ドSな姫騎士の恐怖外交と、狂気の研究者が放つ『最悪のルール違反』
「エイルを返してください」
「ソール。エイルを手放すつもりがないなら、最初から大事にすべきだったな」
見た目は幼女のハイエルフは、エイルのためならどんな屈辱的な条件でも受け入れそうだ。
対するリゼは、表面上は普段通りなんだが、おそらく本人が自覚できていない酷薄さと愉悦で金の瞳孔が輝いている。
なお、ちょっとだけ背中から出ている光の翼は『コメントしづらい……』という雰囲気で意思のない翼のふりをしていた。
「あの、陛下。どうして私があそこではなく陛下の隣に?」
「俺の隣じゃなくてギョーショーの隣な。そんなことを言うとギョーショーがすねるぞ」
「すねないのです! 僕は子供じゃないのです!」
エイルと俺とギョーショーは、俺エイルギョーショーという並びでセキュリティの厳重な部屋にいる。
宇宙港全体を覗き見できる監視室でもある。
リゼとソールが交渉中の貴賓室も覗き放題だ。
「回線越しですがエイルと話しました。あなたは、エイルを魔王の眷属にするつもりですか」
ソールはリゼに恐怖している。
既に顔からは血の気が引いていて、今にも気絶しそうに見えるのにリゼから目を逸らさない。
「お前たちエルフの視点ではそう見えるかもしれぬな。エルフの事情など興味はないが、エイルは私の親族の血を引いているのだ。私の手で、我が血族にふさわしい使い手に育て上げるとも」
絶句するソールの前で、リゼが不敵に微笑む。
もとが壮絶なまでの美形だから、ぞくぞくしてしまう。
「やっぱり直接行くのですわっ!」
「僕もいくのです!」
「ふたりとも待て。エイルが人質にとられる恐れがある」
「ソールさまはそんなことしないですわっ!」
「そうせざるを得なくなる状況に追い込まれるのが、組織や国に属するってことだ。ここは俺の顔を立ててくれ。後でソールと直接面会する機会は作る。必ずだ」
「……はい」
エイルは、本当に不承不承だが俺の言葉に頷く。
ギョーショーはエイルを心配しながら、エイルが好きらしい甘い乳製品を部下に持って来させている。
「どもー!」
特徴的なチョーカーをした機械人間がワゴンを押して部屋に入って来た。
この部屋、俺の直接の許可がないと開閉しないはずなんだが。
「これっす! 社長にはこれ! エイルさんのは絞りたてっすよ!」
「ありがとうございますですわ!」
「くっ。僕より絞るのがうまいのです」
「ほとんど遺伝子改造されていない家畜に触れたの初めてっすから! そりゃもう気合い入れてお世話してるっすよ!」
リゼほどでないが、ギョーショー(というより八頭身版のセンパイ大使や魔剣)並の美貌で三下っぽい態度をされると俺が混乱してしまう。
機械人間にとっては平凡な顔なのかもしれないが、ここまで顔が良い『人間』だとな。
「元気そうなのはいいことだ。……一応聞いておくが、最初からこういう形での就職目的か?」
「んなわけないっすよ! これって制限きっついんで、失敗したときの保険っすよ保険!」
「……そうか」
俺はひとつ頷いてから、じっとりした目でギョーショーを見る。
多少は悪びれるかと思ったが、なんで俺に見られているのか理解していない。
「ギョーショーちゃんが可愛いからって、あんまり見ちゃ駄目なのです。ポーターさんがリゼさんに見捨てられちゃうのです!」
「そういう意味で見てるんじゃねーよ」
俺は本当に頭が痛くなって、自分の手で額をおさえた。
いつまでも雑談をしているわけにはいかないので、チョーカーの奴にリゼとソールにも飲み物を持っていくよう依頼してから、俺たちが盗聴する一方的な通信から、どちらの側も見聞きできる双方向通信に変更する。
「む。艦長?」
「姫さん、ここからは俺たちも参加させてもらうぞ。……戦場以外では初めましてだな、ソールさん」
「ポーター・ジャバウォック陛下」
言いたいことは山ほどあるが、立場上言えないことばかりって顔だな。
俺もただの『フリーキャッスル』の艦長だったときに似たような表情に頻繁になってたから分かる。
「俺に対して言いたいことはあるだろうが、まず俺の話を聞いてくれ。同意する必要はない。状況説明って奴だ」
