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3.Side:赤獅子将軍(2)

(どうしたものか……)


思い悩む。

逡巡、躊躇、苦慮、思案、熟考、検討。

いや。

苦悶。煩悶。

そっちが正しい。

お祖母さまからの提案。


――妖精令嬢、シェフィリア・ショコラティエーヌ嬢。


可憐、清楚、華奢、優美、優雅。

絹糸のようにつややかで柔らかな青銀色の髪、長いまつ毛に縁取られたサファイアのような瞳、プルンと艶やかな桜桃色の唇。白く柔らかそうな頬。そのどれもが、触れれば絶対気持ちいい。そんな感じがする。

そしてその容姿。

幼く感じることはないが、小柄でとても華奢。おそらくだが、触れたら壊れるのではないか。そんな感じがする。


(本当に、背中に羽根を隠し持ってるかもしれないな)


誇張しすぎだろう。

笑っていた自分を殴ってやりたい。それぐらい、「妖精」の名にふさわしい令嬢だった。


「――将軍?」


ジッと見つめてしまったこと、気づかれてしまったか。

デートの最中だというのに、立ち止まってしまった自分を見上げ、軽く首を傾げた令嬢。


(かっ、かわいすぎるっ!)


その傾げ具合といい、こちらを見てくる瞳といい、自分を呼ぶ声といいっ!


(すべてが、かわいすぎるっっ!)


最初は、お祖母さまから言われて令嬢をデートに誘いに行った時。来るのが自分だと知って、怯えていたのではないかという懸念を持っていた。

赤獅子将軍とあだ名される自分だ。

妖精とも言われるような令嬢からしてみれば、この自分の容姿は恐ろしく感じられるに違いない。

魔王に差し出される生贄の気分。

泣き出すか、怯え逃げ出すか。あるいは失神されてしまうか。

「大丈夫だよ~、取って喰わないから~」などと笑って見せても、効果なし。

そう覚悟していたのだが、結果は違った。

自分と対面して、臆するどころか、とても優雅に挨拶をしてくださった令嬢。(稀有)

諸手をあげて、二人で街を散策に送り出してくれた彼女のお祖母さま。(こっちも稀有)

自分の祖母と仲の良い彼女の祖母。

祖母たちの提案に、この令嬢は何を思ったのか。

おつき合いを提案した祖母のお心を知って、無下にできない、祖母のためにも(恐ろしい相手でも)頑張ろう。そう決意なさっているのか。


(だとすれば、こちらとしても、精一杯尽くすだけだ)


容姿が恐ろしいのはどうにもならない。だが、態度まで恐ろしくある必要はない。

というか、「恐ろしい態度」とはどのようなものなのか、自分でもわかっていない。

このデートから帰ったら、祖母を通じて「私のようなものには過ぎたお方です」とかなんとかで、お断りするつもりでいる。

このように美しく可憐な方なら、きっと自分よりもっといい縁談があるはず。

そちらの縁を祈念して、自分は戦場に戻る所存であります。

だが、それまでは!


(ご令嬢を喜ばせる!)


健気に、こちらとのデートをしてくれるこの令嬢に。

少しでも、今日を楽しいものと感じていただくために!


「と、とりあえず、今日は色々楽しみましょう!」


そのための計画は幾通りも練ってある!

最初のデートから踏み込んだようなことはしない! 最初のデートは日が落ちる前に終わらせる!

それが紳士らしい対応! それがあるべき姿!

だから。


二人っきりになる環境を避けた。

彼女の趣味など、サラッとわかるように、あ、え、て、街のそぞろ歩き、ウィンドーショッピングを提案した。

間違っても、自分がそれを見てみたかったわけじゃない、――という体。

歩きなれないだろう令嬢には辛いだろうから、だ、か、ら、ちょうどいい休憩場所、人気のカフェも調べておいた。

間違っても、自分が限定のケーキを食べたかったからではない、――という体。

夜のオペラなど、テーマも時間帯も選ぶような場所には行かない。軽く笑えるどういう意味も含んでいなさそうな、軽い演劇も探しておいた。

気楽に笑ってもらえるよう、会話が続かず困らせたり、巨体な自分がいることで怖がらせたりしないための策略。

幾通りも幾通りも。

作戦、計画を練った。いろんな状況に応じられるよう、徹底的に調査した。

自分は都を離れ、流行りの物に疎くなっている。だから、お祖母さまや屋敷の侍女たちにも聞き込みをした。

今歩いているこの通り。

都で一番の流行が集まっている場所らしく、広い通りには、親子連れ、夫婦、恋人らしき者たちが楽しそうに練り歩いている。


(自分たちは、どう見えているのだろうか)


視線が集まっているのは気づいている。

人々が、足を止めて、店を見ずにこちらを凝視していることも。


(美女と野獣――などと思われているのか?)


