嫉妬狂いの『ネックレス』を受肉させた皇帝の絶望と、見事な逃亡劇
「ええい、強情な」
『ネックレス』を潰れる寸前まで握りしめていたリゼが、歯ぎしりすらしそうな表情で『ネックレス』を解放した。
変形して装飾品ではなく残骸と化してしまっても、『ネックレス』はリゼにひっついたままだ。
既に首から離れているが、リゼと一緒ならどこでもいいらしく、現在のリゼの中指と薬指に巻き付いている。
「先輩! 対機械人間用の洗脳装置とかないのです?」
「仮にあったとしても、金額によっては第三者に売り払う可能性があるギョーショーに渡すわけがないでしょう」
「僕はそんなことはしないのです! 『ネックレス』さんの説得用に使って、説得の報酬をポーターさんから受け取るだけなのです!」
平然と答えたギョーショーの頭を、無言で歩み寄ったセンパイ大使が両手で掴んで圧迫する。
笑顔のまま『情報漏洩』に怒っているセンパイ大使と、「ぎにゃぁ」と悲鳴を上げながらどこか楽しそうなギョーショーが対照的だ。
「ふたりとも仲が良いな」
「ギョーショーも私も契約国連合では少数派です。自然と付き合いは濃くなり、身内の不始末のフォローする機会も増えるのです」
俺が声をかけた瞬間にセンパイは大使としての態度に切り替わる。
物理的に解放されたギョーショーが、三頭身の体で這うようにしてリゼの背中へ隠れていた。
「これは一般論だがな。覚悟の決まった奴は死ぬのを恐れない。死にたくなるほどの痛みにも耐える」
俺は咳払いをしてから会話内容をシリアスに誘導する。
リゼは心底意外そうな顔をする。
「艦長には拷問の経験があるのか?」
「マジで一般論だよ。で、その一般論では『快楽を取り上げられるのには耐えられない』って書いてあったんだよ。その『ネックレス』の五感はどうなってるんだ? センサーをとりつけて姫さんが甘く囁いてやればいちころだったりしないか?」
「うむ?」
リゼが小首を傾げる。
少しだけ背中に出ている光の翼が『こいつ(ポーター)変なこと言い出したぞ』という雰囲気で停止している。
「やってみるか。……私の力になってくれないか」
リゼは、みずみずしい桜色の唇を近づけ、甘く囁いた。
俺は「んんっ」と思わず妙な声を出してしまい、荷物を運んできたエイルが荷物を落としかける。
なお、至近距離で囁かれた『ネックレス』は、十秒近く蕩けたような雰囲気を発していたが、急に我に返ってますます強く(ただしリゼの肌や血の流れに害を与えないように)指に巻き付いた。
「ASMRとして超高額で売れそうなのです!」
「ギョーショー。いい加減そういう言動は卒業しなさい」
センパイ大使は、ギョーショーに対しては個人としての態度が表に出やすいようだ。
わざとかもしれないが、ギョーショーも否定はしないので本当に仲はよいのだろう。
「これで駄目ならあれを使うしかないな。エイル、重かっただろう。悪いな」
「僕の私物なのです! 僕の宝箱に触れて良いのは、エイルさんまでなのです!」
「ふむ。姫さんと俺なら構わないのか?」
「えっ」
ギョーショーはきょとんとしてから「むむむ」と唸る。
センパイ大使が「あら」と嬉しそうな声を出す。
「すまん。繊細な話題だったか」
「いえ、でも、うーん。僕、エイルさんのことをマスター候補と認識してるのかもなのです。ポーターさんに言われるまで気付かなかったのです」
ギョーショーが首を傾げる。
エイルに対して強烈に執着している雰囲気はない。
ただ、マスターという、機械人間にとって本当に特別な存在の『候補』にする程度には、エイルのことを気に入っているようだ。
「えっと、これを下ろしても?」
エイルが困ったように荷物を両手で持ち上げる。
形は豪華な棺桶にしか見えないが半透明だ。
中に入っているのはセンパイ大使のそっくりさん、というより今センパイ大使が使っているのと同じ設計の体だ。
銀河帝国宛の『親書』の一部であり、今ではギョーショーの所有物である、脳味噌もAIも搭載されていない機械の体でもある。
「ああ。そこに置いてくれ」
「はいですわ!」
エイルは自重より一桁は重いものを軽々と運び、軽々と床に置く。
中身は死体にしか見えないし、感じられない。
「凄まじいな。全て機械であるのに人間としか思えぬ。腐りもしない。事実上不老不死なのか?」
リゼがセンパイ大使に鋭い視線を向ける。
センパイ大使は、質問を予想していただけでなく、何度も同じ質問に答えてきたような態度で答えた。
「ハイエンドな体の機械人間も、パーツの損耗は避けられません。体が無事でも心が機能を停止する者もいますから、不老でも不死でも不滅でもありませんよ」
「……嘘は感じぬ。しかし肝心なことを言っていない気配が強すぎる」
「リゼさんリゼさん。あっちの銀河は人間の多様性がすごいのです。AIになったり機械人間に戻ったり、別人レベルで自分を改造しちゃう人までいるのです!」
「ギョーショーや私は肉人間に最も近い機械人間です」
「近いから揉めることも多いのです!」
「近くないと会話が成立しないことが多いのです」
誤魔化そうとしたときのセンパイ大使は、八頭身と三頭身なのにギョーショーとよく似ていた。
「さあ。覚悟するが良い」
「どうぞですわっ」
リゼが『ネックレス』をしっかり掴み、エイルが『棺桶』を操作して蓋を開く。
そして、リゼの頑丈すぎて剣だこのできない指が、『ネックレス』ごと八頭身ギョーショーの口に突き込まれた。
「やだー! 俺は主の剣なのー! 俺だけが主の剣なのー!」
無表情だった体がいきなり表情豊かになる。
涙こそ流していないが赤子じみた『ギャン泣き』だ。
「予想通り体に吸収されたのです! 巨大な情報は空き容量に弱いのです! ポーターさんお買い上げありがとうなのです!」
「ギョーショー。今の相場でランス級何隻分だよ」
「五艦隊分なのです! ほとんどハイエンドな体なので、身内割り引きしてもこれが限界なのです」
基本的にテンションが高いギョーショーが真顔になるほどの額で、大胆な割り引きだ。
それが分かっているので、俺も愚痴は言っても文句は言わない。
「我が剣よ」
「あっ」
覆い被さるように顔を近づけたリゼが囁くと、元『ネックレス』は、若き英雄に口説かれた乙女のように赤面する。
リゼのピンク髪と元『ネックレス』の髪がふれ合って色が混じって見るのも、背徳的で怪しい雰囲気を感じさせる。
「最初から最後まで共に戦い抜いたお前を粗略には扱わぬ。……いいな」
「はい。マスター」
俺が狙った通りの展開のはずなのに、俺は背筋に冷たいものを感じる。
何だこれは。
俺は何をしてしまった。
「主、ますたぁ……。えへへ」
元『ネックレス』は、目を開いたまま、瞳孔が開きっぱなしのまま、リゼだけを凝視している。
「ポーターさん。返品をお願いしたいのです」
ギョーショーが露骨に苛立っている。
「これが、嫉妬、殺意」
特命全権大使という、銀河規模の超大国における超エリートが感情を剥き出しにしてしまっている。
「陛下! 急用を思い出したので失礼いたしますわっ」
俺は、一人だけ逃亡に成功したエイルを、見送ることしかできなかった。
次回更新は04/13 21:10を予定しています!




