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7/7

7.好きになってもいいですか?

(――旨かった)


本気で。本当に。

一口いただいたタルトタタンは、蕩けるように旨かった。思ってた以上に。想像以上に!


(もう一口、欲しかった)


いや、それは正確じゃない。

もう一口、もう一切れじゃない。残ったタタン全部、いや、店にあるタタンすべて欲しかった。

だが。


(さすがに! さすがにそれは言えない!)


令嬢の食べ残したタタンをいただくだけでも意地汚いっていうのに。店にあるすべては、どれだけ賤しいんだと思う。

なにより、キャラじゃない。こんないかつい男が、うれしそうにタタンを頬張るなど。


(にしても、旨かった)


あの味は、体に舌に覚えこませた。

わずか一切れ、一口だけのタタンだったけれど。


(再現できるか?)


任地に戻って。

自分で再現できたら、王都を恋しく思うことはなくなるが。


(もう一度、味わっておくか?)


今度は誰か使いをやって、買ってきてもらうとしよう。

と。それよりも。


(申し訳ないことをしたな)


残ったタルトタタン問題。

自分がフォークごとタタンをいただいたせいで、それ以降使えなくなったフォーク。

令嬢は店員を呼び、新しいフォークでタタンを切り分け召し上がっているが。


(食べる気が失せたか?)


自分がかぶりついたせいで。タタンやフォークだけでなく、自身まで喰われるような恐怖でも感じたか?


(まあ、そうだろうな)


あまりの美味しそうなタタンに、ついウッカリ喰らいついてしまったが。非常識というだけでなく、恐怖まで与えてしまったに違いない。

タタンを自分に差し出したのだって、おそらくあの場の場つなぎだったのだろう。自分が「美味しそう」と言ったから、「それじゃあ」とタタンを一切れ差し出した。


(優しい方なのだ)


その風貌もさることながら、心も清らかで繊細な、とても優しい方なのだ。

そんな方だから、怯えていてもおくびにも出さず、こうしてつき合ってくれている。

でも。もう、限界だ。


「店、出ましょうか?」


「え?」


「日が陰ってきました。そろそろ家に帰った方がいい」


「でも……」


令嬢が俯き、皿に残ったタタンを眺める。

食べきれてないタタン。もったいないと思われているのだろうか。でも。


「残りは土産に包んでもらいましょう」


自分とわけっこした(と言うほどの量は食べてないが)残り物など、持ち帰っても要らないかもしれないが。食べきれないことを申し訳なく思っているのなら、その心を軽くしてやりたい。帰ったら捨てられるだろうそれに、一片の未練をつけておきたくなるけど。

これ以上、令嬢に無理をさせるわけにはいかない。


     *     *     *     *


――日が陰ってきました。そろそろ家に帰った方がいい。


言って将軍が立ち上がった。

もう帰っちゃうの?

そんな意味を込めた「でも」。


――残りは土産に包んでもらいましょう。


別に、もうちょっとタルトタタンを食べていたくて発した「でも」じゃなかったんだけど。

誤解を受けてしまったからには、その優しさを無下にしたくなかったから、言われたとおりに箱に包んでもらってお土産にした。


(本当は、もうちょっといっしょにいたかっただけの「でも」なんだけどな)


思いながら、一足先に店を出る。

将軍がお会計してる間、そばで待っていてもよかったのだけど、気持ちを整理したくて、先に店を出た。(奢っていただいたお礼はこの後言うつもり)

将軍とわたし。

会話が続いたわけでもないし、なんなら将軍はコーヒー飲み終わってるし。こんな甘ったるい空間になんて、将軍は少しでも早く出たかったのかもしれない。

そう思うと、「もっといっしょにいたい」なんて言い出せるわけなかった。


(あーあ。これで終わりかあ)


今回のお見合いデート。

将軍はわたしが楽しめるように、一生懸命計画してくださったのだと思う。

女の子の喜びそうなもののあるお店。女の子が好きそうなお菓子のあるお店。

そういうの、将軍にしてみれば、まったくの分野外だよね。

それに対してわたしったら。


(好みじゃないとか思ってた)


限定のタルトタタンも食べきれなかったし。気の利いたことも何も言えなかった。雑貨店じゃあ、気を遣わせて外に出ていかれてしまったし。

いっしょにいて、物足りなく感じられてしまったかもしれない。


(将軍は、苦手でも合わせてくださる優しい方だもん)


わたしとは上手くいかなくても、もっと別の令嬢と上手くわよ。将軍が考えてくださったデートプランを心の底から喜ぶ、真の妖精のように愛らしい令嬢と。


(――って、あれ?)


