『あれ』との戦いの果てにたどり着いた先は、まだ姫騎士がいない超古代
「護衛の改ランス級が四隻ぃ! 準備できましたぜぇ!」
全身が真新しい傷で覆われた艦長が、満面の笑みを浮かべて報告してくる。
彼より酷い艦長も三人いて、しかし杖も使わず直立不動だ。
何故なら、眼の前に敬愛するリゼがいるからだ。
「ご苦労」
リゼは軽く頷いただけだが、過酷な自発的選抜をくぐり抜けた四人の艦長は、心底幸せそうにしていた。
「艦長。この艦隊で過去遡行が可能なのか?」
リゼが少しだけ困惑しているようだ。
背中から小さく姿を表している光翼は、あからさまに困惑と懐疑の雰囲気で神経質に向きを変えている。
「理論上では、そうらしい」
俺は頷いて、『フリーキャッスル』と改ランス級を眺めた。
どちらも、攻撃と防御に必要な装置を半数以上取り外し、この銀河で一般的な超光速機関まで取り除いてしまっている。
代わりに詰め込んでいるのは、隣の銀河では一般的な位相跳躍機関だ。
スティレット級でない理由は単純だ。
あれは内側にまで新装甲を多用しているため頑丈すぎ、改造が間に合わない。
無理矢理な改造なので、どの艦も一回り以上太くなっている。
艦の各所から飛び出した機械的パーツは不格好であるが、パワーは感じる。
「まるで錨のない船だ。私は、目的を果たしてここへ戻ってくるつもりだぞ」
リゼは艦を見て、俺を見て、ギョーショーとエイルを見て、最後にチョーカー機械人間たちをじっと見る。
見られた直後は得意げに胸を張っていた連中は、しばらくして露骨に目を逸らした。
「リゼさんリゼさん。これって中央の主力艦隊の基本設計を流用してるのです。艦のみでは完結せず、パイロットがいて初めて機能する艦で艦隊なのです」
普段は好き勝手に放言しているギョーショーが、今は少し真面目だ。
「私の目には、イカダとオールで大陸間航海を目指しているようにも見える。……あれはきついぞ」
ダンジョンに到達する前に実際に経験したらしい。
リゼは当時を思い出して辛い表情になり、背中の翼は小さくなって『ぷるぷる』震えだす。
「リゼさまセンスあるっす!」
チョーカー機械人間が笑いをこらえている。
「ボートに搭載しているのはオールではなく、単一惑星規模の文明が作れる最高のエンジンと考えてください。パイロットの担当は索敵と艦の操縦が仕事です。移動は艦側が担当します」
頭は良いのだろうが、倫理と人付き合いの面で問題がありそうなチョーカー機械人間がそう説明した。
「そっちの銀河にはダンジョンはないんだろう? なんでそんなことができるパイロットがいるんだ」
俺は呆れ半分、恐れ半分で、冗談めかして質問する。
戦力強化のヒントでも得られたらという下心からの発言だが、ギョーショーもその部下たちも、おそらく俺の意図に気づいたまま平然と答えた。
「たぶんガチャなのです! 肉人間さんの数はとっても多いので、エリート肉人間さんも少しいるのです!」
「正確な理由が特定できたらその時点でハカセの称号が得られるっす!」
こいつらは、肉人間に対して雑というより、己にとって大事なものを除き、あらゆるものに対して雑なのだと思う。
俺は、比喩ではなく頭が痛くなった。
「んぎぎ」
歯を噛む締めて妙な声を出しているのはエルザだ。
エルザには、過去改変による現実改変に耐える力はない。
ダンジョン惑星の軌道上にある『特殊宇宙港』へセンパイ大使と共に最優先で押し込まれ、そこから通信しているのだ。
「エルザ。私は戻ってくる。エイルの補佐を頼む」
「エイルさんの補佐は僕なのです!」
ギョーショーは現在に残るつもりらしい。
エイルも大事で、商売も大事だろうから、その判断は当然だ。
