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4.Side:妖精令嬢(2)

――では。


短く。端的に。

「外にいます。お会計となったら呼んでください」

なんて長々言わず、すべてを「では」に込めて言うと、有言(即)実行で、店の外に出ていった将軍。

その大きすぎるガタイは、真っすぐ背を伸ばして出るのは憚られるようで、やや斜めに背を丸くして出ていった。


ポツンと残されたわたしと、隣でホッと息を吐きだす店主。

店主は、客がわたしだけになってあからさまに安心しているようだけど、わたしは違う。


(こんなお店に残されても困るのよ!)


ルー&リーデル雑貨店。

令嬢として知らないわけじゃない。この王都、令嬢内で今一番有名なお店。

店内に響く、優し気なオルゴールの音楽。通りに面した大きな窓からは差し込む光に、並べられたガラス細工の白鳥がキラキラ輝く。

繊細な刺繍の施されたハンカチ。良い香りのただよう香水瓶。

優し気な印象の白い生地に花の描かれたティーカップ。たしか、描かれた花の絵で、想いを相手に伝えるとか、そういうカップ。

パッチリしたお目目の熊のぬいぐるみ。抱きしめたくなるフワッとした手触りの猫のぬいぐるみ。

白いレースの敷かれた年季の入ったオーク材の棚には、銀のアクセサリー。小さく貴石があしらわれている。

カウンターには、店主の手作りらしいクッキーまで売っている。

どれもこれも、王都で流行りのものばかり。

そして、「ちょっと宝石店とか立ち寄るにはまだまだな関係」の男女が来店するに相応しいものばかり。

宝石とか花だと、そのまんまの想いが重いなって時に、気軽に選んで贈る(贈られる)ことができる店。

だから、初めてのデートで訪れるのに最適なのはわかるけどっ!


(置いて行かれても困るんだってば!)


令嬢としての雑学として、こういうお店があるのは知ってる。

ここで選んだものなら、値段的にも含まれる意味的にも、そう重くないし、過度の遠慮もしなくていいだろう。

けど。


(わたし、こういうものが一番苦手なんだってば~~!)


苦手。

この容姿なら似合うって思われる、この容姿ならこういうの好きでしょ? って思われるかもだけど、実は一番苦手なものでもある。

まず、この落ち着いたオルゴールの音! 買い物させたいの? それとも眠らせたいの? って思ってしまう。キレイだけど単調なのよ。飽きるわよ。

そして、店内に漂う香水の香り。ゔ~。甘ったるぅ! 窓、開けていい? 換気したい。

ティーカップも、ガラス細工もとても繊細そうだけど、壊しそうで触りたくない。離れていたい。

こんなところで、一人置いて行かれてどうしろってのよ!


(まあ、お心づかいは、わからないでもないけど)


将軍が出ていった理由。


――将軍の容貌に、みんなが怯えるから。


この店に入った時、それまで賑わっていた客どもは、全員怯えて我先にと出ていった。

デートなんだろう。甘ったるいセリフを吐きながら、顔を寄せて選んだペンダントを彼女に薦めていた男。真っ先に(彼女を置いて)飛び出していった。

どれだけ怖いってのよ。

プンスカ。

将軍は、見た目、とても怖いかもしれない。ガタイもいいし、顔つきだって厳しい印象。

だけど、ちゃんと優しいのよ。

この店に来るまで。大柄な彼からは信じられないぐらい歩幅が小さかった。ノシノシと歩いてもいいのに、わたしに合わせるように小股で歩いてくれていた。それも、馬車の通るかもしれない側をキッチリと。

ちょっとどころか、かなり着慣れていない印象の服。おそらくカシミヤ製。それも極上の仕立て。でも。


(クラヴァットが、窮屈そうなのよね)


体形に合わせて仕立てたのだろうけど。首にゆるく巻かれたクラヴァットが苦しそうに見える。


(おそらく、その下の筋肉が張りすぎているせいよ)


スーツにクラヴァットという組み合わせはおかしくない。選んだ色も悪くない。

けど、それが苦しそうに見えてしまうのは、その下に隠された筋肉がモリモリすぎるせい。


(「フンっ!」とか力込めたら破れそう)


そしてモリモリ筋肉こんにちは。――って、さすがにそれはないか。

でも、そんなことを考えてしまうぐらい、将軍の体は(服に隠されていても)素晴らしいと思う。

大柄。でも均整のとれた体つき。

今日のために撫でつけたのだろう髪は、真紅。燃えるようなたてがみのような髪。

健康的によく日焼けした肌。鋭い目つき。

低いけど、聞き取れないほどじゃなくて、よく通る声。


(とっても素敵)


将軍に似合うのは、こんなこ洒落た店じゃなくて。きっとおそらく、孤高の岸壁。後ろから白く大きな波が、ダッパーンとぶつかって砕けるような、そういう崖。

一歩を踏み出すような足。腕を組んだ将軍の眼差しは、遠く未来を見据えている。――そんな感じ。

それか、赤く夕焼けに燃える草原で佇む、これまた孤高の獅子。

これを「怖い」って思うなんて。逃げ出すなんて。

みんなの見る目がない証拠ね。

その点、わたしなら、ちゃんと見る目あるわよ。

王都にいる、チャラチャラした、顔だけヒョロヒョロ令息より何倍も、何十倍も将軍のほうがステキだってわかってるもの。

まあ、あまりにステキすぎて、ガン見しちゃって、何度も将軍と目が合っちゃったけど。

本音を言わせてもらえば。

こんなお店の商品を見せられるよりも、その服の下のムキムキ筋肉を見せてほしい。できれば、その筋肉に触れさせてほしい。

言ったら変態扱いだから言わないけど。

もっと、もっともっと将軍が好きそうなところに連れて行ってくれればいいのに。それこそ、練兵場なんて最高なんだけどな。部下を指導するだけじゃない、剣や槍、武芸の鍛錬に勤しむ将軍を見るのって、最高じゃない?


