音速の奇襲と、無防備な魔王。最強の姫騎士が『よわよわ細剣エルフ』に翻弄された、あまりに複雑すぎる一族の事情
「魔王、覚悟ですわっ!」
銀髪を美しく編み上げたエルフが、細く長い剣で鋭く突いた。
狙いはリゼの首筋だ。
膨大な宇宙線が直撃しても日焼けすらしない肌ではあるが、音速越えの金属塊が直撃すればダメージ『は』受けるはずだ。
運が悪ければ、神経や呼吸器に深刻な後遺症が残る可能性が極小ではあるがあった。
「その剣っ、もしやっ」
リゼは愕然としたまま動かない。
『巡洋艦』サイズの超光速生物に殺意を向けられても平然とするリゼが目を見開き、金の瞳孔が動揺を隠せず動いている。
なお、ここまでの情景を俺はリアルタイムで認識できていない。
リアルタイムで届いている情報を俺のARメガネが要約や翻訳をしてくれてようやく、俺がなんとか理解できる内容になっている。
「リゼさまぁっ」
「警備は何をしていた!」
「そんなことより捕まえろっ」
リゼの護衛というより冒険者(ダンジョンが職場の戦士)見習い兼雑用係としてその場にいた元ランス級艦長や現陸戦隊隊員たちが慌てている。
能力は人間の上澄みだったり機動兵器に乗っていたりその両方だったりする連中ではあるが、生身で音速を出せるエルフに奇襲されると分が悪い。
「むむっ。躱しましたわねっ!」
リゼがぎりぎりで躱しても、細剣エルフは一切立ち止まらないどころかさらに加速する。
ダンジョン浅層の床を、長く細い足で踏み砕きながら急旋回して、再度リゼの首を狙って刺突を繰り出した。
「宣戦布告もせず不意打ちとは、最近のエルフは文明を忘れたのか?」
リゼは鼻で笑おうとして、失敗した。
傷は全くなく、戦力差も光速と音速ほどあるはずなのに、激しい動揺がリゼを弱体化させている。
「不意打ちは一回まで許されるのですわっ!」
「いやそこの蛮族の文化だよ」
俺が思わずつぶやいてしまった言葉は、リゼとエルフがいるダンジョン浅層まで届いてしまった。
俺はこれでも国家元首だから、予め設定しておかないと俺の行動が最優先で反映されてしまうんだ。
「むむっ。結構いい声ですわねっ! 名乗りなさい!」
エルフが振るう細剣に、直線以外の動きが混じる。
剣の『しなり』を利用した剣技が、リゼの『動き始め』の動作を絶妙なタイミングで邪魔し続けている。
「ポーター・ジャバウォック。皇帝だ。お客人、それは『おいた』がすぎるんじゃないか?」
俺の声は、俺自身が意外に思うほど冷たい。
ストレスたっぷりの激動の人生に叩き込まれたとはいえ、リゼには散々世話になっているし個人的な好意もある。
そんなリゼに刃物を向けた時点で、このエルフに対する好感度はマイナスだ。
「いにしえより続く血族の裔として、蘇った魔王を放置するわけにはいきませんわっ!」
「姫さんはうちの姫騎士であって魔王などという『うさんくさい』存在ではない!」
「うさんくさいっ!?」
何故かリゼがショックを受けた表情になっている。
しょっちゅう現れて自己主張している光の翼は、今はリゼの背中には見えない。
「石碑に似顔絵とキルスコアが残ってるのですわ! 完全に復活する前に倒さないと、帝国だってどうなるか分かりませんわよ!」
細剣の先は常時音速を超えているので非常にうるさい。
ARメガネの補助がなければ、俺はついていけない。
「姫さんが石になる前の話はとっくに時効だ」
「あれだけ殺して時効で済むとっ!?」
「時効にしないなら姫さん相手に殲滅戦をするか? 俺はそれでも構わんぞ。帝国は、仮に俺が止めても姫さんの側につくがな」
もちろん『構わんぞ』というのは嘘だ。
寿命延長ポーションの収集が遅れるのが確実な展開なんて絶対に嫌に決まってる。
リゼはこの銀河で最強の個人かもしれないが、寿命延長ポーションを求めている契約国連合はこの銀河の最強国家をぶっちぎって強いんだからな。
「姫さん、それ以上手こずるなら手段を選ばず殺すか、他の連中を置いて撤退しろ」
俺は音声ではなく文字データとしてリゼのARメガネに送りつける。
リゼはまだヒートソードを鞘から抜くことすらできていない。
繰り返しになるがリゼの戦力は圧倒的だ。
『たかが』音速しか出せない細剣エルフ相手に不利なのは異様で、絶対に何か原因がある。
まず間違いなく、ろくでもない原因がな。
「だが」
リゼが音声で返事をしてくる。
負傷者のような苦しさはなくても、精神的に大きな打撃を受けた奴に似た雰囲気がある。
「おい艦長! 子供に爆弾持たせて標的に近づける暗殺のやりくちかもしれん。俺が責任を持つ。やれ!」
俺は今すぐリゼを説得するのは諦め、現場にいる『見慣れた顔』に命令を下した。
「艦長、何を」
動揺し、ヒートソードを鞘から抜けていない状況でも、リゼは細剣を躱し続けている。
細剣エルフは速度は維持しているが、体が強い熱を持っていて汗が出るとすぐに蒸発して湯気になっている。
体温が上がった様子がないリゼと比べて、少なくとも体力は圧倒的に劣っている。
「陛下ぁ! このままじゃリゼさまがガキを庇うかもですぜぇ!」
「補修用のペーストでもぶつけろ! 奴を足止めした後は姫さんを目標から引き離せ。目標は、本人の意思とは無関係に細工をされているかもしれん」