「元気でな、ギョーショー。あまりやりすぎるなよ」
「別れの場面みたいに言ってるポーターさんには悪いですけど、ポーターさんもリゼさんも改変されないから無事に戻ってくるのは確実なのです。お土産きたいしてるのです!」
俺を励ますためにアホな言動をしているのか、これが本心なのか、付き合いが長い俺でもよく分からない。
深刻な表情だったリゼが微笑んでいるので、ギョーショーに感謝はしている。
「……なあ、リゼ」
俺は口調と意識を切り替える。
皇帝としての仕事はもう終わりだ。
帝国人と帝国の星系が、ダンジョン惑星以外にどれだけ残っているのか分からない。
残っていたとしたとしても、おそらく何もできない。
「そいつも連れて行くか?」
八頭身化したギョーショーという見た目の魔剣が、リゼの左腕にしがみついている。
リゼの部下あるいは持ち物なので、俺が命令する義務も権利もない。
「こやつにも意思がある。好きにさせてやりたいが、な」
リゼは魔剣を拒絶しない。
俺が『こいつは消えるのか?』という意図を込めてリゼを見ると、リゼは静かに頷いた。
「そうか」
俺はリゼと魔剣から離れ、ARメガネに触れる。
リゼが使うためのヒートソードを、連戦や長期戦を覚悟して百本ほど『フリーキャッスル』に搬入させるつもりだった。
「だめ」
魔剣の手が俺の指とARメガネをまとめて握りしめる。
その感触はリゼのものではなく、リゼとは違って力加減せずに俺を握る。
「主の剣、マスターの剣、一本、だけ!!」
リゼが即座に鎮圧しようとしたのを目配せで止めることができたのは、単なる運だ。
魔剣の目に浮かぶ、狂気であると同時に純粋な感情が、俺の心に突き刺さった。
「いいだろう。協力してやる。壊れても文句を言うなよ」
「手段、あるんだな!」
魔剣は俺に掴みかかろうとして、今度こそリゼに押さえつけられた。
己の全てである主に止められているのに、魔剣のギラつく目は俺に向いたままだ。
「思いつきだし、仮に成功しても……」
「やる」
魔王の剣を両手で捧げ持った魔剣が、操縦室の床に頭をこすりつけるようにして俺に頭を下げる。
そんなものを見ても、俺は喜びはしない。
「なら始めるぞ。暇なチョーカー人間は挙手しろ」
「「「「はいっ!」」」」」
「お前ら忙しいのに嘘言うななのです」
ギョーショーはチョーカー連中を呆れた目で見ていたが、止めようとはしなった。
☆
「ダンジョン惑星消滅しました!」
「銀河共和国との交信が完全に途絶! 未知の規格の超光速通信……いえ、索敵波が届いています!」
ジャバウォック銀河帝国は実質的に消滅した。
近くに惑星も恒星もない放浪宇宙港がひとつと、それを護衛するスティレット級とランス級のあわせて五十四隻が帝国の全戦力だ。
もともと高レベルの艦長は少なかったが、大事な人が改変で消えてしまい生きる気力や帝国への忠誠心を失った艦長もいたし、付き合いきれないと判断して契約国連合のスカウトに応じて隣の銀河に去ってしまった艦長もいる。
その結果が、この五十四隻だった。
「ちくしょーっす!」
「レベルがあと少し上がっていれば!」
チョーカー機械人間たちは宇宙港で留守番だ。
研究のためなら喜んで危険に飛び込む連中だが、研究にとりかかる前に消えてしまうのは嫌らしい。
「お姉さま! お義兄様、ご武運を!」
「リゼさん、ポーターさん! 過去改変は一度すると癖になって何度もやり直したがるらしいのです! もう一人のリゼさんを止めないと、僕もエイルさんも帝国のひとたちも一生宇宙港ぐらしなのです!」
「うむ。任せておけ!」
リゼが大きく翼を広げる。
リゼを信じてついてきた艦長や宇宙港内にいる国民が、姫騎士の健在を見て歓声をあげる。