俺はリゼに目配せする。
リゼはソールを虐める機会を失い不満そうだが、背中の翼は『あとはまかせた!』と小さく羽ばたいた。
「今後、帝国とその周辺の環境は今と比べても激変する。仮に今、俺が皇帝を辞めても、激変するのは確実だ」
俺はできるだけ威厳のある態度を目指す。
口に出している内容は本音だ。
必要なら嘘も侮辱もいくらでも吐ける俺だが、今はどちらも必要ない。
「あなたと魔王がしたことでしょう!」
ソールが苛立ちを隠せなくなる。
リゼが冷たく微笑んだことに気付き、俺は少しだけ待ってくれるようリゼに目配せする。
「俺と姫さんがしたことであり、ギョーショーがしたことであり、俺たちとそこの連中がすることである」
俺とリゼから注目された、既にリゼたちがいる部屋に到着したチョーカー機械人間が、『えへん』と胸を張る。
自覚があるならもっと隠す努力をしろと思う。
「ソールさん。気付いていないなんて言うなよ。姫さんも魔剣もたいしたもんだが、今の情勢が姫さんと魔剣だけで実現できる情勢か? 異様に効率の良い自動調理器という名前の食料生産装置、異様に高性能な戦闘艦、超光速通信料だって劇的に安価になっている。どれも姫さん……あんたらハイエルフがいう『魔王』の専門外っていうかジャンル違いだろう」
リゼも魔剣もファンタジーじみていて、ギョーショーがもたらしたものはサイエンスフィクションじみている。
ファンタジーが得た物とサイエンスフィクションが生産した物を交換し続けているのが現状で、交換の結果社会が今以上の変化を強いられるのが『今後』だ。
「話を無意味に広げないでください。私はエイルの話をしています」
「まだ気付かないふりをしているのか」
俺はギョーショーとエイルを見る。
乳製品グラスを揺らして格好つけようとしたギョーショーが中身をこぼし、エイルに小言を言われながら乳製品がかかったところをハンカチ拭かれている。
物理的にも精神的にも、とても距離が近く感じられる。
「コネってのは重要だぜ? そのコネがギョーショーとのコネなら特にな」
「陛下。わたくしは利益が目的でギョーショーさんと友達づきあいしてないのですわ」
「エイルさん! 僕は商売人として、双方が利益がある関係を心掛けているのです!」
ギョーショーが得意げな顔で目を『ぴかぴか』させている。
それまで緊張したシリアス顔だったエイルが、ギョーショーの拭き方を乱暴にする。
「ちょっとギョーショーさん。今そういう話はしていないのですわっ」
「ごめんなさいなのです……。あっ、それちょっと気持ちがいいのです」
ハンカチで『ごしごし』と拭かれるのが快適らしい。
ソールは非常に複雑な表情になっている。
被保護者と三頭身の謎機械がいちゃついていたら混乱するのはよく分かる。
「俺は、あんたがエイルをどの程度大事に思っているのか、そもそも大事に思っているかどうかも判断できない。だがな、エイルをこのまま帝国に置いておいた方が、エルフ族にとっても、エイル自身にとっても利益になる。それは同意できるんじゃないか?」
「エルフ族への憎しみを捨てていない者に預けろと?」
ソールの言葉に、リゼが失笑した。
直接敵意が向いているわけではないのに、俺は寒気を感じ、ギョーショーはエイルと抱き合って震え、チョーカー機械人間は全力でその場から逃げだす。
「ソールよ。いつの間に、ハーフエルフのことをエルフと呼ぶようになった? 他種族、特に人間の血が一滴でも混じっていれば家畜同然に扱うのがエルフの文化であろう」
「いつの時代の文化ですか! あれからどれだけ時間が経過したとっ」
「私が石化していた間のことは知らぬよ。ふふ。石にされたのは私の不覚であり、エルフ族に対する称賛はあるが怨んではいないとも。良い出会いもあったことだしな。だが」
リゼの光翼の気配が一致する。
魔剣よりも重く鋭い気配に、ソールの口から「ひゅっ」と恐怖の呼吸が漏れる。
「エルフ族に対する好意はないことを忘れるな。エイルを弟子にしたのは、血と、本人の可愛げがあったからだ。エイルに対する扱いがエルフ族にも適用されるとは思わぬことだな」
自身がつくり出した恐怖を浴びて微笑むリゼは、まさに魔王だった。
☆
