで、小さく小さく切り分けて、フォークに刺す。一口くらいなら、将軍が食べたっていいでしょ。――って。
「え?」
「え?」
わたしと将軍、二つの「えっ?」が重なった。
フォークに欠片程度のタタンをぶっ刺したわたしと、店の人を呼ぼうと手を挙げた将軍。
(しまった!)
こういう場合、お店の人にフォーク(と取り皿)をもらうのが普通だったーっ!
家族でもない、恋人でもない、ただの男女が「はい、あーん♡」をするなんて、おかしすぎる!
(つい! ついうっかりよ!)
なんか、むせた将軍がかわいくて。ついつい子どもみたいに食べさせてあげたいって、思っちゃったのよ。
(ってか、この手、どうしたらいいのっ!?)
タタンをぶっ刺したフォーク。
何事もなかったかのように元に戻すには、宙に浮きすぎてる。だからって、このまま将軍の口に運ぶのもおかしい気がする。
(どうする?)
「あっ」と短く言って、ウッカリを強調してテーブルに落とす?
そうすれば、食べなくていい状況になるけど、さすがにそればもったいなくてできない。
自分には甘ったるすぎるけど、だからって食べ物を粗末にするのは間違ってる。
(でも、それしかない?)
ちょっと腕を揺らして。落とす場所をテーブルの上じゃなくて、皿の上に狙いを定めれば。
そうすれば、「ホホホ」程度で笑ってごまかせる?
(ってことで、そりゃあ!)
軽く手首を揺らして、揺らして――って?
ガツ。
「しょっ、将軍っ!?」
「旨い……ですね」
モグモグと味を堪能するように口を動かした将軍。
動かそうとしたわたしの手首を掴み、強引にその口へとタタンを運んで食べたのだ。
しっかり咀嚼して、ゴクンと上下に揺れた彼の喉。
「優しい味がします」
ニッコリ。
口の端を上げて、笑ってみせた将軍。
「そ、そうですか……」
自分から「食べて」と差し出したのに、食べてもらったことに、心臓が破裂しそうなほど暴れだす。
失敗を取り繕ってもらったから? それとも貴重だろうその笑顔がまぶしすぎたから?
いずれにせよ、ドキドキが止まらない。
(優しい味って……)
自分が作ったわけでもないし、どっちかと言うと苦手なほど甘いのに。
なぜか。なぜかうれしいと思うわたしがいた。