「現時点を以て皇帝の地位をエイルに譲る。姫さんの血縁で愛弟子だ。文句はないよな?」
俺は煽るように言う。
歓声がますます大きくなる。
「お義兄様!?」
「やったのですエイルさん! 権力奪取の手間が省けたのです!」
「そんなこと考えてないですわよっ!」
ギョーショーを物理的に締め上げるエイルに対し、俺は敬礼する。
気付いたエイルが答礼する前に、過去への跳躍が始まった。
☆
「あんたが同行するとは思わなかった」
振り返ると、乗客用のシートにソールがちょこんと座っていているのが見える。
共和国第一星系へ急行して現実改変から同胞を守ろうとしたハイエルフたちとは違い、過去遡行への同行を強く望んだのだ。
「首輪をつけたあなたがそれを言いますか」
ソールは首に巻き付けられた装置を気にしながら、非難の目を俺に向ける
「我が夫よ。あまり良い趣味ではないぞ」
リゼの視線も冷たい。
小さめに展開した光翼も、『これはちょっと……』という雰囲気だ。
「暴れたらリゼ以外は勝てないし、リゼも常にソールを警戒しているわけにはいかんだろ」
俺の言葉に反論するように、リゼに腰に吊るされたヒートソードが揺れる。
愛か根性か気合いかは分からないが、ヒートソードへの乗り移りを成功させた元魔剣だ。
魔王の剣も巻き込んでいるので、形はヒートソードなのにとんでもない強さになっているらしい。
「今ならまだ戻れるぞ」
現在位置は、出発地点と時間が同じで『位相』がずれた空間だ。
惑星も恒星もない、所々に『霧』や『ミミズ型巨大生物』がいるだけの空間であり、『あれ』は見当たらない。
全体として白に近い灰色な、不気味な空間だ。
「私がいれば、貴方がたも無意味にエルフを苦しめることはしないでしょう。エルフを意図して苦しめたいなら、止める手段はありませんが」
ソールの言葉でリゼの気配が冷たくなる。
殺意に変わるまで後一歩だ。
「必要なら個人や組織や種族を殺すが、必要がないならわざわざ面倒なことはしない。……リゼが殺したいと思うなら必要ってことだから、そのときは諦めろ」
ソールが俺に敵意を向け、リゼが納得顔になって気配がもとに戻った。
「そんなことより周囲を警戒しろ。『あれ』は位相跳躍を嫌う。改変後の銀河では見なくなった分、こっちで大量に出現しかねない」
周囲の光景は変わらないが速度は凄まじい。
光速の千倍などとっくの昔に通過して、今では対数表記で表示されている。
「ううむ。実際に経験してもわけのわからない速度だ」
リゼが困惑している。
背中の翼も困惑している。
俺も完全に同意なので、無意識に何度も頷いていた。
「陛下ぁ、そろそろですぜぇ」
『フリーキャッスル』を護衛する四隻を代表して、いつもの艦長が報告してくる。
「了解。時間遡行開始の瞬間に『あれ』が現れるはずだ。今回の航行の目的は、目的地への移動だ。『あれ』の撃破には拘るなよ」
「ランス級で撃破できるもんじゃないですぜぇ」
「『フリーキャッスル』でも同じだ。お互い、姫さんの足を引っ張らないよう頑張ろうぜ」
灰色の空間の中に小さな黒い円が見えた。
小さく見えるのは凄まじい距離があるからで、近づくほどに星系全て軽々飲み込める巨大さが分かってくる。
リゼが眉間に深いシワを寄せる。
『フリーキャッスル』の操縦室から甲板までテレポートじみた速度で移動して、ヒートソードを構えて号令を下す。
「全火力を集中しろ!」
ヒートソードで指し示したのは巨大な黒い円の中心、否、その向こうだ。
『フリーキャッスル』と護衛の計五隻が、黒い円に見えていた『境界』を通過した瞬間、四次元以上の体を持つ異形が俺の五感を埋め尽くした。
攻撃開始は改ランス級が速かったが、改ランス級のタキオン砲の攻撃を、リゼの斬撃が追い越す。