なんだろ、この胸の「チクッ」。いや、グサッ? ドスッ?

とにかく、何かが胸に突き刺さるような嫌な感じ。

タルトタタンなんて甘ったるいもの食べたから、胸やけした?


「――危ないっ!」


へっ!?


何が? 問う余裕はなかった。

驚くわたし。ガシッと引き戻された体。その直後に、ブンッと唸り掠めるように通り過ぎたぶっといゲンコツ。


「ご無事、ですか?」


「えっと……、はい。なんとか」


というか、何が起こったの?


(あ、ケンカ……)


お店を出ってすぐのところ。そこでどういう理由か知らないけど、数人の男同士がケンカをしていた。酔っぱらってるのか、どいつも顔が赤い。そしてふらつき、よたついている。さっきのゲンコツだって、勢いこそすごいけど、大振りだし、全然的に当たっていない。

ようするに、酔っ払いの迷惑ケンカ。

こんな日のある時間に大通りでケンカをおっぱじめるあたり、ろくでもない連中。おそらく、この店より数軒先の酒場で発生して、こちらにケンカしながら移動してきたものだろうけど。

面白い見世物。

そう思ったのか、鵜の目鷹の目で楽しむように、周りに観衆が円を描き始める。


「無事でよかった。ですが……」


わたしを護るように立った将軍。

細い目がさらに厳しく細められる。

その視線の先にあったのは――。


(子ども?)


ひっくり返った樽。壊された机、椅子。

その瓦礫のような隙間に、逃げ遅れた小さい子ども。兄妹かな。大きい男の子が幼い女の子を抱きしめて守ってる。

あれは、何とかしなきゃ。

酔っ払いがどれだけ傷ついても構わないけど、巻き込まれ、逃げることもできなくなった子どもは助けなきゃ。


「すみません。しばらくここで待っていてください」


へ? 待っていてって?


疑問に思うより速く動いた将軍の体。

其の疾きこと風の如ごとく、其の徐かなること林の如く、侵掠すること火の如く、動かざること山の如し、知り難きこと陰の如く、動くこと雷霆の如し(――以下略!)なんていう東洋の兵法を思い出した。

さっきのゲンコツとは比べ物にならない疾さ。大きなガタイなのに、一切音を立てず、荒れる連中の間を縫って、子どもたちに近づく。

「あっ」という間って言葉あるけど。「あっ」すらも声を上げる余裕はなかった。


(スゴイ……)


まさしく赤獅子将軍。

だけど。


フギャアアアアンッ!


子どもの涙、決壊。

それまで怖くて震えてるだけだった子どもたち。将軍が近づいたことで、恐怖倍増しちゃった? 兄妹して大泣きし始めた。


(マズいな)


こちらへ連れ帰ったらいいんだけど、抱きかかえて戻ってきたら、それだけで済むんだけど。兄妹どちらも大泣きで、将軍オロオロ。抱きかかえるどころか、なだめることすらできてない。


(……しょうがない)


こうなったら!


「すみません。こちらお借りいたしますわね」


ニッコリ。

笑顔で、隣にいた紳士のステッキを有無を言わさず強引拝借。

そして。

ステッキを剣のように構えて、――突進!


カァン、パァン、バキィ!


酔っ払い連中を一撃、二撃、三撃っ!

足りないやつはもう一発!

叩き、叩いて、クズを成敗っ!


「大丈夫ですかっ!」


逃げ出す筋道を作って、将軍と子どもたちに近づく。ステッキだけど、子どもたちを怖がらせちゃいけないから、剣のように後ろに隠すように持ち直す。


「――令嬢」


「おねいちゃん……」


さあ、逃げましょうと手を差し伸べるけど。なぜか、将軍も子どもたちも、ポカンと口を開けてこっちを見るだけ。動き出しもしないし、手を取ろうともしない。――って。


(やっちまったぁぁぁっ!)