ストレスの限界に達したソールは医務室へ送られた。
「それじゃ僕はソールさんの接待を準備するのです!」
「社長! あのエルフのデータを集めてもいいっすよね!」
「寝言は寝ている間に言うのです!」
機械人間たちは相変わらず悪意なく傍若無人だ。
俺が『お目付役』を頼んだエイルは、元気な飼い犬に引きずられるかのように連れて行かれる。
「艦長、すまぬ。つい楽しんでしまった」
「謝るのはこっちだ、姫さん。あのソールってエルフ『で』楽しむのを邪魔してすまん」
「いや、そんなことは……」
リゼが弁解しようとする。
その背中に小さく現れていた光の翼が慌てた様子で消える。
俺に怒られるのを嫌がっているようにも見えた。
「あの顔と気配をした後で否定しても説得力がないぞ。……趣味は人それぞれだ。俺だって隠しておきたい趣味もある。あのときな、エイルがソールのことを心配そうに見てたんだよ。やるならエイルの目がないところで楽しんだ方がいいぞ」
「むう……」
好みのものを取り上げられたことによる不満と、エイルに嫌われずに済んだことに安堵が混じった複雑な表情だ。
俺に対する失望がないのは嬉しい。
リゼがエイルに嫌われる展開を避けるためとはいえ、リゼの邪魔をする形になったから少し怖かったんだ。
「艦長は、私を恐れぬのだな」
「今日は妙に気弱だな。人間一人殺すだけなら、姫さんおどの力がなくても小さなレーザーガンがあれば十分だ。姫さんは人は殺せるが必要のない殺しはしない。それだけで信用するには十分だろ」
「艦長は割り切りすぎだ」
リゼは安堵したように息を吐く。
背中の翼は、なんとなく機嫌が良さそうだ。
「艦長。話は変わるが宇宙海賊の件だ」
「ランス級とスピア級の増産で拮抗できていると報告を受けているが」
「それがおかしいのだ。今、ギョーショーのもとにいる機械人間は、首輪がなければ向こうの銀河の超光速戦闘艦を建造できたと言っていた。修行中の者たちですらそうなのだ。銀河連絡船に乗っていた機械人間なら何ができる?」
「確か、大学は何十年も前に卒業していたらしいな」
センパイ大使から情報は渡されているが、全部記憶できているわけではない。
ARメガネを使って検索を始めた直後に、外交用の回線を使ってセンパイ大使から詳細な個人データが送られてきた。
俺にも、リゼにもだ。
「盗聴していることを少しは隠して欲しいもんだな」
「謝罪の名目で帝国に金を渡すつもりなのだろう。ここまで露骨だとすがすがしさまで感じるぞ」
俺より早く、リゼがデータの精査を終える。
完全に戦闘の気配になっている。
「艦長。こやつは成功率が落ちても最高の結果を求める種類の人間だ。契約国連合最高の研究者という立場を得るために、一切の制限がない状態で魔剣やダンジョン、あるいは私を研究したがるはずだ」
「俺はもう少し慎重な奴だと感じたが、戦争関連の予測なら俺より姫さんの方が正確だな。戦力配置を変えるか?」
「銀河間移動をしてくる侵入者を相手にするのは、現在のスティレット級でも足りぬ。スティレット級の増産を急ぐしかなかろう」
俺もそれ以上の案は思い浮かばない。
既に十分無理をしている建造施設に新しい指示を出そうとした俺の視界を遮るように、大慌てのギョーショーの顔が立体映像で表示される。
「ポーターさん! リゼさん! この星系に所属不明の艦隊が向かってるのです! 『駆逐艦』以下のサイズで二十隻を越えているのです!」
「その程度なら姫さん抜きでも迎撃可能だろ」
俺の予測は甘かった。
リゼの顔から血の気が引き、ギョーショーの目は激しく明滅している。
「違うのです! 全部、こっちの銀河の超光速機関じゃなくて、向こうの銀河の超光速機関(位相跳躍機関)を積んでるのです! 一度星系に入り込まれちゃうと、スティレット級でも超光速機関に制限がかかって追いつけないのです!」
「クソがっ! 戦闘以前に『あれ』が騒いで星系ごと吹き飛びかねんぞ!」
リゼという超絶の戦力がひとりいても、多数の艦が別々の目標を狙えば守り切れない。
それ以前の問題として、強くなったリゼでも多数の『あれ』とまとめて戦えば死ぬ。
ジャバウォック銀河帝国が、初めて劣勢に立たされた瞬間だった。




