5.Side:赤獅子将軍(3)
(か、カワイすぎるだろぉぉぉぉぉっ!)
心、絶叫!
カワイイ、かわいすぎる!
店の外で、歩哨のように立っていた自分。
令嬢が一息つけるように。令嬢が怯えずにすむように。
そう思って店の外に出たのだが。
――やっぱり自分も商品を見たい!
少しなら。窓越しに見ているだけなら。
誘惑に負け、背を向けていたはずのショーウィンドウをチラ見した時。
(え?)
外を見る令嬢とバッチリ目が合った。
――欲しいものが見つかったのか?
――それとも、外にいる自分が気になったのか? 外に立たせて申し訳ないとか思ってるのか?
気になり、ノソリと店に戻る。
「――気に入ったものはありましたか?」
なるべく平穏に、普通を心がけて問いかけたのだが。令嬢の隣にいた店主に、ヒッと小さく悲鳴をあげられてしまった。
男である店主ですらこれなのだから、直接問いかけられた令嬢は、もっと恐ろしく感じているだろう。
早くここを立ち去りたい。いや、早く自分の前から立ち去りたい。
そう思ったのか、令嬢がどれと選ぶでもなく、サッと近くにあった熊のぬいぐるみを手に取った。
「わたくし、この子が気に入りましたわ」
本当に?
問い返したくなった。
手に取った熊のぬいぐるみ。
そこまで大きな熊ではないが、令嬢はその熊を抱え、熊越しにこちらを見てくる。
(くぅっ! カワイイ!)
ではなく。
(そんなに恐ろしいのか?)
熊のぬいぐるみという、防御力ゼロのアイテムに隠れたくなるほど、自分は恐ろしいのだろうか。こうして懸命に返事をかえしてくれるけど、その内では恐怖に震えているのか?
(健気だ)
そして、その熊に隠れる姿が……。不謹慎だとわかっているが、とても。とてもカワイイ熊のかわいらしさと相まって……。
「店主、これを贈り物として用意してほしい」
言うのが精いっぱいだった。
カワイすぎる、愛らしすぎるその姿。直視なんてできるはずがない。
表情が変わらないのはいつものことで、決してニヤケたりしていないと思うが、それでも顔を隠し、視線を逸らす。正視したら、こちらがタダではすまなくなる。
(ぬいぐるみは……確か、「永遠の愛」とかいう意味があったな)
店主に、ぬいぐるみを彼女の家に送り届けてもらうよう、手配を頼んでふと思い出す。
ぬいぐるみには、「愛情」「いつも一緒にいたい」という意味がある。ぬいぐるみから感じるもの、それがそのままぬいぐるみのぬい言葉(花言葉みたいなもの)として扱われる。
そして熊となれば、その言葉に、「(困難に)耐える」「(喜怒哀楽問わず)感情を抱く」「(実を)結ぶ」という意味があって。そこから「困難を一緒に乗り越えていく」、「生涯寄り添っていく」という意味も含まれる。――が。
(まさか……な)
いくらなんでも考えすぎだ。
ただ単に、「こちらが気に入ったものは?」なんて尋ねたから、手っ取り早く「これを」ととっさに選んだだけだろう。
赤毛の熊のぬいぐるみ。
どこか自分に似ているような気がしたが、それだって思い違いにちがいない。
自分のような男。
こんな可憐な女性が好きになってくれるはずがない。彼女のような人なら、もっとスマートな洗練された王子さまのような男が似合うに違いない。
あの熊は……。
店主は贈り物らしくかわいく包装しておくりとどけてくれるだろうが、きっとそのまま開封されることなく、日の目を見れずお蔵入りだろう。
(孤児院にでも贈られればいい)
お蔵入りするよりか、その方がマシ。
令嬢の優しさなら、さすがに贈り物を捨てるなんてことはしないだろうが。だからと言って、蔵に放置されるのも辛い。それぐらいなら、孤児院に寄付してもらえばそれでいい。
令嬢にかわいがってもらえずとも、孤児たちに遊んでもらえればそれでいい。
(孤児院で幸せになれよ)
包まれていく熊に見えない声援を送っておく。
令嬢に抱いてもらえなくても、お前のかわいさなら、孤児たちが引っ張りだこで抱きしめてくれるだろう。
「――あの?」
「ああ、すみません」
声をかけられ、我に返る。
熊に声援を送るなど、感慨にふけってしまった。
今は。今、相対するべきは熊の行く末ではなく、目の前の令嬢とのデートだ。
「では、参りましょうか」
「はい」
チリンと小気味いい音を立てて、店のドアを開ける。
ここで、彼女の手を取りエスコートできればいいのだけれど。
(――やっぱり無理!)
