1.Side:赤獅子将軍(1)
久々の王都。
煌めく街のショーウィンドウ。笑いさざめき歩く人々。
高く朗々とした店の掛け声。ただよう馥郁とした香り。
華やかな街に心浮き立つかと思ったが、そうでもないということを痛感した。
あまりにも差がありすぎる。
あまりにも非現実的すぎる。
そんなことを考えながら通りを過ぎ、静かな郊外邸宅街の一角へと馬を進ませる。
本来なら瀟洒な馬車でくぐるべき門。そこを騎馬のまま通り過ぎる。
祖母の家。
侯爵だった祖父が亡くなり、息子に家督を譲った祖母は、街から外れたこの丘に居を構えた。
滅多に人の訪れがない祖母の家。女主一人の暮らしでも、使用人たちはキチンと仕事をこなしているのだろう。
邸宅の庭も花も、手入れを怠っている様子はない。むしろ、今の自分の住まいよりも整っているように感じる。
「お祖母さま。グランツ、――参りました」
そんな邸宅の玄関。迎えてくださった祖母に挨拶をする。
名と「参りました」の間に一瞬の間があったのは、いつものようにそこに「グラディエイト」をつけるべきか逡巡したから。敬礼もつけようかどうか、迷って止めた。
この邸宅の主である祖母もグラディエイトだ。それに、そんな軍隊みたいな名乗り方、堅苦しすぎると叱られるかもしれない。そう思って幾分かくだけた挨拶をしたつもりだったのだけど。
「まあまあ、相も変わらずお堅いこと」
出迎えたお祖母さまに笑われる。
(やっぱり堅いか)
自分では柔らかく言ったつもりだったのだけれど。
「それにしても、グランツ。また大きくなったのではなくて?」
「大きく……ですか?」
なったつもりはない。というか、この歳で大きくなんてなれないと思う。自分は、今年で26だ。
逆にお祖母さまが小さくなったと感じている。お年を召して、背が縮んだような気がするのだが、そんなこと口に出して言ったら、お祖母さまの容赦ない張り手が飛んできそうなので止めておいた。
「将軍らしい貫禄もついて……。亡きお祖父さまに似てきたわね」
そう……なんだろうか。
自分が幼いころに亡くなった祖父。覚えているのはたくさんの白い髭をたくわえた、ベッドの上に座っている姿だから、「似てきた」と言われても、「そうなのか?」と疑問しか浮かばない。
あの白髭の下には、自分に似た容貌が隠されていたのだろうか。
「それで? 最近はどう?」
話ながらたどり着いた応接室。
そこで、お祖母さまがゆっくりと向かい側に座るのを確認して、自分もソファに腰を下ろす。
「はっ! 自分は、ありがたくも東方方面軍、将軍に任命されました!」
はじかれるように立ち上がり、敬礼。
「栄誉ある立場、このグランツ・グラディエイト、未熟ではありますが、誠心誠意、お国のために務めさせていただく次第でございます!」
宣言の後、訪れた沈黙。
ワゴンを押して入室してきた老執事が、立ち上がった自分の前にある、上品な猫脚のテーブルに、花の描かれた薄いカップを二つ静かに置いた。
「……まあ、立派な志ですこと」
祖母が笑う。
「でもね。わたくしが尋ねたのはそういうことではないの」
直立のままの自分を座るように手で指示し、祖母が馥郁とした香りを漂わせるカップを手に取る。
促され腰かけ直した自分も、同じようにカップを手に取る。
「訊きたいのは、貴方の私生活よ」
「私生活……ですか」
自分の私生活?
何を話せばいいのだ?
カップの中身、温かく美味しいお茶を口に含み、軽く思案する。
当方の、自分の軍が駐留するアグストリーネの街の話か?
あそこは、東の国境に近いからか、異国の文物がよく入って来る。この王都では見られないような細工の物もある。髪も肌の色の違う人が往来にあふれている。
(いや、それは私生活ではないだろ?)
では、もっと日常に関わることか?
日々の鍛錬は怠っておりません?
先日も、軍の鍛錬だけでなく、自身を鍛えようと、気の合う部下と狩りをしてまいりました。大きな鹿を射止めましたよ? 狩りのお供に、鷹を飼い始めたんです。大きな鷹で、とても勇壮に飛ぶんです?
(お祖母さまは、そんな狩りの話をお好きだっただろうか?)
えてして、女性は狩りの話など興味を持たれないはずだが。
だとしたら?
ちゃんと規則正しい生活を送ってますよ?
昔みたいに、寝相悪く上掛け蹴っ飛ばして寝たりしてません。風邪だってひいてませんよ? いつまでも子どもじゃありませんからね? 腹出しで寝たって、風邪ひくほど弱くもないですよ?
好き嫌いも(なるべく)無くして、なんでも食べておりますよ?