威圧感タップリの恐ろしい男に攫われていく可憐な令嬢。

「おかわいそうに。あの男に脅されているのかしら」「なんとか助けてあげられないかしら」

誰もが令嬢を憐れむ。


(それも仕方なし――か)


今日の自分の出で立ちは、お祖母さまとお祖母さまに仕える侍女たちが、そのセンスを結集させたもの。

パリッと仕立てた服。首には、髪と同じ色のクラヴァットを巻いているが……。正直苦しい。首に縄を巻かれ、吊り上げられた熊は、きっとこんな感じなのだろうか。うつむくことも難しく、自然と背が反ってしまう。尊大な態度。

それに。緋色を選んだせいで。なんというのか……。鏡に映った自分は、赤いヨダレを垂らした猛獣に見えなくも――ない。

こんなのが、可憐な令嬢のお相手でいいのか?

不安に思い(なんとか視線を下げて)令嬢を見下ろすが。


「――どうかなされましたか?」


「いえ。なんでもありませんわ」


その視線は、なぜか令嬢のものとかち合うことが多い。


(怯えているのか?)


いつ襲ってくるかわからず、不安でこちらを見ているのか?

チラチラとこちらに向けられる令嬢の視線。

視線が合うと、サッと俯かれてしまうが。


(少し距離を置いた方がいいか)


街のそぞろ歩き。

休日ということもあって、周囲には人も多い。

一応デートなのだから。これでも護衛なのだからと、わずかに言い訳がましく令嬢の隣を歩き、寄って来るだろう男どもを牽制していたのだが。令嬢が怯えているのなら、少し距離を取れるようにしたほうがいい。

そのほうが、令嬢だって安心なさるだろう。


「今日は、自分の行きたい店があるのですが。立ち寄ってもよろしいですか?」


「え、ええ……」


少し驚いたような令嬢の返事。

そして、二度とかち合わなくなった視線。

ずっと俯かれたまま。


(自分の行きたい店。さらに怯えさせてしまったか)


令嬢のなかで、どんな店が想像されているのか。

ギラギラした武器防具の店? 狭くて暗くて、汗臭い店?


「こちらです」


そんな店に行くものか。

自分一人なら、仕事のために立ち寄るかもしれないが、今日はさすがに遠慮する。


「ルー&リーデル雑貨……店?」


店の前、立ち止まった令嬢が看板の表記を、驚いたように読み上げる。

想像と違いすぎたのか。ポカンと看板を見上げている。


「さあ、どうぞ……」


なるべく紳士らしく。令嬢をエスコートするように、店のドアを開ける。


「いらっしゃいませ~」


店内に響くのは、優し気なオルゴールの音楽。通りに面した大きな窓からは差し込む光に、並べられたガラス細工の白鳥がキラキラ輝く。

繊細な刺繍の施されたハンカチ。良い香りのただよう香水瓶。色違いで並ぶそれは、全色そろえたらさぞかし美しいだろう。

祖母の家にもあった、白い生地に花の描かれたティーカップが棚の上に、所せましと並ぶ。

パッチリしたお目目の熊のぬいぐるみ。抱きしめたくなるフワッとした手触りの猫のぬいぐるみ。同じ猫科でも自分とこのぬいぐるみでは受ける印象が全然違う。

白いレースの敷かれた年季の入ったオーク材の棚には、銀のアクセサリー。小さく貴石があしらわれている。

カウンターには、店主の手作りらしいクッキーまで売っている。

ルー&リーデル雑貨店。

王都で今一番の流行りの店。女性の好みを熟知した店。

そんな店だから、店内は女性客を中心として、所せましと繁盛している。――が。


「きゃあっ!」


それもこの時まで。自分も入店してしまったせいか、客が軽く悲鳴を上げて、足早に逃げていった。


(令嬢がいてもこれか……)