ひとつふたつではなく、最低でも百単位の斬撃だ。
『あれ』の群れをピンポイントに切断して『ずらす』ことで進路をこじ開ける。
距離にして数光秒ほどの空間が現れた。
そこにタキオン砲の攻撃と、わずかに遅れて『フリーキャッスル』からの超光速ミサイルが直撃する。
通常の宇宙で使えば恒星すら吹き飛ぶ攻撃でも、『あれ』の群れに開けた穴を少し大きくすることしかできない。
「姫さん! そこが薄い!」
「奴の気配が残っているのは最も『あれ』が分厚いあそこだ! 迂回はできぬ。突き進め!」
「了解っ! 押し通る!」
膨大な情報を『見ている』俺の目が熱い。
時間の感覚も明らかにおかしくて、一秒を一時間に感じているようにも思える。
「リゼ! 水分補給! 三番船倉のロックを解除した!」
「ポーターも戦いながら水と栄養を補給しろ! 時間遡行が終わるまでこのままだぞ!」
「勘弁してくれ!」
ギョーショーから餞別にもらった、肉人間でも食べられる饅頭型冷却水を口の中に放り込む。
艦長連中みたいに点滴や注射で水分補給よりはマシだが、味は最悪だった。
「リゼさまぁ! レベルがすごい勢いで上がってますぜぇ!」
「自力で対艦レーザー以上の攻撃をできるようになってから報告するがいい。そう時間はかからぬ!」
「倒さなくてもアシストするだけで経験値が入るのかよ」
位相跳躍機関による圧倒的速度と、レベルアップで予知や異能じみた能力を手に入れた俺たち船乗りと、無数の『あれ』相手に対抗可能なリゼの超火力。
これら全てが完璧にかみあって、途切れずに現れる『あれ』を押しのけ、切り裂き、置いてけぼりにしながら時間遡行というルール違反の移動を繰り返す。
「畜生! 到着まであと何割だ!?」
「無駄口叩かず『シールド』をぉ!?」
改ランス級の一隻がバランスを崩す。
ここで脱出しても『あれ』に食われるか押しつぶされて終わりだ。
艦長は一瞬で覚悟を決めて、残ったエネルギーと質量弾すべてで自爆しようとした。
「ポーター!」
「おうよ!」
リゼが操縦室を『切り取って』、俺がトラクタービームで『フリーキャッスル』の船倉に回収する。
弾薬や資材が半分以上消費済みなので、操縦室(脱出艇)一隻程度、余裕で船倉に入れられる。
「む」
この空間に突入した直後と比べると、倍以上の数と十倍近くの射程で『あれ』の群れを蹂躙していたリゼが顔色を変えた。
大きく美しく成長した光の翼は、もっと露骨に『しっぱいしちゃった!』という感じで右往左往している。
「すまぬ。行き過ぎてしまった」
「時間遡行と比べれば『待つ』のは簡単だ! ここから出るぞ!」
底を尽きかけているエネルギーを少し使い、タキオン砲で『あれ』のいない場所を『炙る』。
俺だけでなく艦長たちも、形は人間だが能力は人間かどうか怪しくなっている。
空間の一部が薄くなり、黒い空間でも白い空間でもない、星が散らばる宇宙が薄っすらと見えた。
刃こぼれだらけのヒートソードでリゼが斬りつける。
空間が砕けて『穴』が空き、まともな宇宙と時間を超越した空間が一瞬だけ繋がる。
「気絶するなら出てからにしろ!」
三隻の改ランス級がふらついていたので、『フリーキャッスル』のトラクタービームを酷使して引っ張る。
あまりの重さに『フリーキャッスル』が揺れる。
『穴』の端に触れて船体の四分の一が消失し、しかしその程度で沈むような貧弱な船じゃない。
半壊状態の艦が四隻と、疲労で限界のリゼと俺と艦長たちとついでにソールが、はるか古代の宇宙へ到着した。
「なあリゼ、『穴』が閉じていないように見えるんだが」
「ダンジョンと見立てて封印する。私の故郷に向かうのはその後だ」
なんとなく、『穴』とは長い付き合いになる気がした。




