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2.Side:妖精令嬢(1)

「あー、疲れた!」


声に出しても変わらないってわかっていても、言わずにいられない。

疲れた。疲れた。疲れた!

わたしは、とっても疲れたの!


「お帰りなさいまし、お嬢さま」


出迎えてくれた侍女、セイラ。

わたしの乳姉妹で、侍女として仕えてくれている彼女に、外したイヤリング、ネックレス、髪飾り、手袋と、わたしを彩る装飾品を渡していく。


「そんなに大変だったのですか?」


「大変もなにも……ってもう! なんなのよ、あれ!」


ドカッと音を立てて、上品な設えのソファに腰を下ろす。

わたしの私室。二人だけになったことで、すべての装飾をかなぐり捨てる。


「お父さまたちが行けっていうから、行ったけど。最悪よ、サ、イ、ア、ク!」


さっきまで出かけていた先。

それは、公爵夫人の開いたお茶会――という名の、「若い奴に出会いの場を与えて差し上げてよ。わたくしたちが」会。

女性だけの集まりかと思ったら、そこに突然(という名の必然。織り込み済み)男性が訪ねてきて、バッタリ、あらあら、ではご紹介しなくちゃね。という展開。


(めんどくさい)


それでなくても、公爵夫人の手前、可憐な令嬢のフリをしなくちゃいけないってのに、そこによく知らん男性まで現れたら。


(もんのすごくめんどくさい)


可憐。清純。無垢。清楚。

誰が呼んだか、「妖精令嬢」。

流れる青銀色の髪。透き通るほど白い肌。長いまつ毛に縁取られた青く潤んだ瞳。

少し力を入れれば折れてしまいそうな腰。

その背中には妖精の羽根を隠しているんじゃないか。

おそらくこの見た目からの二つ名なんだろうけど。


(――ハッ! 誰が妖精よ)


心の中で思いっきり悪態をつく。

それから、バッと髪を払って、ドカッとスカートの下で足組み。ついでに、痛いだけだから靴もポーンッと脱ぎ捨てる。ソファの背もたれに両腕を広げて載せ。あとは、お酒でも持ってこさせたら、完璧なオッサンの出来上がり。

これで「妖精令嬢」なんだから、笑っちゃうわよね。


(本当のわたしは、そんなものとは程遠いっての)


見た目はそうかもしれないけど、中身は全然違う。

お茶会で用意されたお菓子。そんなものよりガッツリ肉が食べたい。ちまちまお菓子なんて召し上がりたくないのですわ。

だけど、誘ってくださった夫人の手前、行けと命じた父さまの顔を立てて、いつものように「妖精令嬢」の演技。夫人たちの前で「フフフ」「ホホホ」もめんどくさいってのに、そこに男性なんて現れたら。それも、「おや、ご令嬢がいらしてるとは気づきませんでした」とか言いながら、こっちを品定めするような目線でこっちをジロジロ見てくるあの――。


「ああ、おぞましいっ!」


思い出すだけで身震いしたくなる。

いっそのこと、父さまのこととか、家の名誉みたいなの、全部忘れて、どっかほっぽって、本来のわたしを出してやろうかしら。

何度、そう思ったことか。

妖精の本性は、ガサツなオッサンですよと。馬に乗るならサイドサドルなんて嫌。男性と同じようにパンツスタイルで鞍に跨りたい。

思ったことは腹の中に溜めないで、言葉にして思いっきりぶちまけたい。

楚々と小股で歩くんじゃなくて、ガッポガッポと大股で、大手を振って歩きたい。笑うのならガハハと豪快に。

一番嫌いな言葉は「女性なのだから」。一番嫌いなのはこの容姿への偏見めいた扱い。

だーれが「妖精令嬢」よ。気持ち悪いわ!


「――お嬢さま。大奥さまがお帰りになったら、ご自身のところへ来るようにと、おっしゃられておりましたが」


「お祖母さまが?」


「ええ。なんでも大切なお話があるそうです」


淡々と用事を説明するセイラ。彼女にしてみれば、わたしの癇癪めいたこの態度に、いちいち眉をひそめるのも面倒といったところか。

用事を伝え、わたしが脱ぎ捨てた靴を集め、丁寧に片づけている。


「じゃあ、とっとと伺いますか」


わたしが帰ってきたことは、お祖母さまに伝わってると思うから。それで出向くのが遅いとなると、怒られてしまう可能性もある。こんな疲れてる時に、お祖母さまに叱られるのは疲れ倍増なだけで、一利もない。


「セイラ、着替えるから手伝ってくれる?」


帰って来てすぐに参りましたわ。

そう印象つけたほうが得策?

思ったけど、着替えを優先。

よそゆき、お出かけ服は、上品すぎて肩がこる。動きも制限されるし、なによりコルセットはキツイし、まとわりつくペチコートが邪魔。

ここは自分の家なのだからもう少し楽な恰好で過ごしたい。会うのはお祖母さまなのだから、多少令嬢らしくない恰好でも、問題ないだろう。

ということで、選ばれた服。最低限のマナーとして足首まで隠れるドレスだけれど、その腰回りとかゆったりした作り。


「――お祖母さま、参りました」


軽く叩扉、二回。


「お入りなさい」


許可を得て入室。

妖精令嬢の姿はかなぐり捨てても、マナーまでは捨てたりしない。


「お帰りなさい。大変だったでしょ」


室のなかにいたのは、お祖母さまとお祖母さま専属の老執事。

勧められるまま、ドカッとソファに腰かけると、その老執事が表情一つ変えないまま、お茶を用意してくれた。


「ラルスフィア公爵夫人でしたかしら。お茶会、どうでした?」


置かれたカップを、ほっそりとした手で持ち上げるお祖母さま。


「どうもこうも。疲れました」


正直な感想。

楽しかったです。有意義なひとときでしたわ。

もしくは。

お茶の途中で、殿方がいらして。わたくし、驚いてしまいましたの。素敵な殿方でしたわ。

なーんてうわべだけ感想を述べたほうがいいのかもだけど。


(めんどくさい)