(違うな)
含んだ茶を飲み下す、わずかな間。さまざまなことを思いつくが、すべて違うと自分で納得する。
「わたくしが知りたいのは、今の貴方に恋人がいるかどうか。想う相手がいるのか、そういうことよ」
ゴフ。
「おっ、お祖母っ、さまっ……!?」
ゲホゲホ。
驚き、茶がおかしなところに入りかける。
「だって、貴方ももう26でしょ? そろそろ身を固めてもいいころだと思うのよ」
「い、いや、それは……」
むせたことで濡れた顎を手の甲で拭く。
たしかに、26にもなれば結婚して、一児の父になっていてもおかしくないが。
「それで? いるの、いないの?」
目をキラキラさせて、食い気味、前のめりになったお祖母さま。勢い、こちらがのけぞる羽目になる。
「い、いません……けど……」
悲しいかな、そういう相手は存在しない。
存在しなくていいと思っている。
戦場に出れば、一兵士のようにすぐに死と隣り合わせという立場ではないが、軍を預かるということは自分もまた総指揮官として、敵に捕まれば殺されること必定の世界にいる。
そんな自分に想う相手など。
それに。
(この自分を好いてくれる相手などできるわけない)
誰であっても自分を見上げてくる巨体。屈強な兵の中に紛れ込んでも目立つ威容をしている。
燃えるように赤い髪。
鋭く野獣のようにきらめく(らしい)赤い目。
将軍らしく立派な勲章など飾らなくても、この容貌のせいで、一目で「あいつだな」「あいつが大将だな」と露見する。
「赤獅子」将軍。
(うれしくない二つ名だ)
この二つ名を知らなくても、大抵の人間が自分から一定の距離を取る。幼子にいたっては、目があっただけで大泣き。
であれば、目をつむっていればいいか? 目つきが怖いのなら目を閉じるか。こちらは気配だけで、誰がどこにいるか感じ取ることはできるから。
と思うのだが、目を閉じたら閉じたで、今度はおもらしつきで大泣きされる。
(自分は、そんな恐ろしい人物ではないと自負しているのだが)
見た目は、風貌が恐ろしいことは否めない。
戦場で上げた功労も、それを後押ししてるだろうことも。
だが。
(いいカップだな)
手にした茶器に目が行く。
薄く焼かれた器に、繊細なまでに美しく花が描かれている。
薄水色の小さな花。これはブルースターだろうか。
花言葉は、たしか――
(幸福な愛)
こんないかつい男が花言葉?
笑われるかもしれないが、自分は剣を持つより、こういうのを眺めている方が好きだ。
できることなら、むさくるしい兵ではなく、この猫脚テーブルやカップのようなものに囲まれていたい。
落差が激しすぎる。
見た目と中身。
相違、乖離、差異。
見た目だけでも近寄ってきてもらえないのに、この中身を知られたら、もっと不気味がられて、誰も近づいてこない。
なのに。
「それなら、ちょうどよかったわ!」
うれしそうにパンッと手を叩いた祖母。
なにが、ちょうどいいんだ?
「貴方、お見合いなさい!」
「――は? お見合い?」
今度は、茶を飲んでなかったので、吹き出すことも、むせることもなかったが。
見合い? 自分が?
「わたくしの長年のお友達、ショコラティエーヌ伯爵夫人をご存知?」
「ええ、まあ……」
王都で暮らしていた、幼少のころに何度かお会いしたことがある。青い目をした、美しい貴婦人だった。
「そのショコラティエーヌ夫人がね、孫のシェフィリア嬢のお相手を探しているの」
「シェフィリア嬢ですか?」
夫人にお会いしたことはあるが、孫令嬢には会ったことはない。
だが。
(シェフィリア嬢と言ったら、「妖精」と呼ばれるご令嬢じゃなかったか?)
情報検索。
たしか、今年18になるご令嬢。シェフィリア・ショコラティエーヌ嬢。
絹糸のように滑らかな青銀色の髪と、深い青色の目を持つ。
透き通るような白い肌、触れれば壊れそうな華奢な体つき。
薄紅の愛らしい唇からもれるのは、鈴を転がしたように美しい声。
いただく二つ名は、「妖精令嬢」。
その背中には、透き通る繊細な羽根が隠されているという、もっぱらの噂。
おそらくだが、「赤獅子将軍」の自分とは対極にあると思われる存在。
そんなご令嬢なら、引く手あまた、求婚者など掃いて捨てるぐらいいるんじゃないのか?
わざわざ自分に縁談など持ち込まなくても。
――魔王に生贄として捧げられる可憐な乙女。
そんな構図が思い浮かぶ。
自分は「魔王」ではないが、こんな自分との見合いなど、それに近いものがある。「魔王」でなければ「野獣」を当てはめておく。
歳だって、かなり離れていると思うのだが。
「夫人がおっしゃるにはね、シェフィリア嬢のお相手に、貴方がピッタリなんですって」
「――は?」
あの夫人、耄碌したのか?
どこをどう見たら、妖精に赤獅子が似合うと思えるんだ?
「貴方ももうしばらく王都にいるのでしょう? だったら、その間に一度会ってみなさいな」
「はい」とも「いいえ」とも言い出せないまま。
強引に祖母に決められてしまった。