かわいさの余韻が。愛らしさの余波が。
(頼むから、そんなキュルンとした目でこっちを見ないでくれ!)
かわいすぎて、力加減も忘れて抱きしめたくなる!
というか。
(その存在こそが、神!)
ぬいぐるみよりもなによりも、その愛らしさに震えそうになる!
「あの、次はどちらへ?」
尋ねる、その声も愛らしいっ!
――って、落ち着け自分!
「そ、そうですね」
そうだ、落ち着け、今はデート中だ。
おそらく多分、二度とないだろう、一生に一度の思い出記念デートだ。
「では、あちらの店などいかがでしょう」
「あのお店……でしょうか?」
「ええ。ずっと歩いてばかりで、お疲れでしょうから。一休みいたしませんか?」
一瞬。ほんの一瞬、令嬢が身を固くした。
(なぜだ?)
ご休憩ってことで、やましい店を選んだわけじゃないぞ?
人の多い通りに面した、明るく、優しい色合いの店。
くまりんメープル王国。
キュルフワくまりんと、プルルンメルップルうさぎが経営しているという体のカフェ。
イチオシメニューは、キュルフワくまりんチョコケーキ! それか、メルップルうさぎのメープルプリン!
どちらも今王都で人気のメニューで、甘いもの好きもカワイイもの好きも満足する美味しさだという。
そんなメニューで、少しでも令嬢にホッとしてもらえたら。――というか、令嬢とのデートをダシにして、一口でいいから自分も食べられたら! という邪な考え入りのお誘いなのだが。
「……お嫌でしたか?」
令嬢の反応に不安になる。
どうした? こういうのはお嫌いか?
それとも、一度自分から離れたせいで緊張が解け、これ以上一緒にいたくないと自覚してしまったか? 家に帰りたい、デートを終了したいと思うようになってしまったか?
(仕方ない)
令嬢に無理強いすることはできない。
あのチョコケーキ、プリンも王都にいる間に、一度賞味しておきたかったが。
そもそも令嬢とのデートなら、店に入れるかもしれないという、邪すぎる計画だったのだ。断念するしかない。
(こんなことなら、先にこっちに来ておけばよかった~~っ!)
令嬢がどこまで自分につき合えるか。自分に怯え、逃げださずにいられるか。
こんなことなら、最初にこっちの店に来ておけば、少なくとも期間限定の、「うっかりくまりんの限定タルトタタン」だけでも食べられたかもしれないというのに。(←チョコケーキとプリン以外にも食べたいものリサーチしてた)
それに、いきなり食事はハードルが高いだろう。食事がすぐに運ばれてくればいいが、そうでなかった時の間が持たない。
だから先に、雑貨店でカワイイものを見て、ちょっと場を和ませようと思ったのだが。
(自分もあちらの新作見たかったし)
いいものあれば、隙あらば自分でご自宅用の何かを買いたいと思ってた。結果、買えてないが。
(いや、今は作戦の是非を問うてる場合じゃない)
そういうのは、家に帰ってから。夜に寝床で一人でやっていろ。
「帰りましょうか」
あのケーキたちは、任務に戻る前に、侍女か誰かに買ってきてもらうことにしよう。そして、自分は祖母の落胆する、わざとらしく大きすぎるため息を聴きながら、それを食すことにしよう。
「あの……、いえ」
踵を返そうとした自分。けれど、令嬢は同じように家に向かうことなく立ち止まった。
「せっかくですから、ごいっしょにお茶をいたしませんか?」
「――え? しかし……」
いいのか?
一緒にいたくないのでは?
お茶をする? マジか?
無理してるんじゃないのか?
ここで帰っても、令嬢が叱られるなんてことはないはず。それどころか、「よくやった」「よく耐えた」「頑張った」で褒められるはず。
「わたくし、もう少しだけお話ししたいと思っておりますの」
ダメですか?
視線が残りの言葉をつけて問いかける。そしてはにかむような笑み、ニッコリ。
(ダメなわけないでしょぉぉっ!)
これで、夢にまで見たあのチョコケーキを食べられるっ! くまりんのうっかりタルトタタンも食べられるかもしれないっ!
できることなら、全メニュー制覇して、味を覚えて任地に帰りたいっ!
そうしたら、あっちでも食べることができるっ! 軍の料理人には作れないかもだが、自分にはそれを再現するだけの腕がある!
(神様、ありがとう!)
心の中で、神に感謝!