お祖母さま相手にとりつくろうのはめんどくさい。家の中ぐらい、正直でありたい。


「なんですか、あれ。お茶会ってだけでも退屈なのに、そこに、嘘くさい偶然を装って、男性がやってくるなんて!」


甘ったるいお菓子の匂いと、お化粧だの最新のドレスだの、意味のない会話だけでもうんざりしてたのに。

そこに、よくわからないヘラヘラニコニコ、こっちを値踏みしてくるような視線の男。

こっちに下心ありま~す! な締まりのない顔。顎を掌底突きしてやったら、伸びた鼻の下が元に戻るか、実験してやりたかった。


「まあ、あの方は〝いらんことしい〟というか、〝おせっかいすぎ〟というか。若い男女をくっつけることに執念燃やしてるような方ですから。それしかご趣味がない人だから、許して差し上げなさいな」


ホホホ。

優雅に笑う祖母だけど。言ってることは結構辛辣。


(お祖母さまも、わたしと似たようなものなのよね~)


今は白くなってしまったけど、昔はわたしと同じ青銀色の髪で、社交界の華として多くの男性の注目を浴びていた。けど、その中身は、辛辣でズケズケと物言う性格。

だから、わたしのこの態度を見ても、「昔のわたくしみたいだわ」でサラッと受け流される。


(亡きお祖父さまは、お祖母さまのどこを気に入ったんだろ?)


やっぱり外見? それとも内面?


「ねえ、シェフィリア」


お茶を飲む所作は、とても優雅なお祖母さま。


「アナタ、とある方に会ってみない?」


「とある方?」


誰それ。

わたしもカップを手に取る。

薄いカップは、丁寧に持たないと、割れそうで怖い。繊細な模様を描く把手部分。ちょっと力を入れたらそれだけでパキッとカップと泣き別れ。


「グラディエイト侯爵家のご令息、グランツ・グラディエイトさまよ」


ブホ。


お茶を吹き出しかける。


「ぐ、グラディエイトさまって言ったら!」


「あら、アナタもご存知だったの?」


「この国で知らない人がいたら、もぐりですよ!」


「その将軍がね、今ちょうど王都に戻られているらしいのよ」


グランツ・グラディエイト。

侯爵家の次男で、今は東方将軍に任ぜられている人。

大柄で強くて、逞しくて。敵に負けナシの常勝将軍。

ついたあだ名は「赤獅子将軍」。燃えるような赤い髪をしてることから名付けられたらしい。

たしか、二十代半ばぐらいの、若い将軍だったと思うけど。


(そんな方とわたしが?)


会うの?

でもこの場合の「会う」は、「初めまして将軍。アナタの武勇はかねがね聴いておりますわ」で、「こんにちは」、「はい、さようなら」で終わらないやつだよね?

相手と会って話しして、「コイツと結婚したい」と思えるかどうかの品定めだよね?

さっき、公爵夫人が仕掛けたお茶会と同じだよね? いや、こっちのほうが一対一で会うから、もっと直接的か? 偶然とか装ってないぶん、本音も隠してない。

こういう「会う」は、ほぼその先も決まっている。会って、気に入ろうがどうだろうが、婚約、結婚はほぼ決まっていたりする。

結婚なんて、家同士で決めるもの。お祖母さまは、お祖父さまと大恋愛の末に結婚なさったけど、そういうのは稀。「会う」となったら、よほどのことがない限り、結婚は確定。


「アナタも18。そろそろ身を固めて、わたくしを安心させてちょうだい」


グッ。

そう言われてしまうと、反論できない。

18になれば。18になってしまえば。

結婚からは逃げられない。


(ってことは、一生「妖精令嬢」かあ)


わたしが「赤獅子将軍」の噂を知ってるように、相手だってわたしの「妖精令嬢」を知ってるだろう。

だとしたら。期待に外れないよう、「妖精令嬢」を演じるしかないのかも。柄悪令嬢は封印。というか、こっそり影でやることにしよう。


(結婚、ねえ……)


カップを置き、天井を見上げる。

もう少し、自由にしていたかったな。

でも。


(赤獅子将軍かあ……)


どんな方か知らないけど。都にゴロゴロいるようなナヨナヨヨヨヨ令息よりはマシかも。筋肉だってタップリあるだろうし。割れた腹筋、岩のような胸筋? 


(そういうのを眺めながら生きるのも悪くないわね)


「わかりました。お会いいたします」


胸に手を当て、立ち上がって誓う。

妖精令嬢を演じるのはめんどくさいの極みだけど、強い筋肉を見られるのなら、それも悪くないかも。


「素晴らしい決意だわ。でもね」


わたしを見上げる祖母が言う。


「無理だと思ったら、お相手ぶん殴ってでも帰っていらっしゃい」


……お祖母さま、ご自身で勧めておいて、それはないと思います。

そして。

悔しいけど、わたしが全力ぶん殴った程度で、赤獅子将軍はビクともしないと思います。

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