つい、腹が立って。

助けに走るだけでよかったのに、ついカンカーンッと殴りまくってしまった。


(ダメだ、これ)


こんな衆目を集めたところで、こんなことしでかして。

妖精令嬢は暴力令嬢って、明日には街中の噂になってるわよ。

そして、将軍とのお見合いはなかったことに。ハアアアッ。ガックリ。


(今までなら、ちゃんと本性隠せてたのだけどなあ)


こんな、よりにもよってこの場面で、本性現しちゃった。


「令嬢」


わたしの手を取るわけでもなく、スッと立ち上がった将軍。


「――お借りします」


へ? 何を?

思ってる間に、スッと後ろに隠したステッキを取られた。


カーンっ!


小気味よすぎる音。

わたしの真後ろに立っていた輩が、ドウッと地面を鳴らして仰向けに倒れる。


「危ないところでしたね」


「ありがとう……ございます」


感謝の言葉を述べるけど、言葉に力が入らない。呆けたよう。

ステッキを剣のように持って立つ将軍。

逆光になって、表情よくわからない。

けど、傾く金色の日差しに照らされた髪は、赤に輝きを増して、燃えるたてがみのよう。

ただ細く赤い目だけが、キラリと光ってこちらを見下ろす。


ビィエエエエェン!


――って。えっ!?


目の前の子どもたちが、耳をふさぎたくなるような、甲高い泣き声を上げた。


「セリア! ダニエ!」


その声に弾かれたように、周囲の人の輪のなかから、駆け寄ってくる女性。


「おかぁさぁ~ん!」


その女性に飛びつく子どもたち。安心したのか、女性の胸に抱きついて、さらに大きな声で泣き始めた。

でも。


(親に会えてよかった)


怪我もなく。無事なままで。

でも。


「帰りましょうか」


将軍が、ステッキを持ち主に返して言う。


「――はい」


帰ったら。二人きりになったら。


(わたし、「この話はなかったこと」にされちゃうよね?)


馬車を呼んだ将軍の顔。とっても厳しく、不機嫌に見える。

要請令嬢の本性が、こんな暴力女だったなんて。ガックリしたよね?


     *     *     *     *


どうしたものか。

呼んだ辻馬車に乗り込んで。

対面して座る令嬢に、なんて言葉をかけようか。

逡巡どころではすまないぐらい、――悩む。


駆けつけてくれてありがとう?

ステッキ、とても役に立ちました?


何か違うな。

あの時、助けた子どもたちは、助けに駆けつけたはずの自分に対しても怖がり、顔を引きつらせていた。

そこにやってきた令嬢。

ステッキを剣代わりに輩を倒していくのには驚いたけれど、その勇敢さ、優しさ、度胸には感動すら覚えた。


(この方は、美しいだけでなく、心映えも素晴らしい方だ)


戦乙女。

それでいて、女神のように慈愛深い。

なのに。


(どうして、そんなにうなだれてるんだぁっ!)


誇ってもいい。素晴らしいと思うのに、なぜか彼女は馬車に乗ってからずっとうつむいたままで。時折膝の上で指をゴニョゴニョ組んだり崩したりしている。


(ここは、こちらから称賛を送った方がいいのか?)


先ほどは素晴らしかったですよ。思わず見惚れてしまいました。

だが。


(自分の行いを反省なさってるのだとしたら?)


群衆のステッキを奪って、こちらに駆けつける。ステッキを剣のように振るう。

男なら称賛に値する、勇気ある行動だが。女性だと破天荒すぎると、非難される行動かもしれない。


(素敵だと思うのだがな)


だから称賛したいのだが、称賛することでさらに嫌悪に陥るかもしれない。

そんな考えに、こちらから声をかけることもためらわれる。意を決して口を開きかけ、やっぱり無理だなと口をつぐむのをくり返している。


「――着きましたぜ、旦那」


外から御者が言う。

乗り込んだ馬車が、彼女の屋敷の前に到着する。そもそも街へは歩きで出かけられるほどしか、ここから離れていない。それを馬車を使って移動したのだから、帰りはとても早く、二人きりでいる時間はあっという間になってしまった。