落胆しないわけではない。

怖がられるのは承知で、以前なら入店などせず、遠目に眺めていただけだった。だが、今日はこんな可憐な令嬢を伴にしているわけだし――という計算がなかったと言えば嘘になる。


「い、いらっしゃいませ」


小柄な店主。怯え、異様な笑みを浮かべながらこっちに近づいてくる。


「あ、いや。このご令嬢に品を見せてあげてほしい」


自分は、案内しただけ。自分は、店を出ているから、勘定となったら呼んでくれ。

そのつもりで、店を出ようと踵を返す。

こういう店、いっしょに入った令嬢と並んで商品を見るなんてことは、自分には相応しくない。「これなんか、君に似合いそうだ」なんて甘ったるいセリフを令嬢に吐けるのは、繊細そうな(生っちろそうなヒョロヒョロな)顔に自信のある男だけだろう。自分ではない。


「あ、あの……」


カランとドアベルを鳴らして外に出ようとして。自分を呼び止めようとしたのか、小さな令嬢の声が聞こえた。

けれど、それを聞こえなかった体で、「では」と短く告げて店の外に出る。


(優しい方だな)


おそらくだが、自分がどうして店の外に出ようとしたのか、その理由に気づいたのだろう。

そして、そんな自分を哀れに思ったのか、出ていくのを止めようとした。

自分だって、一緒にいるのは恐ろしかっただろうに。

察しよく、優しい、誰にでも気遣える。そんな方なのだ。


(お祖母さま……)


どうしてこの組み合わせを「良い」と思われたのですか?

訊いてみたい。

こんな容姿だけでなく、内面も素晴らしい令嬢なら、自分でなくても引く手あまたでしょうに。それをわざわざ自分なんかと対面させるなんて。


令嬢が怯えてなければいい。

店の中でだけでもホッと人心地ついてくれればいい。


そんなことを願いながら、軽く足を開いて、手を後ろで組んで店を背にして立つ。

護衛。獅子の護衛。

そんな言葉が浮かんだが、直立不動であたりを見回す。

周囲に怪しい奴がいないか。令嬢が一人となったことで、よからぬことを考える輩が現れないか監視。

そして。


(触ってみたかった……)


あの繊細なレース。可愛らしい熊のぬいぐるみ。

眺めて、触って。ご自宅用で購入したかった。

ルー&リーデル雑貨店。

ここを訪れたかったのは、自分のため。

似合わないとわかっているが、自分は武器やなんだと物騒なものより、こういうものの方が好きだ。

あの熊。どれだけモフモフしていたのだろう。

並べられていたティーカップ。あれは、今年の流行りの一品だ。

窓辺のガラス細工だって。自分が触れれば壊れそうだから見るだけだろうが、――もっとジックリ見たかった。

そう。

この店は、「令嬢が喜ぶかもしれない。少しでも喜ばせよう」と下調べして選んだ店だが。


(実際は、自分が見たかった店……なんだよなあ)


令嬢と一緒に入店すれば、もしかして怯えられず、自然な雰囲気で店内を見て回れるかもしれない。

そんなよこしまな期待をしてなかったと言ったら嘘になる。

少しぐらい。少しでいいから。


(見たかったなあ……)


大柄、赤獅子将軍なんて呼ばれているけど、内実はこれ。

自分は、この店みたいなかわいい、キレイなものが大好きな性分。

今でも、背を向けた店内をチラリとでいいから見たいと思っている。逃げるように外に出たことを残念に思っている。

だが。


(あのまま一緒にいなくてよかったかもしれない)


令嬢を怯えさせてしまっていたことを申し訳なく思うのもそうだが。


――これ、君によく似合うよ。


とかなんとか言って、ペンダントを手に取る。そしてニッコリ。


(できるか――っ!)


そんなこと、自分にできるかっ! 

そういうのは、繊細そうな(生っちろそうなヒョロヒョロな)顔に自信のある男にしかできない。自分には無理だ。


(正解だったな)


外に出て。

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