「了解ですぜぇ! おいお前らぁ! やるぞぉ!」
全員が工兵用の装備を持っているわけではないが、百人近くいれば結構な数になる。
また、生身で音速を出すのは無理でも、予測や機械の補助で細剣エルフの進路を特定するのは可能だ。
「きゃっ。卑怯ですわっ!」
白いペースト状の『建材』を避けられずに突っ込んでしまった細剣エルフは、まるで『白いスライムに襲われた姫騎士』のような姿になった。
リゼは相変わらず精彩を欠いている。
いつものリゼなら、相手は既に原形も残さず消滅しているか捕縛されている。
「姫さん、後は任せた。判断に自信が持てないなら部下に聞いてやれ」
「艦長? 艦長!?」
二十四時間耐久『ミミズ』狩りを終えた直後だった俺は、体力と精神力の限界に達し、『フリーキャッスル』の操縦席で気絶する。
自動操縦に切り替わった『フリーキャッスル』が、半数以上の新装甲が機能を失い外見的にもぼろぼろの状態で、装甲張り替え施設へ向かっていった。
☆
あまりに美しい顔と神秘的な金の瞳が、俺を覗き込んでいた。
寝起きあるいは絶不調で朦朧としているときのような意識の俺は、普段は理性で抑え込んでいる言葉を口に出してしまっていた。
「やりてえなあ」
「……艦長。気付いたか」
「現実?」
「うむ。現実だ。ニュース番組で放送されていたりはしないから、気にするでない」
リゼとの距離が開いている。
嫌悪感に満ちた目で見下ろされても文句が言えない内容とタイミングの発言だったので、正直、非難されるより精神的にきつい。
「ああ。しかし謝罪はさせてくれ。無礼な発言だった」
気合いを入れて体を動かそうとしてもなかなか動かず、時間と根性でなんとか上半身だけを動かし頭を下げる。
「分かった。謝罪を受け取ろう。事後報告になるが、『フリーキャッスル』の船倉にあった宝箱は開封し、出現した寿命延長ポーションは全てセンパイ大使に引き渡した」
「待ってくれ姫さん。半分はギョーショーのものだ」
「そのギョーショーからの伝言だ。「暗殺者を案内することになってごめんなさい。お詫びとして、今回の寿命延長ポーションはあげるのです」だそうだ」
ほとんど反省していないように聞こえるかもしれないが、ギョーショーの寿命延長ポーションへの執着(正確に表現するなら『いずれ得るつもりのマスターの長寿』への執着)を考えると、ギョーショー視点では身を切るような覚悟での譲歩のはずだ。
「数は?」
「センパイ大使は『間に合った』という意味の発言していた。私の『目』では、嘘は感じられなかった」
リゼの表情は厳しく、同時に冷静だ。
あの細剣エルフと戦っていたときのような異常はないと判断し、俺は安堵の息を吐いた。
「姫さんの判断と行動を追認する。助かった。……無理をした甲斐があったな」
「艦長。否定はせぬが、艦長が倒れれば帝国が倒れかねぬぞ」
「死ぬほどの無理はしなかったさ」
リゼが生きていれば帝国は問題なく存続可能だとは思うが、わざわざそれを口にしてリゼの心遣いを無視する必要はない。
「例のエルフ……エイルだったか。どうなった?」
死んでいたら共和国相手に戦争だなと、俺は冷静に考える。
契約国連合がいきなり攻めてくる可能性はかなり小さくなった。
今なら、共和国相手の戦争も可能だ。
可能なだけで、やりたくないがな。
「うむ……」
リゼの目と表情に困惑が浮かぶ。
『にゅっ』と背中に現れた光の翼が、何故か助けを求めるように『ぱたぱたっ』と上下している。
「私の実家の剣技を使っていたのだ。しかも、非常に薄くはあるが私の姉上の血を引いていた」
「マジかよ。姫さんの動きが妙に悪かったのはそのせいか」
ハイエルフに人間の血が混じっているってのは、一大スキャンダルな気がする。
しかもその人間の血は、エルフ族にとっては魔王の姉だ。
「うむ。いや、最近は剣術の修行を怠っていた結果でもある。その上……」
リゼと俺(皇帝)という帝国の最高権力者がいる部屋のドアが外から開く。
「ポーターさーん! 生きてますかー!?」
暗殺者を連れてきても立場が揺るがないほどの特権的立場にあるギョーショーと。
「あのっ、お姉さまがこっちにいるって聞いて……皇帝陛下!?」
細剣は取り上げられているが、リゼ暗殺未遂犯とは思えないほど明るい態度のエイルが現れた。
まあ、法的には暗殺未遂犯でも、実際にリゼが殺されるわけがないので、帝国人からのヘイトは非常に薄いらしい(俺のARメガネには様々な部署からの報告書が届いている)。
俺がこいつを警戒していたのも、リゼが暗殺されることではなく、こいつが暗殺で『消費』されるのを見たリゼが心に傷を負ったりするのを防ぐためだ。
「耳を除けば、姉上そっくりなエイルが、な」
リゼの困惑が強くなる。
リゼは細剣エルフを嫌っているわけではないらしい。
ただ、非常に遠いとはいえ血族に再会できたことを喜ぶ態度というには、苦手意識が表に出すぎていた。
「……家族ってのは、難しいもんだな」
「お姉さまと家族だなんて。畏れ多いですわっ」
『いやんいやん』と身をよじるエイルを眺めながら、俺は、面倒事がさらに増えたことに気付いて、遠い目をしていた。