「あ、あの……」


開いた扉に、立ち上がることを促され、意を決したように、令嬢が顔を上げた。でも。「あの……」以降の言葉が出てこない。

しばらく待ってみたが、まだ指をモジモジさせている。


「この次も、またお会いしていただけませんか?」


「え?」


「自分がここに留まっていられる間。来月には任地に戻らねばなりませんが、それまでに、また」


勇気が言った。

ものすごく膨大な勇気。


「わたしで……よろしいのですか?」


「ええ。アナタにお会いしたい。そう思ってます」


驚く令嬢。そのモジモジしたままの手をとり、自分も馬車を降りる。普通なら、彼女を送り届けて、自分は馬車でそのまま去るのが最良なのだろうが。今の自分は彼女との別れを惜しく感じている。

御者に金を払って、空の馬車を送り出す。


「先ほどは、とても勇敢でしたよ。素晴らしいと思います」


「え、えっと……、その……」


しまった。やはりこの称賛は受け入れられないか? 後悔しかけたが、口は止まらなかった。


「その美しさもさることながら……。誰かを想う優しい心、誰かを助けようとする勇敢な心。感服いたしました」


「将軍……」


ああ、令嬢が呆れてる。だが、止められない。


「アナタはとても素晴らしい方です。自分よりも……」


最後まで言おうか言うまいか。悩んで言葉を切る。


「将軍?」


「自分は、とても卑怯な奴なのです」


軽く小首を令嬢の姿に、観念してすべてを話す。


「自分は、この身なりでと笑われるかもしれませんが、カワイイものが好きなのです」


「はあ……」


聞いている形になった令嬢が呆れたような声を出した。

当たり前だ。

このガタイでカワイイもの好きとは。誰であっても驚くに違いない。


「自分は……、自分に似合わないのは百も承知で、今日回った店のような、ああいうキラキラしいカワイイものが好きなのです。ですが、この体なので、一人で店を回るのは気が引ける。だから、アナタとのデートにかこつけて、行きたいところを回ろうと。そういう卑怯な奴なのです」


そう。

卑怯だ。

好きなら、堂々と自分で見て回ればいい。

だが、それをする勇気がなかった。周囲の者に怖がられるから。それを言い訳に、一人で行こうとしなかった。令嬢とのデートを言い訳に、自分の行きたいところを見て回った。

そんな自分に、この令嬢はまぶしすぎる。

貴族の令嬢ともなれば、男をのしてしまうなど、ステッキを剣のように扱うなど、隠しておきたい特技だろう。おしなべて令嬢というものは、おしとやかに、ああいう場面では恐ろしくて震えるか、失神してしまうのが常だと思う。それを、彼女は勇ましくケンカ連中のなかに飛び込んできた。そして打ち倒してしまった。

隠しておきたかっただろう本性を、子どもたちを守るという優しさの結果、自分の前に曝け出してくれた。

その勇気を称賛すればするほど、自分の卑屈さが嫌になる。

だから、こうして打ち明けた。


「……軽蔑しますか?」


アナタと違って、好きなものを好きと言えない、卑怯な自分を。

アナタをダシに、好きなものに近づこうとした自分の所業を。


「将軍。いえ、グランツさま」


令嬢が、ようやく顔を上げると、こちらに向けて微笑んだ。

って、自分の名前を? 初めて呼んだ?


「わたくし、今日一日で、アナタのこと大好きになりましたわ」


「――え?」


好きに? それも大好きに?


(本当か?)


彼女が嘘をつくとは思えないけど、だがその言葉を信じられなかった。

自分のどこを? 「大」をつけるぐらい好きになるんだ?


「わたくし、初めてお会いして、アナタのその筋肉に惹かれましたの」


筋肉?


「それから、日に焼けた肌と、燃えるような髪に。大きな体躯も素晴らしいですわ」


肌? 髪? 体躯?

赤獅子将軍という二つ名をいただくぐらい、そして誰からも恐れられるそれを? 惹かれた?