(本音を言い合える仲になれたらいいのに)


こんな触れたら壊れそうなガラス細工じゃなくて、そのガッシリした筋肉に触らせてくださいって。

お心づかいはうれしいですけど、一生懸命、わたしのためにリサーチしてくださったお心づかいはうれしいのですが!

見た目は妖精ですけど! 中身はとってもガサツですからぁ!

こういうお店は、色々ぶっ壊しそうで怖いんですー!


(助けてぇ~!)


この商品はなんだ、その商品はなんだ。

店主の説明を、「なるほど、素晴らしいですわ」なんてほざきながら聴いてるけど。本音は壊しそうで怖くて仕方ない。少しでも早く店を出たい。


(将軍っ!)


敵地真っただ中の戦友(なった覚えはない)を助けてくださいよ! こんなところに放置しないで! 戦友(だから違う)を見捨てるなんて男らしくないですよ!

敵の罠なら、ぶち壊して脱出もありえますが、こんなお店では、それもできないんですよ!


バチ。


(あ、目が合った)


助けを求めるわたしの視線と、なぜか店内を凝視する将軍の視線が。

バチッと音がしそうなほど、ぶつかってしまった。


「――気に入ったものはありましたか?」


カッランカランとドアベルを鳴らし、店内に入ってきた将軍。

それまでうれしそうに、そしてしつこく商品の説明をしていた店主が、ヒッと息を呑んだ。――失礼ね、コイツ。


「気に入ったもの……ですか」


店内にはありません。今、気に入ったものが入店してきました。アナタのその筋肉ですわ。一度、その堅さを確かめるために、触らせていただけませんか?

……な~んて言っちゃダメだよね?

令嬢として、というより人として終わってる。妖精令嬢じゃなくて、変態令嬢爆誕でしょ、それ。

仕方ないので。


「そうですわね……」


ちょっと店内をキョロキョロ。

特に、どれがいいなんてものはないんだけど。ないのだけど。

「ありませんわ(本当)」「このお店、好きじゃありませんわ(事実)」を率直に伝えるわけにはいかない。

絶対いっぱい下調べしたんだろうし。

ご自身は興味がなくても、「この店ならわたしが喜ぶだろう」って思って、連れてきてくださったのだろうし。

そのご厚意、生真面目さを無碍にはできない。しちゃいけない。


(となると……)


初めてのデート。そこで選ぶもの……。

贈られる前提で、選ぶにふさわしいもの……。


「わたくし、この子が気に入りましたわ」


近くのテーブルに置かれていた、茶色の熊のぬいぐるみを手に取る。

フサッとした毛並みは、少し赤っぽい。触れた感覚も悪くない。

つぶらな、瞳も普通なら茶色とか黒を選ばれるのに、この子はなぜ赤色。

そして抱えるほどに大きく、首には真っ赤なリボン。


(ちょっと将軍に似ている?)


とっさに選んだのだけど、そう感じたから選んだ。のだけど。


「そ、それでよいのですか?」


熊を抱えたわたしを見て、なぜか、視線を逸らした将軍。


(どうした?)


花柄のティーカップとか、ハンカチとか香水とかアクセサリーとか。お菓子にも意味がある。

花柄のティーカップ、ピンクのチューリップなら「愛の芽生え」、ブルースターなら「幸福な愛」とか、カップに意味はなくても、描かれている花に意味がある。

香水も同じ。

香水の香りは、花を原料にしているからか、イランイランなら「乙女の香り」とか、ジャスミンなら「アナタと一緒にいたい」とか。極めつけはチューベローズの「官能的、危険な快楽」なんていうものもあったりする。それも香水って性格のせいか、普通の花と違って意味が深すぎるというか、きわどいものが多い。

さすがに。さすがに「これが欲しいですわ」とは言えない。意味深長すぎるし、そもそもわたし、こういう匂いが大っ嫌い。

お菓子は美味しいんだけど、マカロンなら「特別な人」とか、キャンディなら「アナタが好き」とか、やや無難な言葉になるんだけど。マドレーヌの「アナタと一緒にいたい」は一見普通に思えて、実は「夫婦和合」の意味も含んでいたり、ティラミスの「わたしを元気づけて」は、「どうやって元気づけるか」が問題になったりならなかったり。

贈りものとしていただくには意味が、意味がっ!

そういうことへの、計算を高速で行った結果、厳選な選考の結果、取ったのがこの熊のぬいぐるみ。

ぬいぐるみに意味がないわけじゃないけど。確か、「永遠の愛」とかなんとかあった気がするけど。それでも、まあ身に着けるものでもないし?

今日のデートの記念として。一番無難なんじゃない?

この熊を見るたび、将軍のことを思い出しそうだし。縁談が破談となっても、「こんな筋肉モリモリの人と会ったことがあるんだよー」で、熊を見るたび、思い出せそうだし。


「――では、それで」


将軍が言う。


「店主、これを贈り物として用意してほしい」


そっぽ向いたまま、こちらを一度も見ることなく、手の甲で顔を抑えて言われた。


変なの。

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