「でも、その内面も素敵だなって」


「内面――ですか?」


「ええ。雑貨店で、わたくしを店内に置いて、自身は外に出ておられたでしょう?」


「それは、まあ……」


周囲の客を怯えさせないように。令嬢が気楽に楽しめるように。


「わたくし、あの時は、自身のことで周囲に気遣って外に出られた。そのお気遣い、優しさしかわかりませんでしたが。今、お話しを伺って、得心いたしました。お店を出られてからも、チラチラ店内を覗いていらした理由が」


「はあ……」


「ああいうものがお好きだったのですね」


こらえきれなくなったように、令嬢がクスクス笑いだす。


「あ、はい」


「もしかして、タルトタタンも?」


「えと……。大好物であります」


「召し上がってたコーヒーよりも?」


「コーヒーは、苦手ではないのですが、砂糖とミルクが欲しかったであります」


「そう」


こうなったらすべてを晒せ。

開き直って答えたら、令嬢の笑いが加速した。

クスクスクスクスクス。

握った拳で口を押えているが、笑いは止まらない。


「わたくし。グランツさまのような方、好きですわ」


「――え?」


「とても勇敢で、雄々しくて。でもかわいらしいものがお好きで」


そ、それって、好まれるものなのか? 

前半はいいとして、後半はどうかと思うぞ?


「本当にダメな方は、自分の苦手をこんな風に曝け出したりいたしません」


「そ、そうですか……」


そう……なのだろうか。

疑問は残るが、それを感じさせないほどキッパリ言われた。


「わたくし、お祖母さまに伝えるつもりです。このままグランツさまとおつき合いさせてくださいって」


「シェフィリア嬢……」


「フフッ。初めて名を呼んでくださいましたね」


「え、えっと、その……」


呼んだらマズかったか?

いや、でも彼女も自分を「グランツさま」と呼んでるわけだし。


「グランツさま」


笑いを収めて彼女が呼ぶ。


「わたくし、見かけによらず、ああいう荒事にもつっこんでいく、そういう女です。それでも、よろしいですか?」


「え?」


「妖精令嬢と呼ばれているのは知ってます。ですが、その中身はガサツで、全然妖精らしくありません」


妖精令嬢。

青銀色の流れるような髪と、青くパッチリした瞳。透き通るような白い肌。抱けば折れてしまいそうな華奢な体。

背に、繊細な羽根を隠し持っているのではないか。

その印象は、今も変わらない。


「こんなわたくしですが、グランツさまが任地に戻るまで。――いえ、任地に戻られてからも、おつき合いいただけますか?」


見上げてくる青い瞳は、まさしく妖精。

でも、その内実は違う。

その瞳の奥にあるのは、誰かを思って行動できる、熱く優しい心。


「自分でよろしいのですか?」


問う声が、この体格に相応しくないほど掠れた。


「ええ。グランツさまがよいのです」


かわいい。

愛しい。

感情が、体を突き抜ける。


「シェフィリア嬢――」


気づけば、礼儀もなにも忘れて、腕に彼女を抱き寄せていた。

妖精のように愛らしいからじゃない。すべてが愛おしいと思えたから、無意識に腕を伸ばしていた。

シェフィリア嬢も、一瞬驚き体をこわばらせたけれど、すぐに力を抜き、こちらに身をもたれさせてくる。


「今度、美味しいお菓子をたくさんご用意いたしますわ。カワイイ小物も。誰に遠慮することなく、堪能なさってくださいませ」


令嬢が言う。


「ではお礼に、アナタでもできるだろう体術をお教えいたしましょう。剣術もお相手いたしますよ」


自分が答える。

間違ってる。激しく間違ってる気がするけど、自分たちならそれでいいような気がする。

こちらを見上げる彼女と、彼女を見下ろす自分の視線がかち合う。

青いパッチリした瞳に映る赤獅子と、細く鋭い目に映る妖精。


さて。

抱きしめたものの、抱き寄せられたものの。

この先いったいどうしたらよいものか。

恋愛経験値ゼロの二人に、次の手は思いつかない。


人が見たら、美女と野獣、人身御供。

だけど中身は繊細な野獣と快活な美女、喰われるのははたしてどちらか。


――あ~、もう! じれったい!

――そこでブチュッとキスぐらいしないさいよ!


令嬢の家。屋敷の三階。

夕暮れの中、抱き合ったけれどその先に進めない初々しいカップルの一部始終を見ていた二人の祖母たちが、オペラグラス片手に地団駄を踏んだ。

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